10月31日(木)-1
パンが焼ける良い匂いで、目が覚めた。
パンと共にコーヒーの香りもする。なんていい朝なんだろう。
目を開けると、天井が思ったよりも近くで少し驚く。
「……ああ、そうだ。キャンピングカーだ」
寝ぼけた頭で、現状を思い出す。
今、私はキャンピング場にいるのだ。消息が分からなくなった、圭を探しに。
プライベート確保のためのカーテンはまだしまったままだったが、片桐さんの気配はない。
私はいそいそと着替え、タオルをもって外に出る。片桐さんは既に外で朝食の準備をしていた。
「おはようございます」
声をかけると、片桐さんは料理の手を止め「おはようございます」と返してくれた。
「よく眠れましたか?」
「はい。想像以上に快適でした」
「それはよかったです」
ふふ、と片桐さんは笑う。
「顔を洗ってきます」
私はそう言い、水場へと向かう。もう十月末のためか、キャンプ場の空気はひんやりとして、肌寒い。凍えるほどではないので、水で顔を洗っても大丈夫だけれども。
「冬にキャンプをする人もいるけれど、寒くないのかな」
私は、ぽつりと呟く。焚火をしたり厚着をしたりと、防寒対策をすることはできるけれど、顔を洗ったりするための水が湯になることはない。わざわざ顔を洗うために、湯を沸かすのだろうか。となると、温度調節が難しそうだけれど。
いや、そもそも顔を洗わないのかもしれない。一日くらい顔を洗わなくても、人間死ぬことはない。
私は謎の納得を自分の中に得、キャンピングカーの方に戻る。ほわっとした湯気が立ち昇っているのが見えた瞬間、ふふ、と小さく笑ってしまった。
「戻りました」
「ちょうど良いタイミングでしたね。朝食の準備ができましたよ」
片桐さんはそう言いながら、微笑んだ。テーブルの上には、ホットサンドとヨーグルト、コーヒーが並べられている。
「ありがとうございます」
私は礼を言いながら座り、片桐さんと共に「いただきます」と言って食べ始めた。
コーヒーを一口飲んでから、ホットサンドに取り掛かる。ホットサンドは真ん中を切られることなく、トーストそのままの形で置いてある。
がぶっとかぶりつき、中からとろっと出てきたものが口に飛び込んできて、納得した。
これは切ってはならない。
なぜなら、カレーとチーズが飛び出てしまうから。
そう、ホットサンドの中身は、昨日のカレー!
「すごい、贅沢なホットサンドですね!」
「長谷川のメモを見た時、簡素だと思っていたのですけれど、とても贅沢ですね。私も、昨日のカレーがこんなにおいしくなるとは思いませんでした」
片桐さんも顔を綻ばせている。
「あ、卵、卵も入っているんですね!」
トロッとした中から、輪切りのゆで卵が出てきた。
「長谷川によれば、中には何を入れてもいいそうです。余程ではない限り、おいしいカレーパンになるとのことです」
「カレーパン? ホットサンドではなく?」
「カレーパンだそうです」
私は片桐さんと顔を合わせ、笑う。まだ長谷川さんには会ったことはないけれど、どことなく胸を張って「カレーパンです」と言い張る様子が想像された。きっと素敵な笑顔で。
「今日はどうされる予定ですか?」
二人でホットサンドとヨーグルトを食べ終え、コーヒーをまったりと飲んでいると、片桐さんが尋ねてきた。
そうだ、キャンプを堪能しに来たわけではなかった。食事のたびに、一瞬忘れてしまう。
圭に申し訳ない。
「古籠神社に行くことを楠木さんと約束しているので、そこへ行こうとは思うのですけれど。もう一度、村をざっと回るのもいいなぁと思っています。結局昨日は、ほとんど見れていないので」
「なるほど、まんべんなく、ですね。お昼はどうされますか? お弁当を持って行かれますか?」
お弁当! 確かに、一度キャンプ場に戻ってこれればよいが、戻ってこれない場合もあるかもしれない。
「はい、お願いします。なるべく帰ってくるつもりですけれど、遠くに行ってしまうかもしれませんので」
「承知しました。では、その際はご一報いただけますか?」
片桐さんはそう言って、携帯電話を掲げる。私は「もちろん」といって頷いた。
おそらく、だが。一報もなく私が帰ってこない時のためだろう。私も圭たちのように、突如として消息不明になってしまうかもしれないから。
ならないように、気を付けるけれども。
消息不明に、なるかもしれない。
事実としては当然あるものなのだが、改めて思うと小さく身震いしてしまった。
何度も確認のように「キャンプをしに来たわけではない」と思ってはいたが、心のどこかで楽しんでいたような気がする。消息不明になる、という危険性を考えることなく。
だが、こうして改めて確認すると、背筋がぞくりと凍ったような気がした。
私は今、普段は圭たちが対処すべき問題に、対峙しているのだ。
私は小さく頭を振る。私は、大人なのだ。圭と穴吹さんが経験してきたものとは違う経験を、積み重ねているのだ。
片桐さんは少しだけ心配そうに「大丈夫ですか?」と尋ねてきた。私の様子に気づいたのだろう。
「大丈夫かと言われると何とも言えないのですけれど、できるだけはやります。何かあれば、すぐに逃げる気満々ですし」
私が言うと、片桐さんは微笑みながら頷いた。
キャンピングカーに戻り、リュックの中に動き回るための荷物を入れていく。途中で片桐さんが用意してくれた弁当と水筒も入れる。
ばっちり、かどうかは分からないけれど、とりあえずは準備が終わる。
「では、行ってきます」
私はそう言い、リュックを背負った。
私は私のできることをするだけなのだ。なるべく、できる限りに。




