10月31日(木)-4
山を、なめていた。
本日二度目となる反省が、頭の中を駆け抜けていく。
分かっていたのだ。小学校から中学校へ登ったとき(あえて登るとする。あれは、ほぼ登山だった)に覚悟をしていたとはいえ、中学校からさらに本格的な登山が始まるとは思ってもみなかった。
舗装されていないとはいえ、二人分くらいの道がある。簡素ながら柵もある。むしろその柵を掴んでいるからこそ、歩けているのかもしれない。
木々を吹き抜ける風が心地よい。空気もおいしい気がする。山道の傍に小川が流れていて、さらさらと流れる音が気持ち良い。
が、しんどい。
立ち止まって後ろを振り返ると、中学校がもう見えなくなっていた。前を見ると、まだまだ道が続いている。
「……上るか」
私は息を吐きだしたのち、歩き始める。いつの間に体力が落ちたのだろう。営業という仕事柄、足をよく使っているとは思っていたのだけれど。
私は足を動かしながら、先程の章くんのことを思い返す。彼の言う「ちぐはぐ」が、どういう意味なのかがいまだに分からない。
家とか村とか自分とか、と彼は言っていた。思春期によくありがちな「俺は本来の俺ではなく、ここも本来、俺があるべき場所ではない」とかいう、いわゆる厨二病だろうか。
私もかかったことがある。
漫画の主人公が指先から霊力の塊を撃ち出すのを見て、もしかしたら自分の指からも出るのではないか、とか。街中の人が能力者として目覚めたのを見て、自分も実は何らかの能力者なのではないだろうか、とか。
いずれも違ったけれども。
何かの運命を背負っているのかも、と夕日を眺めたりしたっけ……恥ずかしい……。
だが、章くんのいう「ちぐはぐ」は、それとはちょっと違うような気がする。
そういう「ちぐはぐ」を他人に、しかもキャンプにやってきた余所者に相談するだろうか。私なら絶対にしなかった。自分だけでひっそりとやっていた。もしかしたら、とは思っていたけれど、本当にそうだとは思っていない部分があって、それをさらけ出すのは恥ずかしかったから。
いや、何かしらがあったら、実は、と言っていたかもしれないけれど。
ともかく、私のような余所者に相談するということは、第三者に判断を委ねたいという事だ。
「なんとなく、だけど。圭君に関わっている気がする」
私は呟く。ちぐはぐとなっている原因が、圭たちにあるのではないか。余所者のせいでちぐはぐとなっているのだから、余所者に相談したいとか。
「あ」
私は思わず声に出る。
ようやく、目の前の視界が開けた。トトトトト、という軽やかな水の音がする。強くはない、かといってちょろちょろという弱々しさもない。
一定のリズムで刻まれる、細い水の柱が降り注がれている。
「これが、根滝」
私は呟き、滝に近づく。水が、恐ろしいほど透明度が高い。綺麗だ。
両手で滝に触れると、すぐに冷たさが伝わってきた。さすが山水、きんと冷やされている。
両手で水を受け止め、口元に持って行く。どういう味がするかとか、そういうのはよくわからない。
よく分からないけれど、口から出たのは「おいしい」だった。
甘いとか酸っぱいとか、そういうのは本当に分からない。ただ、水がとても澄んでいて、喉を通ると心地よい。ここまで必死に歩いてきたから、というのもあるだろうけれど、それだけではないような気がする。
「頑張って、良かった……」
私はタオルで手を拭き、時計を確認する。
午前九時半。
キャンプを出たのが八時前くらいだったので、一時間半経っている。
「多分、20分では来れてないなぁ」
私は苦笑し、滝近くにあった大きめの岩に腰掛ける。見回すと、滝の傍に「根滝」と書かれた看板がある。今は腰掛けてしまったので、後で見に行くことにする。
私はスマホのカメラを起動させ、根滝を写真に撮る。素人ながら、なかなかいい写真が撮れたような気がする。
「一応、送ってみよう」
生存確認、というには少し早いけれど、片桐さんに写真を送った。すぐに既読がつき「素敵な場所ですね」と返信があった。
「根滝、だそうです。水も、おいしいです、と」
私はメッセージを打ち込み、ポケットにしまう。水筒をもう一本、持ってくればよかった。そうすれば、お土産にできたのに。
今持っているものを空にすることも考えたが、これからまた降りることを考えると、結局口をつけてしまう。コップタイプの水筒ならばよかったのだが、持ってきたのは直接口をつけるタイプなのだ。
「とはいえ、もう一度ここに、という気分はないかも」
はは、と軽く笑ったのち、再び根滝を見つめる。水が落ちて流れていく様を見るだけで、心が癒される気がする。
「来れてよかったな」
私は呟き、よいしょ、と岩から立ち上がる。
後回しにしていた看板を、見ておかなければ。




