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突然現れた目出し帽を被った生徒に、晶紀は襟を絞められ、持ち上げられていた。
「キャー」
知世が叫ぶ。
目出し帽からは左右一つずつ結った髪が出ていた。身体の感じから考えても、阿部真琴に思える。
晶紀が掴んだ腕を振り払って目出し帽の生徒と距離を作ると、知世と山口を守るように腕を開いて、前に進み出た。
一瞬、後ろに視線を移し、
「知世! 山口さんを連れて、あの先に隠れて」
あの先? 知世は晶紀の視線の先を読んだ。屋上への階段を覆っているところに言って、この闘いを山口さんに見せないようにしろ、ということだ。
知世はうなずくと、山口をひっぱって、建物の影に急いだ。
物陰に入ると、山口が聞いてきた。
「なんなの? 晶紀は何と戦ってるの?」
「いえ、別にそういう話は聞いたことないので、わからないのですけれど……」
「さっき話していた霊能と何か関係あるの?」
「えっと、私もよく知らなないのです」
知世はチラッと物陰から晶紀の闘いをみる。
「晶紀さんが、知られたくないことがあるから『見ないでくれ』ということのようです」
山口が建物の角に近づく。知世はそれを引き留める。
「えっと、いろんな人に話が広まるのがいやなのじゃないかと」
「けど、なんでも話すのが友達だって言ったじゃないか」
「こういう事件に、山口さんを巻き込みたくないからではないでしょうか」
「他人の家庭の話には首を突っ込んでこようとするのに? そんなの、さみしいじゃないか」
「……」
知世が反論できなくなってきた。
闘っている晶紀の声が聞こえてくる。
「まさか、これが狙い……」
山口が建物の影から覗き見る。知世も山口の下の位置で、覗き見た。
「あいつ、阿部だよな」
「ツインテールとか体格とかで判断すると私もそう思います」
リボンでぐるぐる巻きにされた晶紀が、苦しそうに膝をつく。
「あれ、新体操のリボンだ…… やっぱり阿部だ」
両腕で頭の上に持ち上げられる晶紀。
出て行こうとする山口を止める知世。
「けど、まずくね?」
知世も助けに入るべきなのか、迷い始めている。
「私たちが入って、足手まといになっても……」
「あっ、投げ……」
知世も山口も、建物の影から飛び出していた。
しかし、リボンで両腕を体に縛り付けられた晶紀はフェンスを越え、落ちていった。
『晶紀!』
二人は叫んだ。
ツインテ目出し帽の生徒が、知世と山口に気付いて、向かってくる。
「ブァカ」
「お前何をしたのか、分かってるのか?」
山口は目出し帽の生徒に、平手打ちをするが、あっさりかわされる。
替わりにお腹に拳を一発、喰らって後ずさってしまった。
体がくの字になり、後ろにいた知世に寄りかかる。
山口を支えるので精いっぱいの知世。
じりじりと下がっていく二人を見て、目出し帽から出ている口が笑った気がした。
「!」
知世が『もうダメだ』と思ったその時、ものすごい風の音が聞こえて空を見上げた。
晶紀が宙を舞っている。
伸身の宙がえり。加えて捻りが加わっている。
そして、あっという間に降りてくる。その先は……
ツインテ目出し帽は、晶紀の『伸身の両足蹴り』を喰らって倒れた。
そこに立っている晶紀を見て、知世は泣きそうだった。
「良かった……」
晶紀は、倒れたまま起き上がらない目出し帽……
「あれ?」
と、知世が声を上げると、晶紀が振り返った。
お腹を押さえている山口と、山口支えて泣きそうな顔の知世。
「……ごめんね。心配かけちゃって」
二人は無言で首を横に振る。
「ゲロゲロ」
蛙の鳴き声はするが、姿が見えなかった。
晶紀は蛙が見つからないと分かると、倒れている生徒を抱き上げる。もう目出し帽は被っていなかった。
「大丈夫?」
声に反応して、ゆっくりと目を開ける女生徒。
「えっと…… 天摩さんだっけ。 私、何しているの?」
「体は痛くない? あと……」
晶紀は壊してしまった新体操のリボンに視線を移し、それとなく訴える。
「あ、リボン…… 壊れちゃってる!」
晶紀の手を振りほどくようにして立ち上がる。
「えっ、なんで屋上にいるの? 私、どうしちゃったの」
「うんと……」
晶紀が言いあぐねていると、後ろから呼ぶ声がするので、振り返る。
知世が言った。
「その生徒の名前は『阿部』さんよ」
「阿部さん、教室で、何か変わったことなかった?」
ツインテールの阿部は、人差し指を顎にあて、首をかしげる。
「あっ、そうだ!」
「何か思いだした」
「教室で、蛙の鳴き声が聞こえたの『ケロ』って感じに」
阿部が話し始めた。
知世は山口をベンチに座らせて、聞いていた。
「けど、蛙がどこにいるのかわからないの。蛙の姿は見えないのね。で、キョロキョロして探しているうちに鳴き声はしなくなって」
「それで?」
「お昼ご飯を食べて、部室に忘れ物があったから新体操部の部室に行った…… ところまでは覚えているのだけど」
「蛙は? 蛙はそのままどっか行っちゃった?」
「そう。部室でも鳴き声を鳴いたような気がするの。けど、そこで意識がなくなったんじゃないかな。部室にいるはずだったんだもん」
「部室を調べさせてもらって……」
「晶紀さん、なんか違う気が」
知世が立ち上がってきて、晶紀の袖を引っ張った。
「最初は教室で蛙さんの声を聴いたということでしたら、教室でポケットの中とか、背中とか、バッグに潜んでいたのでは?」
「うーん」
晶紀は腕を組んだ。
蛙が左右を見回し…… 蛙なんだから、首を振らずとも、あっちもこっちも見れるか。と晶紀は考えた。人の気配がなくなったところで、頭の上に飛び乗り、目出し帽に変化する。
「気持ちワル。蛙が、どっかに入っていたってこと? けど蛙がどうしたの?」
「蛙があたま……」
晶紀は言いかけて、自分の口を手で押さえた。
「あたま? あたまに乗ったとか?」
「あたま、あたま、あたま…… そんなこと言ったっけ。多分、何か暗示をかけられたんだと思う。催眠術のようなもの。それでここまでリボンを持ってフラッときてしまって」
阿部が首を傾げると、二つ結いの髪がユラユラ揺れる。
「ここで壊しちゃったってこと」
「うん。私たち三人で見てたから間違いないよ。先生が信じないなら証言してあげるから」
今度は阿部が腕を組んで考え始めた。
目を閉じて、黙っている。
「ね、間違いないよね」
晶紀は知世に同意を求める。すがるような気持ちだった。
「間違いないですわ」
阿部は、知世の声で目を開けた。
「自分が催眠術とか暗示に掛かったなんて信じ難いけど、確かにここで目が覚めたみたいな気分だし、なにより『宝仙寺さん』がそう言うのなら信じます」
晶紀は胸に手を当てため息をつき、知世は阿部の手を両手で握りしめるように握手した。




