13
日が沈んで、警備員が学校の門を閉めるころ、晶紀は学校を出た。
佐倉も一緒に帰るところだった。
「よくがんばったな」
「……」
疲弊して、声も出なかった。
「送っていくから安心しろ」
晶紀はうなずいた。
転校してくる前日に、引っ越しをしていた。独り暮らしではなく、母の知り合いの昭島さんの家に居候という形で住まわせてもらっていた。
転校初日に学校で泊まってしまったため、学校から昭島家に戻るのは初めてだった。
道を確かめながら戻り、表札を確認し、チャイムを鳴らす。
おばさんが、玄関を開けて出てきてくれた。
「良かった、昨日は先生からの電話だけだったから心配しちゃった」
「おばさん、ごめんなさい」
「そちらは?」
晶紀が振り返って言う。
「保健の佐倉先生」
「昨日は失礼しました。本人が非常に疲れていて電話が出来る状況でなかったもので」
「わざわざ付き添っていただいてすみません」
「い、え、それ、より……」
声の調子がおかしい。佐倉の方を向いているだろう、おばさんの表情も変だ。
晶紀は慌てて振り返り、佐倉に近寄る。
「どうなされましたか先生。お腹なんて押さえて」
昭島のおばさんが言う。
「具合悪くなっちゃったのかしら、救急車を」
「大丈夫です。救急車は必要ありません」
「けど苦しそう」
「お腹が空いているだけです」
『えっ?』と声を出しかけたが、黙っていた。昭島のおばさんが玄関を開けた時から、晩御飯のすごくいい匂いがしてきたのだ。おそらく、それを嗅いで食欲が抑えられなくなったに違いない、と晶紀は思った。
「よろしければ、ばんご……」
「ごちそうになります!」
おばさんが言い終わる前に深々と頭を下げてそう言った。
そんな佐倉の様子を見て、おばさんは笑った。
「主人も帰るのが遅いし、カレンもまだホームステイから帰ってこないから、どうぞ食べて行ってください」
家の中に上がると、晶紀とおばさんで食卓にご飯を並べた。
手伝いながら、小声できいた。
「(本当に晩御飯ごちそうしても良かったんですか? おじさんの分がなくなっちゃうんじゃ?)」
「(そんな事は、いいのよ。昨日お世話になったお礼も兼ねてのことだから)」
晶紀は納得した。
全員がテーブルにつくと、夕食が始まった。
余程お腹が減っていたのであろうか、佐倉の食べっぷりが尋常でなかった。
おばさんが一口、二口、ごはんを口にしている間に、おかわりを二度した。
三度目のおかわりは、自ら立ち上がって炊飯器へ行った。
ようやく一膳食べた晶紀も、おかわりを頼めなくて自分で行った。
「あっ……」
おばさんが立ち上がって晶紀の方を向いた。
「なくなっちゃった?」
晶紀がうなずく。
「ごはん炊いていると時間がかかるから、パスタとかでいいかしら? 明太子があるから明太子パスタで」
「はい」
「佐倉先生はアレルギーとか大丈夫かしら」
佐倉は箸を止めず、
「はいひょうふてふ(だいじょうぶです)」
と言ってうなずいた。
晶紀は右手で顔を隠して佐倉の事を見なかったことにした。だいたい、佐倉先生どんだけ食べるつもりだよ。後、口の中にモノをいれたまましゃべるなって躾はされなかったのかな。ああ、おばさんはおばさんで、パスタを一袋、まるまる茹でるつもりだ……
その後も格闘技のような、いや、戦争のような食事が続き、おばさん用に取り皿に確保したおかずを残し、用意された皿は綺麗になくなっていた。
「ごちそうさまです」
と、佐倉が食事の終結を宣言した。
居間の方に佐倉を案内して戻ってくると、晶紀がおばさんに謝った。
「おばさん、ごめんなさい」
「いいのよ。パパも偉くなるまではあんな感じに何日分食べるんだ、ってくらい食べていたのを思い出しちゃった」
「今は食べないんですか?」
「偉くなって、付き合いで飲んで帰ってくるから家ではあまり食べないの」
おばさんが戸惑いながらも少しうれしそうでもあったのはそういうことだったのか。晶紀は思った。バクバク食べるというのは『おいしい』からだと思うし、佐倉も終始『おいひい(=おいしい)』と連呼していた。
晶紀が食器の片づけをしていると、居間の方から轟音が聞こえてきた。
まだ食事をしているおばさんが立ち上がろうとするのを制して、晶紀が居間を確認しに行く。
ソファーに座っていたはずの佐倉が、完全に横になって寝てしまっていた。
呼吸と共にさっき聞こえてきた轟音が聞こえてくる。
「やっぱりイビキか。これウトウト程度じゃないな……」
晶紀は揺すって起こそうとするが、揺すっても起きない。起きないから呼びかけるが、全く反応しない。
「こまったな」
晶紀はおばさんに相談した。
「しばらく待ってみたら?」
「けど、おじさんがこれを見たら」
「……」
おばさんの表情は変わらなかったが、晶紀が考えても、佐倉の体は『男性から見て』魅力的だった。おじさんが酔って帰って来るなら、『一、おばさんが出迎えているにも関わらず、他人の家と間違えて出て行ってしまう』、『ニ、むらむらして襲ってしまう』かもしれない。
「パパは私が居間に行かないでと言えばなんとかなるけど」
「仕事から帰ってきたら居間でゆっくりしたいじゃないですか。私の部屋に連れて行きます」
「そう? じゃあ」
佐倉を二階に運ぶため、おばさんが足の方、晶紀が頭の方を持ち上げようとした。晶紀の方が持ち上がるが、おばさんの力では片足も持ち上がらなかった。
「しばらくしたら起きるでしょ? 起きたら帰ってもらえば」
「私で移動させておきます」
「けど、重いでしょ?」
「おばさん、食事していてください。私でやっておきます」
「いいわよ、そこで寝かしていても……」
晶紀はおばさんをダイニングの方に連れて行き、一人で居間に戻って来た。念のため辺りを見回し誰も見ていないのを確認すると、神楽鈴を取り出した。
神楽鈴の鈴を二つ手に取り、口元に寄せてつぶやく。
「三倉、風間」
鈴を放り投げると、鈴は真っ黒く肥大化したかと思うと、ボウリングのピンのように縦に伸びて、人型になっていく。一つは小学生くらいに、もう一つは晶紀より十センチ以上は背が高かった。
小学生くらいの黒服の少年は三倉、背の高い方が風間だった。
二人とも黒いスーツの上下に白いシャツだった。
風間が、三倉の恰好を見て言った。
「ダサくね?」
「……」
三倉は黙って風間のスーツの襟を引っ張った。
風間は自らの服装に、やっと気づいた様子だった。
ゆっくりと晶紀の方を振り返って、自らの襟を引っ張り、苦笑いした。
「ダサくね?」
晶紀は、ムッとして、
「手伝って」
と言う。
「ずっと見てたけど、エッロイ姉ちゃんだな」
晶紀はムッとしたまま言う。
「黙って足持って。三倉は腰のあたりを支えて」
晶紀が頭の方、風間が足、三倉が腰のあたりを補助するように持ち、全員の力で二階に運んだ。
引越しの段ボールが残る部屋で唯一安らげる場所のベッドに佐倉を寝かせると、全員がため息をついた。
「もう少しこのままでいさせてくれれば、このエッロイ姉ちゃんやっちまうけど」
晶紀は頭を掻きながら、吐き捨てるように言った。
「だから風間は呼びたくないんだよ!」
「三倉みたいに黙ってろってか?」
「口ごたえする式神ってなんなの?」
「……」
三倉が二人の間に入って、両手を伸ばした。二人をこれ以上近づかせないようにしている。
「わかったよ」
風間は晶紀の視線をはずして、三倉に言っているように見える。
「風間、戻りなさい」
手足がくっつき、ボウリングのピンのような、真っ黒い塊になったかと思うと、どんどん小さくなり、鈴に戻り、晶紀の手に収まった。
三倉が無言で晶紀を見上げる。
「ありがと。三倉も戻って」
ひとかたまりの黒い物体となり、小さくなって鈴になる。二つの鈴となって晶紀の手のひらに収まると、神楽鈴に取り付けられた。
出てこれない不満なのか、服装がダサいことについての不満なのか。三倉に比較して体の大きい風間は、人に見られたくない場面では都合が悪い。だからいつも三倉ばかりを呼び出していた。風間は風間なりに私の役に立ちたいと思っているのかもしれない。
「ふぅ」
晶紀はため息をついた。
すると、佐倉のジェット機のようないびきが聞こえてきた。
ソファーからこの部屋に運んでくる間はしていなかったのに……
「運んでいる間はやっぱり熟睡できてないってことね。そりゃそうか」
この分だと明日の朝まで起きないだろう。明日の朝も、すごい食事量かもしれない。
おばさんに相談しよう、と晶紀は部屋を出た。




