第11話:潤う砂嵐の街と、過去の教訓(ミカの死)。――平穏なお茶会を切り裂く、遠き「竜人国」からの不自然な使者
ムラニ商店という巨大な寄生虫をこの街から追い出してから、三ヶ月の月日が流れた。
その間の第4区の発展は、まさに目まぐるしいものだった。
サホの指揮のもと稼働した繊維工場で生産された『実用的な特殊防刃布』は、大成功を収めた。第4区内の兵士や労働者に飛ぶように売れただけでなく、俺の古巣である第2区からも正規の軍服として大量の発注が舞い込み、ついには王都への輸出ルートまで開拓されたのだ。
一つだった工場はすでに三つに増設され、街はかつてないほどの活気と外貨で潤い始めている。
水不足の問題もクリアした。
俺のアドバイスで、王都からA級の水魔法術師を一度だけ大金で雇い入れたのだ。彼に地下深くに眠る水脈から地上へと水を汲み上げる巨大な水路(自噴井戸)を作らせ、そこからはポンプなどの物理的な仕組みで街へ水を供給している。
潤沢な資金と水を得たサホは、矢継ぎ早に政策を打ち出していった。
老朽化していた領主の屋敷を一部建て直し、多くの区民を雇用して道路や水路の整備を進めている。気候の関係で第2区のように何でも作れるわけではないが、乾燥に強い芋類や一部の果物なら育つ可能性があると、土壌改良と農地開拓にも着手し始めた。
もちろん、ムラニ商店の残党による裏工作や工場への破壊工作も何度かあった。だが、その都度事前に情報を掴んで一網打尽にし、新設した巨大な刑務所へと放り込んでいる。
外貨を稼げるようになったおかげで、区民の全体的な生活レベルは確実に底上げされていた。
今は、さらなる衛生環境の向上のための『下水道計画』と、悪徳なピンハネが横行していた『冒険者ギルドの再編計画』を進めているところだ。
これらは俺がすでにバールで一度経験している事業なので、サホのサポートも非常にやりやすい。
(……それに、もう二度と同じ間違いはしない)
俺は執務デスクの図面を見つめながら、静かに目を閉じた。
思い出すのは、バールのスラムで命を落としたミカのことだ。経済成長や数字ばかりを追い求め、現場の安全や人々の健康を後回しにすれば、必ず取り返しのつかない悲劇が起きる。
だからこそ今回は、工場の安全基準や下水道の整備を、利益よりも最優先で進めさせている。
しかし、第4区の経営は決して順風満帆というわけではなかった。
第2区とは違う、この土地ならではの深刻な問題が山積みだからだ。
一つ目は、物流の要となる『大きな川』がないこと。どうしても陸路頼みになり、輸送コストがかさむ。
二つ目は、過酷な自然環境だ。頻繁に巨大な砂嵐が発生し、その度に農業はダメージを受け、工場の操業も定期的にストップせざるを得ない。
三つ目は、建材不足による火災のリスク。レンガを作る土壌がないため家屋は木造が多く、乾燥した気候も相まって火事が頻発している。
そして四つ目が、最大の問題……終わらない『戦争』だ。
軍の意識改革を進めているとはいえ、紛争地帯のコントロールは一朝一夕にはいかない。特に最近は、国境付近を荒らし回る『赤の精霊』と呼ばれる巨大なマフィア(武装)団体との抗争が激しさを増していた。
先日も防衛の要であった要塞が一つ落とされたばかりで、軍部内はピリピリと張り詰めている。責任者であるゴードン将軍も苛立ちを隠せず、サホとの会議でも衝突することが多くなっていた。
「……まだまだ、これからだな」
俺が図面にペンを走らせながら小さく呟いた、その時だった。
「ショウ様、少し休憩にいたしましょう」
甘い香りと共に、サーシャが湯気を立てる紅茶とお菓子の乗ったお盆を運んできた。
彼女はこの三ヶ月、俺の秘書として人員の採用面接などを完璧にこなしつつ、こうして必ず俺との『二人きりの時間』を作るようにしている。
「おっ。これ、バールのクッキーか」
「はい! モネ様に頼んで送っていただきました。サクレア産の最高級のお砂糖をたっぷり使っているので、脳の疲労回復にぴったりですよ」
サクサクとしたクッキーを頬張ると、上品な甘さが口いっぱいに広がった。
「美味いな。サーシャも食べるか?」
「えへへ、いただきます」
何気ない会話をしながらお茶を飲んでいると、サーシャが椅子ごとじりじりとこちらへ距離を詰めてきた。
気がつけば、彼女の肩が俺の腕に触れるほど密着している。
「あの、ショウ様……」
「ん? どうした」
「最近、サホ様とのお仕事の話ばかりで……その、私のことも、もっとちゃんと見てくださいよ」
上目遣いで袖をきゅっと掴まれ、俺は思わずむせそうになった。
普段は戦闘狂の有能メイドだが、こういう時に見せる年相応の可愛らしさは反則に近い。
「あー……悪かった。お前にはいつも助けられてるよ。ありがとうな」
「……言葉だけじゃ足りません。今度、お休みの日に街をエスコートしてくださいね」
彼女が嬉しそうに微笑んだ、まさにその直後だった。
コンコン、と控えめなノックの音が鳴り、部屋のドアが開いた。
「ショウ、少し良いかしら。……あら、お取り込み中だった?」
「い、いえ! 全くそんなことはありません!」
顔を真っ赤にして飛び退くサーシャを横目に、俺は咳払いをして入ってきたサホに向き直った。
彼女の手には、王宮の紋章が刻まれた一通の封書が握られている。その表情は、ひどく強張っていた。
「どうしました、サホ様。深刻な顔をして」
「……たった今、国境の門から連絡があったわ。王都からではなく……『竜人王国からの使者』が、この第4区に到着したそうよ。これからこの屋敷に向かってくるわ」
「……竜人王国から?」
俺は思わず眉をひそめた。
どういうことだ。第2区は竜人国と国境を接しているから、彼らが頻繁に干渉してくる理由は分かる。だが、この第4区は竜人国から遠く離れているはずだ。それなのに、なぜわざわざ使者を送ってくる?
(……バールにいた時も、奴らはやたらと干渉してきたな)
あの時はただの外交だと思っていたが、点と点が繋がり、俺の中で黒い疑念が渦を巻き始めた。
ムラニ商店の巨大な闇。終わらない戦争。そして、不自然なほど各国に首を突っ込んでくる竜人国。
この世界のシステムは、俺が考えている以上に歪に操作されているのかもしれない。
まだまだ、俺はこの世界の『本当の形』を知らない。
「サホ様。俺も同席します」
「ええ。頼むわ、ショウ」
甘いティータイムの空気は完全に消え去り、俺は再びコンサルタントとしての冷たい思考の海へと深く潜っていった。
お読みいただきありがとうございます!
第10話、いかがだったでしょうか。
3ヶ月の月日が流れ、第4区は順調に発展を遂げています。ミカの教訓を胸に、利益だけでなくインフラや安全も重視するようになったルイの成長が見えますね。
ただ、砂嵐やマフィア「赤の精霊」など、第4区ならではのハードな課題もまだまだ山積みです。
そして、お茶会でルイにアピールするサーシャの可愛らしいシーンからの……急展開。
なぜ竜人国が、わざわざ遠く離れた第4区に使者を送ってきたのか?
世界のシステムに関する大きな謎が、ここから少しずつ動き始めます!
「サーシャのお茶会可愛い!」「竜人国の目的が気になる!」と思っていただけましたら、
ページ下部にある『☆☆☆☆☆』から、評価ポイントを入れて応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
※次回は【金曜日19時】に更新します!




