11月1日(金)
「しまったわ!」
走行中のキャンピングカーで、水葉嬢が大きな声を出した。
片桐さん曰く、長谷川さんからもらった食料を少しでも残さず帰りたいので、という事で朝から豪勢な食事をし、友重さんにお礼を言い、早々に冬打村を出てすぐの出来事である。
「なんだよ、水葉。忘れ物か?」
「圭ちゃん、大変。昨日、ハロウィンだったの」
「ハロウィン?」
「お菓子をもらえないお化けが、合法的に悪戯を許される日よ」
私の知っているハロウィンと、少し違う。
「ハロウィンっていうのは知ってるけど、それがどうしたっていうんだよ?」
「だから、悪戯すればよかったと思って」
「誰に?」
「おじさまに」
――ぶっ。
のほほんと水葉嬢と圭の会話を聞いていた私は、突如現れた私の存在に、思わず噴いてしまった。
「あら、大丈夫ですか? おじさま」
「大丈夫っていうか、唐突に私のことが話題に出るから」
「照れ屋さんなのですね」
ふふ、と水葉嬢が笑う。照れ屋と言われても、何が、としか言いようがない。
「水葉、もうちょっと自重しろ」
「そうね、獲物はゆっくりじっくりと罠を張らないと、捕らえられないものね」
どうしてだろう。モテているというより、狙われている、という言葉がしっくりくるのは。
「おっさん、会社はよかったのか? 結構長い間、休ませちゃったけど」
「出向というか、出張というか。会社の出勤扱いになるように鈴駆さんが手はずを整えてくださったから、大丈夫だよ」
「なるほど、権力って言うのはこういう時に使うものだもんな」
うんうん、と頷く圭。若いのに、妙に社会の仕組みを知っている。
「それに、会社員が一人くらい抜けても大丈夫なように、会社って言うのは成り立っているものだから」
「あら、おじさまにしかできないお仕事もあるでしょうに」
「そりゃあ、私が担当しているものは私が一番効率よく仕事できると思うよ。だけど、効率重視でなければ、案外一人抜けてもうまく回るようになってるんだ」
いわゆるブラック企業というものは、それができないからブラックと言われるのではないだろうか。私の勤めている会社は、そういう類ではない、はず。
「片桐、途中でサービスエリアとか寄るって言ってたよな?」
「はい。まもなく高速道路に入りますので、すぐのサービスエリアで休息をとる予定です」
「よっしゃ、何食べよう」
うきうきの圭に、私はお腹をさする。
まだ、朝食が腹の中にある。あれだけの量を食べたというのに、もう次に何を食べるかを考えているなんて。
ぞっとしていると、片桐さんが「大丈夫ですよ」と小声で私に言う。
「私も、お腹がいっぱいでござます」
「そう、ですよね。すごい量でしたもんね」
「はい。長谷川の料理は、どうも食べ過ぎてしまう傾向にあるようです」
「長谷川さんの料理、本当に美味しいですね。鈴駆さんが羨ましい限りです」
片桐さんと笑いあった後、私はふと窓の外を見る。
行きに見た時よりも、明るく見える。車内で圭と水葉嬢の話し声が響いているからか、肩の荷が下りたからか。いずれにしても、つい口元が綻んでしまう。
「もう、紅葉の季節も終わりですねぇ」
片桐さんの呟きに、窓の外に広がる山の斜面を見つめる。確かに、常緑樹の緑の中で広がる赤や黄が、心なしか減ってしまっているような気がする。
それでも、あの薄暗い屋根裏よりも、ずっといい。
もし仕事に余裕があれば、半年後の訪問時に同行させてもらおうか。それが叶わなくても、自分でレンタカーでも借りて、キャンプをしに行ってもいいかもしれない。
最後に見た楠木さん親子の笑顔を思い出し、私は半年後に思いを寄せるのだった。
<陰鬱な楔から解き放たれ・了>
これにて、普通のおっさんの非日常体験「紫苑の楔」は終了となります。
長らくお付き合いくださり、ありがとうございました。




