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10月31日(木)-16

 ビュッフェのように並んだ料理たちが瞬く間になくなっていくという手品のような食事を終え、水葉嬢と圭は元々借りていたバンガローに行ってしまった。男女が同じ屋根の下で二人きり、という状況を心配したのだが、二人ともけろっとした顔で「絶対にない」と言い切って去っていった。

 そういうものなのかもしれない。

 片桐さんは「明日戻りますので、早めに休みますね」と私に伝え、先に眠ってしまった。


 私は一人、キャンプ場から村を眺めていた。

 風が少し冷たい。もう秋も終わりだろうか。山の中だから、余計に冷たく感じるのかもしれない。

 キャンピングカーから毛布を一枚借り、羽織る。ふわっとした温もりが、頬を撫でる冷たい風と共に存在し、不思議と心地よい。


「穏便、か」


 水葉嬢が言った言葉を思い出す。


――こうして穏便に出て来れるとは思わなかったもの。


 理由を聞いて、納得した。

 穏便に終わってよかった、とも思っている。

 だが、どうしてだろう。もし穏便に終わらなかった場合の、楠木さん親子の事が頭の中を支配している。


 無理矢理出て行った圭たちによって、浄華に連絡がいく。連絡によって、華嬢は何らかの手立てをこの村に送り込むだろう。

 つまりは、章くんという半分鬼になった状態の者に、またその話をしに行った調査員を閉じ込めるような楠木さんという存在に対峙するために。

 それが優しい方法であるとは、私には思えない。

 だからこそ水葉嬢の「穏便」という言葉が、本当に良かったと思えてならない。

 穏便に終われなかった場合の未来は、きっとこのように村を、星空を、静かな気持ちで見れないだろうから。


「おっさん」


 不意に声をかけられ、びくり、と体を震わせた。

 振り返れば、びくついた私をけらけら笑う圭が立っている。


「驚かさないでくれよ」

「あんなに驚くとは思わないじゃん」

「だって、君たちはもう寝てるとばかり」

「寝てたんだけど、トイレ行きたくなってさ。そしたらキャンピングカーの方におっさんが見えて、何してるのかと思って」


 圭はそう言いながら、私の座っているベンチの隣に座る。


「体は大丈夫?」

「平気。片桐と長谷川のお陰で、めっちゃ美味しいご飯食べれたし」


 体の事を聞いたら、お腹の具合を返された。圭らしい答えに、思わず笑ってしまった。


「章くんは、大丈夫かな?」

「大丈夫だろ。現時点であれなら、ほぼ人と変わりないし。半年ごとに見ていくし、なんなら村の外に出る時一緒に行きゃいいんだよ。何かあっても対処すりゃいいんだから」


 圭はひらひらと手を振りながら言う。なんとなく嬉しそうに見えるのは、私のひいき目もあるのかもしれない。


「それよりさ、俺、言ってなかった気がしてさ」


 圭は改まってそう言い、私を見る。なんだろうかと小首を傾げると、圭は照れ臭そうに「だからさ」と口を開く。


「お礼、言ってない気がして」

「お礼?」

「おっさん的には、助けに来てくれたんだろ?」

「それができたらいいなぁとは思ってきたよ。だめでも、情報だけでも手に入れられたら、とは思って」

「だからさ、ありがとう」


 どこか恥ずかしそうに、圭が言う。気にしなくていいだとか、別に大したことじゃないだとか、そういう事を言おうとしたが、やめた。無粋というものだ。


「どういたしまして」


 私は返す。正直、キャンプを楽しんでいた部分もあるし、私だけの力とは言い難い部分も多々あるのだが、それでも圭にとってはお礼を言いたい場面なのだろう。

 圭は私の返しを聞き、満足したように「うん」と頷き、ベンチから勢いよく立ち上がる。


「疲れてるし、寝る。おやすみ、おっさん」

「うん、おやすみなさい」


 圭は足早にバンガローの方へと向かって行く。やっぱりまだ照れ臭いのかもしれない。


「若さかなぁ」


 私はぽつりと呟き、そのようなことを呟く時点で自分の年齢を再確認するのだった。

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