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Laughingstock  作者:


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3/5

第3章 青い火花、100秒の戦場

1.

「笑覇杯」1回戦の会場は、独特の狂気に満ちていた。

東京予選、初日。何百組ものアマチュア、プロ、そして海のものとも山のものともつかない怪しげなコンビが、狭いロビーにひしめき合っている。

ルールは過酷だ。1回戦の制限時間は、わずか「2分(120秒)」。

時間を1秒でも過ぎれば、警告音が鳴り響き、その時点でほぼ失格が決まる。

「……なぁ、蒼。緊張で心臓が口から出そう」

「出したら拾ってツッコミに使ってやるから、安心して吐け」

蒼はそう言ってポーカーフェイスを崩さなかったが、手元にある台本を凝視する目は血走っていた。

2分。この短い時間で、自分たちのキャラクターを伝え、なおかつ3回以上の明確な「爆笑」を起こさなければ、2回戦へは進めない。

これまでのアカハナのネタは、太一の長いフリから始まるストーリー漫才だった。だが、それだと2分ではボケる前に終わってしまう。

「太一、お前の良さは最初の10秒で『なんかバカな奴が出てきた』と思わせる愛嬌だ。設定の説明は全部省く。お前が舞台に出てきた瞬間、もうトラブルが始まってる、そういう構成に変える」

数日前、蒼が血の滲むような分析の末に叩き出した「1回戦突破用ショート漫才」。

太一の直感的な爆発力と、蒼の秒単位のタイムキープ。二人の頭脳と肉体が、今まさに試されようとしていた。

「エントリーナンバー420番、アカハナさん、舞台袖へ」

スタッフの声に、二人は顔を見合わせた。

太一が拳を突き出す。蒼がそこに、自分の拳を静かにぶつけた。

「……おい、太一。お前の電気屋仕込みのスマイル、150%でいけよ」

「任せとけ。世界で一番バカな笑顔見せてやるわ!」

出囃子が鳴る。二人は、光の中へ飛び出した。


2.

「どうもー! アカハナです! よろしくお願いします!」

太一の第一声。地下劇場の時とは違い、声がしっかりと通った。居酒屋のバイトで鍛え直した発声だ。

「いやね、僕、最近『全自動洗濯機』になりたいんですよ!」

「お前は何を言ってるんだ」

間髪入れずに蒼のツッコミが入る。客席から「クスクス」と小さな笑いが起きる。

「洗濯機になったらさ、大好きな女の子の服を、毎日こうやって(体を激しく回転させる)グルグル洗えるでしょ!?」

「ただの変質者じゃねえか! 逮捕しろ!」

太一のキレのある(しかし、最高にアホな)動きに、客席の空気がピクッと動いた。

1回戦の観客は、審査員と、出番を待つ他の芸人たちだ。笑いにシビアなその空間が、太一の「圧倒的な愛嬌」によって少しずつ融解していく。

蒼は脳内でストップウォッチを動かしていた。

(現在45秒。次、最大のボケ。太一、いけ……!)

太一は蒼の視線から、その意図を正確に読み取った。

幼馴染みとして20年以上一緒にいる。蒼が何を求め、どこでツッコみたいのか、太一には感覚でわかった。

「でも、脱水の時はもっと激しいよ!?(顔を高速で震わせる)」

「脱水で顔の原型失ってんじゃねえよ!」

ドカン。

劇場が揺れた。1回戦の会場としては、異例の大きさの爆笑だった。

舞台袖で見ていた他の芸人たちが、一斉にアカハナへ視線を注ぐ。

「もうええわ!」

2分ジャスト。蒼のセリフと同時に、終了を告げるランプが青く灯った。

舞台を降りた瞬間、太一は膝から崩れ落ちた。

「……ウケた、よな? 蒼、俺たち、ウケたよな?」

「あぁ」

蒼は眼鏡を押し上げ、初めてフッと優しい笑みを浮かべた。

「完璧だったよ。お前、一瞬ボケの文言変えたろ」

「へへ、なんか、あの空気ならこっちの言葉の方が刺さる気がして」

「……天才かよ」

数時間後、貼り出された「1回戦通過者リスト」の中に、【アカハナ】の文字が確かにあった。

3.

1回戦を突破し、勢いに乗る二人は、続く2回戦も蒼の徹底的な戦略と太一の爆発力で見事にクリアする。

「プロの卵」から「本物のプロ」がひしめく3回戦へと駒を進めた。

だが、3回戦の会場の楽屋で、二人は再び彼らと遭遇する。

シード権を持ち、3回戦から悠々と登場した、今大会の優勝候補――「アルタイル」だ。

彼らの周りには、すでにテレビ局の関係者や、先輩芸人たちが集まり、華やかな輪ができていた。完全に「未来のスター」の扱いだった。

アルタイルのボケの男、けいが、ふと輪から離れ、自販機の前で缶コーヒーを買っていた。その横を、太一が通りかかる。

すれ違いざま、慧が足を止めた。

「あ、君。アカハナの……ボケの人だよね」

初めて、彼らの視界に入った。太一の心臓がドクンと跳ねる。

「2回戦の動画、ネットで見たよ。君、面白いね。泥臭くて、いかにも『地下芸人』って感じでさ」

慧の言葉は、一見褒めているようだった。しかし、その目には絶対的な強者が持つ「余裕」と、かすかな「侮蔑」が混ざっていた。

「でも、笑覇杯の決勝テレビはさ、そういう『身内のノリ』じゃ勝てないから。洗練されてない笑いは、お茶の間には届かないよ」

慧はフッと微笑むと、太一の返事を待たずに、プロのスタッフたちが待つ輪へと戻っていった。

太一は、買ったばかりの冷たい缶ジュースを強く握りしめた。

悔しかった。だが、同時に慧の言った言葉の「正論さ」も、頭のどこかで理解してしまっていた。自分たちの漫才は、まだ粗削りだ。身内の、幼馴染みのノリの延長線上にある。

楽屋に戻った太一の暗い顔を見て、蒼はすぐに察した。

「太一。アルタイルの奴に、何か言われたか」

「……蒼。俺たちの漫才ってさ、やっぱり『洗練』されてないのかな。ただの幼馴染みの悪ふざけに見えてるのかな」

蒼は太一の前に立ち、その両肩を強く掴んだ。

「当たり前だろ」

「え……」

「俺たちの漫才は、悪ふざけの最高峰だ。あいつらみたいなスマートな漫才、俺たちにできるわけがない。でもな、太一」

蒼の目が、冷たく、しかし青く燃え上がる。

「綺麗な、計算され尽くした漫才だけが正解なら、お笑いなんて必要ない。泥臭くて、不器用で、でも目が離せない――そんな『笑いもの』が奇跡を起こすところを、あいつらに見せてやろうぜ」

太一の目に、再び光が戻る。

「3回戦のネタ、変えるぞ。もっと攻めた、俺たちにしかできない『泥仕合』のネタだ」

何者でもない二人が、ついに「怪物」の牙城に噛み付くための、本当の勝負が始まろうとしていた。


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