10月31日(木)-6
「あった……十六……」
私は、達成感に胸を躍らせつつ、呟いた。
三角マークと漢数字の石柱を辿り、ようやく十六まで探し当てたのだ。
時計を見ると、午前11時。途中、休み休みではあるものの、なかなかに時間がかかってしまった。
私は地図に書き入れ、そばの建物を見上げる。
見覚えある建物、古籠神社がある。
「ここにつながるのか」
ぽつりと呟きつつ、辺りを見回す。似たような石柱が目に入らない。神社、という場所を考えても、ここが終点のような気がする。
というか、ここがスタート地点。
石柱は、古籠神社から根滝までの道しるべだと考えるのが妥当だ。
「何か、意味があるのかな?」
地図を見ると、ほぼ一直線になっている。視線の端に入るように設置されていたので、明かりでもつけば夜でも辿っていけるだろう。
「これなら、迷子にもならないだろうなぁ」
あくまでも、神社から根滝まで、だけども。
私は辺りを見回し、小さな公園を見つけ、その中のベンチに腰掛ける。滑り台やブランコ、砂場と言ったものが小ぢんまりと設置されており、小さな子がここで遊ぶのだろうな、と想像してほっこりした。
「あ、そうだ。せっかくだから、ここでお昼を頂こう」
片桐さんに、お弁当を持たせてもらったことを思い出す。そして、スマホで「お昼を神社近くの公園で、食べますね」とメッセージを送る。約束した、連絡だ。
メッセージは、すぐに既読がつく。承知しました、という返信がすぐきたあたり、連絡を待っていてくれたのかもしれない。
一人だけど一人じゃない、妙にくすぐったい気持ちを覚えつつ、私は弁当の包みを開く。
紙でできた弁当箱に入っていたのは、サンドイッチだった。ハムとレタス、卵といったオーソドックスなものが並んでいる。コンビニで買うようなサンドイッチとは一味違う。
何しろ、端っこまできっちり具が挟まっている!
私はあっという間にサンドイッチを平らげ、弁当箱をつぶして袋に入れた。よく考えてくれている、弁当だ。
私は小さく「よし」と言い、立ち上がる。腹ごしらえもしたし、本命である古籠神社に行かねば。
□ □ □ □ □
神社内は、相変わらず静かだった。楠木さんの姿もない。呼べば、来られるかもしれないが。
昨日は見ていなかった、御社殿の方へと向かう。賽銭を入れ、手を合わせる。圭たちが、無事でありますように、と願いつつ。
手を合わせたのち、御社殿の中に視線を移す。扉が閉まっているが、隙間からご神体がちらりと見える。
鏡のようだ。
石とか刀とかを祀ることもあるみたいだが、この神社はオーソドックスな類の鏡だったようだ。きらり、と光に反射しているようだ。
さすがに中に入るわけにもいかないので、より奥の方へと向かう。社務所は三階建てで、家のように見える。いや、むしろ家なのだろう。社務所、と書かれている看板の横側に階段があり、そこには「楠木」という表札がかけられている。
「一階が社務所で、二階から上が住居なんだな」
ふむ、と私は納得するとともに、人様の家を眺めている事実に気づく。楠木さんが気づいたら、不審がられるかもしれない。
私は踵を返し、ぐるり、と神社を大きく回ってみることにする。御社殿や社務所の裏手を回っていいのか迷ったが、景色をぐるりと見まわしてみたくて、くらいの言い訳をすればいいだろう、と自分に言い聞かせる。何しろ、この神社は小高い場所にあるのだ。
神社を囲う腰ほどまでの高さの塀を辿りつつ、歩き始める。端の方には多少の草が生えているが、基本的にはとても綺麗だ。楠木さんが、綺麗にされているのだろう。
社務所兼楠木さんの住居の裏手は、洗濯物が干してあった。生活感が垣間見える。男物ばかりが干してある辺り、妻がいないという言葉の裏付けをされているようだった。
いや、逆に女物が干してあってなくてよかったというか、なんというか。
大きな木々が植えられている横をすり抜け、御社殿の裏手にさしかかる。特に何があるという訳でもなく、ただ建物の裏である、というだけだ。景色はすこぶる、いい。
そのまま突き進むと、縁起の描かれた立て看板がある、掘っ立て小屋に辿り着く。
はっきり言えば、特に収穫がない。
あえて言うならば、楠木さんが住んでいるということが分かった、ということか。
そして、こんなに裏手の方を歩いているにもかかわらず、楠木さんが出てこないあたり、今は外出中なのかもしれない。
会いたいような、会いたくないような。
今一度、縁起でも見直そうかと掘っ立て小屋の中に入ると、神社の入口の方から「あ」という声が聞こえた。
振り向くとそこに、章くんが立っていた。
「ああ、おかえり。学校、もう終わったのかな?」
「はい。今、中間試験中なので」
中間試験! その名前がすでに懐かしい。そして、中学校の静けさに納得もした。
章くんは「あの」と口を開く。
「今、ちょっとだけ、話をしてもいいですか?」
「それはいいけれど……お昼ご飯がまだなんじゃないのかい?」
「ちょうど父がいないから、チャンスだと思って」
楠木さんに聞かれたくない話なのか。
ならば、と私は御社殿の裏に誘う。景色もいいし、楠木さんが万が一帰った時も、一瞬身を隠せる。
章くんは私の提案に頷き、共に御社殿の裏に行く。やはり、景色がよい。
「それで、ちぐはぐって言っていたけれど……その話かな?」
少しでも手早く済むように、私は告げる。父親に聞かれたくない上に、お昼ご飯も食べていない状態だ。話は早いに越したことはない。
章くんはこくんと頷き、そっと口を開く。
「俺、高校は寮のある町の方の学校に行きたいと思ってます。この村からは通えないけど、寮があるから。学校からの推薦で、特待生として行けるから、お金もほとんどかからないんです。だから、家計にもいいと思って」
優秀なんだな。
学校側からは、家の事情を汲んでいるということもあるかもしれないけれど、それでも彼自身が優秀でなければそのような話はでないだろう。
「だけど、父は駄目だって止めます。俺はそれに反発して……いや、確かに反発しようとしたんですけれど、気付いたら頷いてました。あんなに、あの学校に行きたかったのに」
「それは確かに、ちょっと変だね」
「そうなんです。それに気づいたとき、村の中もなんとなく違和感があって。見張られてる、という訳ではないんですけれど、ふと気づくと視線を感じるというか。でも、見てもそこには何もないんですけれど」
それは、気のせい、という一言で済ませられそうな気がするけれど、あえて今否定する必要はない。
「あと、家の中が、なんだか自分の家なんですけれど自分の家じゃないような気がして」
「え?」
「いや、ちゃんと家なんです。俺の家です。生まれた時からずっと住んでいる、神社の中にある俺の家。だけど、あの違和感を覚えた時から、俺の家ってこうだっけ? と思えてきて」
「違和感……」
どきん、と胸が撥ねる。
家というのは、住むためのものだ。そこが自分の家なのに違和感を覚えるというのは何とも不思議だ。
つまり、そこが自分の家なのに違和感があるということは、違和感の元となるものが存在する、ということだ。
――もしかして。
私は撥ねる心臓をなんとか押さえつけつつ、章くんの方を見る。
「家に、上がらせてもらう事って、できるかな?」
「家に、ですか? でも」
章くんは戸惑う。当然だ、まだ彼は中学生なのだ。保護者のいない家の中に、今日会ったばかりの(正確には昨日の夜だが)他人を入れていいのか、悩ましいところだ。
私がどれだけ名刺を渡して「変な人じゃないよ」と告げたとしても、だからといって「はいどうぞ」と入れていいことにはならないだろう。
ちょっと難しいか。
私が諦めようかと思った次の瞬間、ひらり、と何かが空から降ってきた。
小さな小さな、紙飛行機だった。




