10月31日(木)-5
看板は、A4くらいの小ぢんまりとしたものだった。少し大きな字で「根滝」と書いてあり、その下に説明が簡潔に書かれてある。
『村を救った鬼が、村の繁栄を地に祈った場所から、水が零れ落ち、根滝となった。心と体を浄化する、と言われている』
何ともあっさりだ。とはいえ、ここでも出てくるのが「鬼」だ。
村を悪霊から救い、更に繁栄を祈ってこの山を登ったのか。さすが鬼、体力がすごい。
いやいや、昔の人は鬼に限らず、足腰もしっかりしていただろうし、体力もあっただろう。悲しいかな、現代人である私とは比べて、格段の違いがあろう。
「といっても、鬼……」
私は呟き、看板も写真に撮る。これで、後から見返したくなったらいつでも確認できるだろう。
なんとも鬼と縁が深い村だ。鬼に救われ、鬼に祈られ。そこまでされたら、確かに祀りたくなるのかもしれない。
私は今一度水をすくい、飲む。やっぱり、どういう風にという詳しい説明はできないけれど、おいしい。看板を見た後だからというのもあるかもしれないが、浄化されている気がする。なんとなく。
そういえば、私は厄付という体質を持っている。厄と呼ばれる悪霊のようなものを引き寄せやすいのだ。もしかしたら、この水を飲むことによって、厄が浄化されているのかもしれない。
言い伝え、とか、思い込み、とかではなく。本当に、浄化の作用があるのかもしれない。
「もしそうだとしたら、私、ここの水を毎日飲んだ方がいいのでは?」
ごくり、と喉を鳴らす。が、どう考えても毎日この山に登るのは厳しいし、なにより仕事がある。この村で就職するのは難しいだろうし(むしろ仕事があるのか?)困難な生活しか想像できない。
「圭君たちは、ここをどう見たんだろうか」
私は呟く。
能力者である圭と穴吹さんならば、この根滝から何かを感じ取ることができただろうに。
そう嘆いても仕方がない。何せ、私はしがない一般人だ。厄付という体質を持っただけの、必殺技も持っていない人間なのだ。
できることは、圭たちの事を探る事だけ。
「よし」
私は気を取り直し、手をパン、と叩く。滝に向かって、祈るように。
「圭君たちが、見つかりますように!」
そういう願い事は聞き入れてもらえそうにないだろうけれど、口にすることで叶うような気がした。
□ □ □ □ □
山を下るのは、登るよりも少し楽だった。何しろ、ゴールは分かっているのだから、どこまで行けばいいのかという思いを抱いていた登りよりかは気が楽だ。
下りということもあり、おそらく上りよりかは早く下りることができた。あっという間に、中学校の校舎が目に入ってきた。
校門のところには、誰もいない。そうして、気付く。
先生が立っていたところに、石柱があった。腰の高さくらいまでしかない、小さな石柱だ。
漢数字の一と、三角のマークが刻まれている。何かの目印だろうか。
中学校の方に目をやるとは、しん、と静まり返っている。校庭に人もいないので、皆、教室での授業中なのであろう。
「連絡、来るといいけれど」
私は心の中で章くんに「連絡待ってるよ」と言葉をかけて、更に坂道を下る。こちらもゴールが分かっている分、思ったよりも気楽に小学校に到着した。
こちらの校門のところにも、誰もいない。小学校の校舎の方から、わいわいとした子どもの声が聞こえる。こちらは授業中か休憩中かは分からないけれど、なんだか楽しそうだ。
ふふ、と小さく笑ったのち、気付く。
小学校の校門の近くにも、石柱がある。同じく先生が立っていた場所だから、気付かなかったのだ。
漢数字の二と、三角のマーク。同じだ。
私は疑問に思いつつも、地図に書き入れることにした。似たようなものがあるのだから、書いておいた方がいいような気がした。
「次は、神社を目指しつつぐるりと回ろうかな」
私は呟き、地図を手にする。地図と目の前の風景を見比べ、はっとする。
石柱だ。
今度は三角のマークと、三の数字。
「道しるべみたいなものかな? 根滝の近くから、数字がカウントされているし」
私は呟き、地図に書き入れる。
この石柱を辿れば、根滝に到着する。ということは、逆にたどっていけば、スタート地点に到着するということだ。
「よし、これを目的にしよう」
私はそう言い、にっこりと笑う。
野外活動で行った、オリエンテーリングに似ている。色々な場所に設置された、記号や数字を書き入れていく、というものだ。どこにあるだろうか、何があるのだろうか、とわくわくしながら行った覚えがある。
それに、この目的は村中をうろつく良い口実にもなる。何せ、堂々と設置してある石柱だ。村の秘密だとか、禁忌だとか、そういうものでもないだろう。
私は地図とペンを握り締め、できた目的に胸を躍らせるのだった。




