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10月31日(木)-3

 中学校から徒歩20分。


 その言葉が恐ろしくなるなんて、思わなかった。

 小学校から中学校は見えていた。すぐに辿り着くと信じて疑わなかった。小学校の横道を上がるとすぐだと、そう思っていたから。


 山を、なめていた。


 まっすぐな坂で、ちょっと上るだけではないのだ。

 すぐそこに見えている中学校は、小学校よりも標高が高いため、ぐねぐねと曲がりくねった道を上がっていかなければならなかった。

 ロープウエイならばすぐに辿り着けるだろうが、いかんせん徒歩。上り坂に加えて、すぐそこにあるのになかなか辿り着かないという精神攻撃。なんと恐ろしい。

 ようやく中学校の正門に辿り着いた頃には、軽く息切れをしていた。小学校から中学校まで、徒歩五分くらいだろうか。その五分が、なかなかにハードだ。

 せめて傾斜が緩やかならばよかったのに。


「椅子でもあればいいのに」


 ぽつりと呟きながら辺りを見回すが、何もない。仕方なく、近くのガードレールにちょこっとだけ腰を下ろす。尻は痛いが、足には優しい。


 私が一休みしている間にも、中学生たちが正門をくぐっていく。チラチラとこちらを見る子もいれば、会釈をする子、ちゃんと「おはようございます」とあいさつする子もいる。

 私は挨拶を返しつつ、その若さが羨ましくなる。誰も息切れをしていない。さすがだ。

 チャイムが鳴り響き、中学校の先生が正門をしめに来た。私に気づき「おはようございます」と声をかけてきた。


「どうかされましたか?」


 不審者と思われているのだろうか。それとも、小学校の先生と同じく、キャンパーだと思われているだろうか。

 私はドキドキしながら「おはようございます」と返す。


「この先にあるという、根滝に行く予定なのですけれど、小学校から上がってくるだけで、その……疲れまして」


 言っていて、ちょっと恥ずかしくなってきた。すぐそこの小学校から上がってきただけなのに。

 だが、先生は優しく「そうでしたか」と頷いてくれた。


「すぐ近くに見えるのに、歩くと意外と距離を感じますよね、山道だから。お疲れさまでした」


 優しい。


「道はご存じですか?」

「はい、このまま道なりに行けばいいと伺いました。もう少し休んだら、自分の体力と相談しつつ、行けるところまで行ってみるつもりです」

「それはいいですね。途中途中で休むといいですよ」

「休めそうなところは、ありますか?」

「残念ながら、ちゃんとした休憩所はありませんけれど、殆ど人が来ないので道端に座っても大丈夫だと思いますよ」

「ああ、なるほど。ありがとうございます」


 私が頭を下げると、先生がふっと表情をやわらげた。不審者判定から外れてくれたのかもしれない。


「山ですのでお気をつけて。でも、根滝のお水は美味しいですから、できれば頑張ってくださいね」


 先生はそう言い、会釈して校舎の方へと去っていった。この土地は、根本的に優しい人が多いのかもしれない。不審者対策の一環かもしれないけれど、私にはありがたい土地柄だ。


 リュックから水筒を取り出して水分補給をし、ふう、と大きく息を吐きだす。大分呼吸も戻り、足も休められた。そろそろいけるかもしれない。

 私はそう判断し、よいしょ、と立ち上がる。山道を徒歩20分、いや私が行くのならば大目に見て徒歩30分だろうか。

 がんばろう。


 歩き始めようとしたその時、後ろから「おはようございます」と声をかけられた。振り返ると、遅れてきただろう中学生がいた。挨拶できるタイプの子だ。


「おはようございます。……ちょっと、遅れちゃった?」

「寝坊しちゃいました」


 えへへ、とその子は笑う。いい子だなぁ。素朴な感じがする。


「あの……キャンプ場に来ている人ですよね?」


 中学生はそう言って、私をじっと見てきた。


「やっぱり、普段見ない人だから分かるのかな?」

「そうですね、それに、昨日すれ違ったから」


 彼の言葉に、昨日の事を思い出す。

 そういえば、古籠神社の帰りに、中学生の団体とすれ違った気がする。


「よくわかったね」

「俺の神社の方から来たから、そうかなって」

「神社……ああ、君は楠木さんの息子さんなんだね」

「はい。楠木 章と言います」


 章くんは、そう言って頭を下げた。礼儀正しい、いい子だ。


「ちょっと、お聞きしたいのですけれど、いいでしょうか」

「ええと、何?」

「昨日、父と何を話しましたか?」

「何って……神社の事とかだったと思うけれど」


 どうしたんだろう。私が帰った後、楠木さんに何か異変でもあったのだろうか。

 章くんは「そうですか」と言いながら、考え込む。そうして、何か決意したかのように私に向き直った。


「相談しても、いいでしょうか。いきなりで申し訳ないですけれど、村の人にも、父にも、なんだか言いにくくて」


 なんとなく、分かる気がする。身内でも友達でもない、全然知らない人に相談したくなったことがある。だからこそ、インターネット上に匿名掲示板なんてものがあるのだから。

 私は頷き「私で良ければ」と答える。

 章くんは顔を綻ばせたのち、すぐに真剣な表情へと変わった。


「なんだか、ちぐはぐな気がするんです。家とか、村とか、俺とか」


 ちぐはぐ?

 私が小首を傾げると、校舎の方から先生が「楠木!」と声をかけてきた。先生は続けて「もう授業始まるぞ!」と声をかけてきている。それはそうだ、中学生の本分は中学校生活であり、キャンパーと世間話をすることではないのだから。

 章くんは、びくりと体を震わせた後、私の方を見る。まだ相談の途中なのに、先生に呼ばれてしまったため、どうすればいいか困っているのだろう。


「スマホは持ってる?」

「あ、はい。一応」

「じゃあ、これ」


 私はそう言い、名刺を渡す。名前と携帯番号が書かれている。


「携帯電話で検索すれば、ラインもできるから。時間に余裕ができたら、連絡して」

「はい、ありがとうございます」


 章くんは、私の名刺を大事そうに胸ポケットにしまう。そうして、頭を下げて校舎へと走っていった。

 校舎の方の先生が、ぺこり、と私に会釈する。私もぺこり、と会釈を返す。


「ちぐはぐ、か」


 私は呟き、山道を見つめる。

 そうして、何を相談したいのかは分からないけれど、多少なりとも相談相手になれればいいな、とぼんやり考えるのだった。

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