108.密話
※100話到達記念として16日まで連日更新します!!
マキナとディジーの両名が扉の向こうへと消えたのを確認し、静観していたガディールがウィガードに問いかける。
「宜しかったのですか。随分と雑な理屈、いくらでも詰めることができたのでは?」
「変に誤魔化すような真似をすればそうしたのだがな。あそこまで面と向かって堂々と言い放たれては、その気も失せる」
その言葉の裏で主君がすでに『冷酷な算段』を終えていることを察し、ガディールは微かに目を伏せて静かに頷いた。
そしてすぐに参謀としての顔に戻ると、念を押すようにもう一つの懸念を切り出す。
「派遣した兵達を謀り、ヘーニオと名乗った兵士の件も宜しかったので?」
ウィガードは玉座の肘掛けを指先で静かに叩きながら、値踏みするような鋭い目つきで自身の考えを述べた。
「兵どもには魔法にある程度対抗出来る武装をさせている。それを易々と破れる幻覚魔法の扱えるのなら、現状打つ手はないだろう」
その事実に対し、ガディールは自らも全く同じ結論に至っていたことを示すように、深く顎を引いて沈黙した。
「だが、もしその規模の魔法技術をプロディジーとやらが有しているのならば、それを利用しない手は無い。幸いなことに、あの女は『英雄』様と仲が良いようだからな」
「……なるほど。下手に追及して手放すよりは、泳がせて手中に収めておく、というわけですな」
ガディールがその狡猾な意図を理解して返すと、ウィガードは満足げに笑みを浮かべて頷いた。
「あの『英雄』が探し求め、そして俺を前にして気後れすることなく『天才』と言ってのける胆力。しかも『英雄』とセットだ。いまは手元に置いておいて損はあるまい」
ガディールもこれには異論は無く、「承知しました」とだけ短く口にする。
「アレの準備は出来ているか?」
「細かな調整と最終チェックはまだですが、実質ほぼ完成しております」
「技術班に急ぐよう伝えろ。失敗は許さんともな」
「畏まりました」
ウィガードの絶対的な指示にガディールは恭しく頷き、静かにその場を後にした。
玉座に一人残されたウィガードは肘掛けに肘を置きながら、どこか狂気を孕んだ不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふ……『クイントスクーロ』は想定外だったが、標的が変わっただけの話。寧ろこれが成功すれば、帝国の力は世界に轟き、全てをこの手中に収めることができる」
彼の瞳は仄暗い野心の色に染まりきっており、この状況すらも利用して恐るべき何かを企てていた。
⚫︎⚫︎⚫︎
息の詰まるような謁見の間を後にした二人は、ガディールによって手配された部屋へと誘導される。
案内されたのは二人部屋であるものの貴賓室のように上質で、ベッドなどは勿論、細かなアメニティまでもが充実していた。
案内を任された兵が去ると、ディジーはそのまま倒木のようにベッドへ仰向けに倒れ込む。
「ふぁ〜〜〜つっかれた〜〜〜!!君よくこんな堅苦しいこと続けられるねぇ!!」
ディジーは上質なシーツの上に大の字で寝転がりながら、心底疲労した様子でそう尋ねた。
「もう慣れっこだよ。ずっとだからね」
ディジーの問いに苦笑いで答えながら、マキナは兜だけを外して備え付けの椅子に腰掛ける。
「……防具、取らないのかい?」
「誰に見られるか分からないし……それに、不測の事態が起こることもあり得るでしょ?」
そう言ってどこか寂しそうに微笑むマキナを、ディジーはジッと凝視した。
「……その鎧は君を守る盾であり、君を閉じ込める檻でもあるわけか」
『英雄』としての重責を指摘するようにディジーが小さく呟くと、マキナが不思議そうに首を傾げるが、彼女は「なんでもない」とだけ返す。
「それにしても、思ってたより上手くいったね。もう少し詳しく聞かれると思ってた」
張り詰めていた肩の力を抜き、ホッと安堵の息を吐きながらマキナがそう口にすると、ディジーはゆっくりとベッドから起き上がる。
「……そうだね。ウィガード陛下は懐の広いお方なのかもね」
と、どこか棒読み気味に答えながらその場で小さく指を振るうと、二人の周囲に薄い膜のようなものが張られ、そして陽炎のように見えなくなっていった。
「ん?ディジー、今の何?」
「音を遮断する『遮音膜』を張ったんだ。これで大気の振動を抑えて音の反響を……まぁ要は、外に会話が漏れないようにした、ってことだ」
その物騒な説明を聞いて、マキナの表情が僅かに険しさを帯びる。
「……盗聴されてるってこと?」
「恐らくね。じゃなきゃこんな良い部屋、タダで用意しないと思うよ」
マキナが警戒して周囲を見渡そうとするのを見て、ディジーが「ダメだ」と静かに制止する。
「ボクが遮ったのは音だけだ。動きまでは対処してない。キョロキョロと見渡すようなことはしない方が良い」
「うそ……姿も監視されてるってこと?」
「最低だよね。うら若き乙女の私生活を覗こうだなんてさ」
ディジーが肩をすくめて少しふざけた様子で話すためマキナの緊張も幾分か解かれたが、それでも気分の良いものでは無かった。
「……ってことは、私達疑われてる、ってこと?」
「十中八九そうだろうね。さっき君は上手くいったと言ったが、泳がせて見逃したと言う方が正しい」
マキナがその真意を図りかねていると、ディジーが真剣な声音で口を開く。
「これはボクの推測だけどね。帝国は何か大きなコトを起こそうとしていると思うんだよね」
「大きな……コト、って何?」
「例えば、魔族との全面戦争、とかね」
マキナの目が驚きに大きく見開かれ、やがてその顔付きが戦士のそれへと険しく変わっていった。
「どういうこと……?」
「落ち着いてマキナ、落ち着いて。まだボクの推測に過ぎない」
ビリビリと真正面から放たれる威圧感を宥めようとディジーが声をかけると、マキナは一度深く息を吐き出し、少しずつ気を沈めていった。
「……ごめん」
「ボクもごめん。キチンと段階を踏んで話すべきだったね」
マキナが完全に落ち着いたところを見計らって、ディジーは自身の推察の説明を始めた。
「先ず帝国がコトを起こそうとしていると思った根拠はいくつかあるんだけど、一つはさっき話したボク達を見逃した件だ。表向きは陛下が寛大さを示したように見えるけど、実のところ、戦力としてボク達を手元に置いておきたいだけじゃないかと睨んでる」
「……いま言った魔族との戦争のために?」
ディジーは「ご名答」と言いたげに片目を瞑ってみせると、ゆっくりと深く頷いた。
「ボクはともかく、片や君は世界が知る『英雄』だ。魔族との戦いでこれ以上頼りになる人物は他にいない」
マキナは真面目な表情を取り繕いつつも、褒められたことでその頬は僅かに赤く染まっていた。
「あとは国全体を覆っている殺伐とした雰囲気。これも、兵士達に戦争の意図を前もって伝えているからじゃないかと思う」
「……いつコトが起こるか分からないから、気が立ってるってことだね」
それは戦場を渡り歩いてきたマキナにも経験があることであり、すんなりと理解できる面はあった。
「そんでもって極め付けは、拠点で採掘していた資材だ。ボクが調べた範囲だと、あれは全部魔道具を作るための魔鉱石だった」
ディジーはベッドの上で足を組み直し、胸の前で腕を組んで姿勢を正すと、言葉を続ける。
「魔道具に使われる魔鉱石は、質の低い鉱石じゃダメだ。魔力を込めた時に壊れてしまうからね。かといって、高純度のものでもダメなんだ。アレらは魔素を含まない純度100%の鉱石だからね」
「へぇ……意外とシビアな資源なんだね」
初めて聞く知識の内容であったが、実際に高度な魔道具を作ってきたディジーが言うのだから間違いないだろう。
「そうだ。だから帝国はいくつもの採掘場を拠点にして、質の良い資源をかき集めていたんだろうね」
「つまり帝国は、兵器になる魔道具を作り続けてた……そっか、それが魔族との戦闘のために……」
ディジーは一つ頷くと、バスンッと音を立てて再びベッドに仰向けに倒れ込み、ひどく気怠そうに目を閉じた。
「まぁだから覚悟しておいた方が良いよ。遠く無いうちに帝国と『クイントスクーロ』の戦争が始まる。ボク達も都合の良い戦力として使われてね」
ディジーとしては、マキナへの事前喚起を込めての忠告だったのだろう。
しかしマキナは微塵も揺らいだ様子は見せず、静かに、ただ淡々と答えた。
「覚悟なんていらないよ。『クイントスクーロ』がいる以上、遅かれ早かれ私は戦わないといけないから」
マキナは感情の起伏のない、使命感に満ちた声色と表情で続ける。
「そこに帝国が加わっただけ。私のすべき事は、何も変わらない」
哀しいほどに純粋な『英雄』としての覚悟を口にするマキナを、ディジーはその分厚い鎧の奥にいる『ただの少女』を悼むように、ひどく寂しげな瞳で見つめていた。
※後書きです
ディ「ていうか君、鎧着けたまま寝るのかい?」
マ「まぁ変かもしれないけど、でも監視されてるって言われちゃうと、やっぱり脱ぐのは恥ずかしいというか……」
ディ「鎧付けて寝る方がよっぽど恥ずかしい気がするんだが……」
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回の更新は・の朝7時頃を予定しておりますので宜しくお願いします。




