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知世は、学園の門を通った時、少し前を山口が歩いているのに気づいた。
「山口さん!」
山口は声に反応して立ち止まったが、振り返らなかった。
知世が急いで追い付く。
「……」
ハッとして声が出なかった。
「どうかしたか?」
山口は気になったように前髪を整える。
「……おはようございます」
「おはよう」
知世は晶紀が言っていた言葉を思い出した。『隠れている方の目にあざがあった』今、後ろから追い付いた時、ふと横顔を見た時に、それに気づいてしまったのだ。
「昨日は早退してらっしゃいましたけど……」
と言いかけた時に
「いいたくない」
と山口に遮られてしまった。知世は
「あ、ごめんなさい。実は私と晶紀さんも体調を崩して早退していたのです。晶紀さんは学校に泊まったと聞きました」
「えっ? そんなに具合が悪いなら病院じゃないのか」
「それはそうなのですが、保健室の佐倉先生が観てくださるということだったので」
知世は山口の手首を見て、そこにもあざのように痕があるのに気づく。
「ふ、ふうん、そうなんだ。で、知世は具合良くなったのか」
山口も視線に気づいたのか袖を引っ張る。
「ありがとうございます。私はすっかり元気になりました」
「良かった。じゃあ、晶紀の様子を見に保健室に寄って行こう」
校舎に入ると二人は教室に向かわず、直接保健室に向かった。
「失礼します。宝仙寺ですが、入ってもよろしいですか?」
知世が扉の前で声を掛けるが、中からは声がしない。
「返事がありませんね」
「鍵はあいてるのか?」
知世が扉に手をかけると、動く。鍵はかかっていないようだ。
「保健室なんだから気にしないでいいんじゃないか? 開けにくいなら、開けてやるよ」
と言って、
「入りますよ~」
と言いながら山口が扉を開け、入っていく。
知世も周りを見ながら、
「失礼します」
と大きな声で言いながら中に入る。
「どこにもいませんわ」
「鞄もない」
「なんでついてくるんだよ」
「少しでも良くなるように傍にいた方がいいと思ってな」
佐倉はそう言って晶紀の腰に手を回した。
「恋人みたいに腰に手を回してくるなって」
「何度も言うておろうが。これは触診なのじゃ」
「触診触診って、シャワー浴びてる時もそんなことしてくるから、遅れちゃったんだぞ」
晶紀は制服を着ているのに、胸を腕で隠すように上げた。
佐倉がその様子を見て言う。
「年齢的にはもう少し膨らんでいた記憶があるんじゃが」
「お前のデカパイ基準で、他人の胸を語るんじゃないよ」
佐倉は自分の胸を見るように下を見て、言う。
「わしもコンプレックスを克服できたのはここ最近だ」
「だからって、小さいほうのコンプレックスを刺激してくるなよ」
「揉んだ方が大きくなると言うぞ」
晶紀の頬が熱くなってくる。
佐倉の手を身をよじって避ける。
「間に合ってるから、ここで触ってこようとするな」
「おぬしに早く元気になって欲しいからな」
「もう元気になってるよ」
佐倉は首を横に振る。
「若いから気付かんだけじゃ」
すると、廊下の角から二人の生徒が現れる。山口と知世だった。
「晶紀」
「晶紀さん!」
知世は小走りに近づいて、晶紀に抱き着いた。
「良かった、元気になったのですね」
「……」
打撃による痛みや傷はなんともなかったが、突然、筋肉痛のような疲れが出た。抱き付いてきた知世を支えるように力を入れると、体が痛む。さっきまで佐倉がぴったりと横にいた時は痛みがなかったのに……。晶紀は混乱した。
「う、う、ん。げ、ん、き、だ、よ」
山口が晶紀の顔を見て言う。
「知世、晶紀が辛そうだぞ」
「えっ?」
知世が少し下がると、晶紀は苦笑いした。
佐倉先生があたりに他の生徒がいないのを確かめてから、口を開く。
「晶紀はまだ完全には回復していない。筋肉痛のようなものじゃが、注意して負担がかからないようにみてやってくれ」
「はい」
「それと」
と言って佐倉が晶紀と知世を呼ぶ。
一番背の高い佐倉が屈むようにして三人が顔を近づけると、山口に聞こえないよう小声で言う。
「(昨日の大男の件は誰にも言わないように)」
「(家の者にも伝えてありますわ)」
「(よろしい)」
「じゃあ、天摩のことは頼んだぞ」
それを聞いて知世も、少し離れていた山口も頷いた。
「はい」
「佐倉は大げさなんだよ」
「そうか? さっき知世に抱き着かれた時に辛そうだったぞ」
「ただの筋肉痛だよ」
そんなことを話しているうち、担任の児玉先生がやってきて佐倉と何か話し始めた。
晶紀が歩こうと足を出すと、腰のあたりに痛みが走る。思ったより足も上がっていないのか、平らな廊下なのに足を取られてつまずく。
パッと知世が肩を貸す。晶紀はつらくて知世に頼ってしまう。知世がよろけると、山口が引っ張ってもう一方の肩を貸す。
「……あんな調子です。よろしくお願いします」
「佐倉先生。承知しました」
児玉先生が三人に言う。
「さあ、教室に入りましょう」
晶紀がちらっと背後にいる佐倉を見ると、人差し指と中指を伸ばし口元につけ、声を出さずに口を動かしていた。
「?」
知世は晶紀の様子をみて、佐倉の方を振り返ったが、やさしく微笑み、手を振っているだけだった。




