第9話:盤面を支配する若き女王と『本物の大砲』。――コンサルタントの想定を超えた完全勝利と、ヤキモチ焼きのメイド
ヨルンダの中央広場は、異様な緊迫感に包まれていた。
広場を挟んで、二つの軍勢が対峙している。
一方は、ムラニ商店が莫大な資金でかき集めた数千の傭兵とならず者たち。
もう一方は、サホが率いる第4区の正規軍と、俺が裏で手を回して集結させた周辺四都市からの連合軍である。
にらみ合いが始まってから、すでに二時間が経過していた。
傭兵たちは完全に戦意を喪失し、顔面を蒼白にして武器を下ろしかけている。無理もない。数の上で圧倒的に不利なだけでなく、彼らの目の前には『絶対的な死の象徴』が並べられていたからだ。
黒光りする重厚な砲身——バール製の『本物の大砲』が十門、傭兵たちに照準を合わせていた。
(……驚いたな)
陣形の最後尾から事態を見守っていた俺は、内心で舌を巻いていた。
俺が各都市のトップに「大砲を融通する」と約束したのは事実だが、今ここに並んでいるのはそれではない。サホが俺にも極秘で、第2区と直接交渉し、買い付けていたものなのだ。
おそらく、バールの財務を握るモネが「ルイ様がそっちにいるなら」と便宜を図ったのだろうが……それにしても、彼女が世の中の力関係や技術の『最先端』を正確に読み取り、独断で大砲の輸入に踏み切ったその決断力には恐れ入る。
それだけではない。
広場に展開する軍の隊列も、ただ横に並んでいるだけの脳筋な陣形ではなかった。盾持ちの重装歩兵を前面に押し出しつつ、周囲の屋敷や建物の屋上には弓兵と魔術師が隙間なく配置され、いつでも十字砲火を浴びせられる完璧な『キルゾーン』が構築されている。
ゴードン将軍たちも、今や完全にサホの指揮下で一糸乱れぬ動きを見せていた。
事前の俺の裏工作ももちろん大きかっただろう。だが、サホは与えられた手札を俺の想像以上の形に組み上げ、盤面を支配している。
(……すごいな。これ、俺が手伝う必要、もう無いんじゃないか?)
少しだけ寂しいような、だが圧倒的に誇らしいような、不思議な感情が胸を満たす。
クライアントが自立し、コンサルタントの想定を超えていく。少しでも軌道から外れそうになった時だけ修正に入る。それこそが、コンサルタントとしての本当の『本望』なのかもしれない。
◇
「……さて。話し合いの用意はできたかしら」
サホは軍の先頭に立ち、ムラニ商店のトップ——豪奢な服を着た肥満体の男を、広場の中央に設けられた交渉の場へと引きずり出した。
「ふ、ふざけるなよ若造が! こんなハッタリで我々が引き下がるとでも思っているのか!」
男は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているが、その声は微かに震えていた。
彼らも最初は、周辺都市の連合軍をただの『ブラフ』だと高を括っていたのだ。しかし、サホは違った。彼女はブラフではないことを証明するため、本隊の編成が終わっていないヨルンダの精鋭部隊だけを先行させ、街に近づこうとしていたムラニ商店の先行部隊を、数時間前に完膚なきまでに叩き潰していたのだ。
言葉ではなく、結果(武力)で分からせる。
その事実が、商店トップの男から余裕を完全に奪い去っていた。
「我々ムラニ商店が、この第4区にどれほどの税を落とし、武器を供給してやっているか分かっているのか!? 我々を敵に回せば、貴様らは……っ」
「条件は三つよ」
男のガヤガヤとした怨嗟の言葉を完全に聞き流し、サホは冷徹な声で通告した。
「一つ。ムラニ商店は第4区での軍事部門から完全に撤退すること。今後は、冒険者向けの小規模な武器販売のみを許可します。
二つ。これまで汚職で金を渡してきた役人のリストを全て提出しなさい。
そして三つ。マルティーニ局長をはじめ、あなた方が裏で人質にとっている家族をすべて解放しなさい」
突きつけられたのは、ムラニ商店にとって圧倒的に不利な——実質的な死刑宣告とも言える条件だった。
「……な、舐めるなよ小娘が!!」
男はついに激昂し、ドヤ顔を浮かべて唾を飛ばした。
「我々を追い出せば、貴様らはどこから軍の武器を買うつもりだ!? 日々の魔物討伐や他国との紛争で、すぐに武器が足りなくなるぞ! 泣いて土下座しても、もう売ってやらんからな!!」
それが、男の最後の頼みの綱だった。
自分たちが武器の供給を止めれば、この戦争都市は必ず干上がる、と。
だが、サホはふっと冷たく、美しい笑みを浮かべた。
「武器なら、すでに第2区と契約を済ませたわ。向こうの最新の武具を直輸入するの」
「な……っ!? 第2区だと!?」
「ええ。しかもあちらの領主様は、支払いは『後払い』でもいいと寛大な条件を提示してくれたわ。……だから、あなたたちのような死の商人に頼る必要は、もうどこにもないのよ」
男の顔から、一瞬にして血の気が引いていく。
自分たちの存在価値が、盤上から完全に消滅したことを悟ったのだ。
「な……な、な……っ」
口をパクパクとさせて崩れ落ちる男に背を向け、サホは振り返った。
「行くよ、ショウ」
彼女は俺にだけ聞こえる声でそう言うと、悠然とした足取りでその場を去っていった。
完全なる、勝利の後ろ姿だった。
◇
数日後。
ムラニ商店の軍事部門は完全に撤退し、街にあった関連施設はすべてシャッターを下ろした。
夕方、美しい茜色の光が差し込む領主の書斎。
俺は、稼働し始めた繊維工場で作られた新しい試作品——魔物の爪を通さない分厚い生地——を持って、彼女の部屋を訪れていた。
「入って、ショウ」
デスクで手紙を読んでいたサホが、俺の顔を見るなり花が咲いたような笑顔を見せた。
「これを見て。周辺の都市から、感謝の手紙がたくさん届いているの」
彼女は嬉しそうに手紙の束を掲げた。
「ムラニ商店の圧力が消えて、みんな喜んでいるわ。今後の良好な関係を築きたいって、貿易の申し出もたくさん来ているのよ。これで、作った繊維を売る市場には困らないわ」
「素晴らしい成果です、サホ様」
俺が試作品の生地をデスクに置くと、彼女は立ち上がり、真っ直ぐに俺の目を見た。
「私に、チャンスを作ってくれてありがとう。……あなたが裏で動いてくれなければ、私は今頃、誰にも認められないまま潰れていたわ」
夕陽に照らされた彼女の笑顔は、息を呑むほど美しく、そして清々しかった。
プレッシャーに押し潰され、奇声を上げて泣き叫んでいた一週間前の彼女とは、もはや別人だ。
(……まだまだ、やることはある。だが、完全に軌道に乗ったな)
俺が心地よい達成感を味わっていた、その時だった。
「——ショウ様!!」
バンッ!! と勢いよく書斎の扉が開き、ものすごい形相をしたサーシャが飛び込んできた。
「お、お話中失礼いたします! 次の視察の時間が迫っておりますので、ショウ様はお借りしますね!!」
「え? いや、視察なんて予定は……」
「あります!! 行きますよ!!」
サーシャは俺の腕をガシッと掴むと、サホに向かって「失礼します!」と一礼し、有無を言わさず俺を部屋から引きずり出した。
「ちょっとサーシャ、痛い痛い!」
「……ショウ様、サホ様の前でデレデレしすぎです。私は秘書ですが、正妻(仮)でもあるんですよ!」
「お前、いつからそんな設定になったんだよ!」
嫉妬を爆発させてずんずん歩くサーシャに引きずられながら、俺は苦笑するしかなかった。
第4区の立て直しは、どうやらまだまだ賑やかな日々になりそうだ。
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お読みいただきありがとうございます!
第9話、いかがだったでしょうか。
ムラニ商店との最終決着。ルイの裏工作を完璧に活かし、さらに自分の力でバールと直接交渉して大砲まで用意していたサホの鮮やかな手腕が光りました。
これで彼女は名実ともに、第4区を統べる本物の「領主」へと成長しましたね!
夕陽の中での美しい笑顔と、それに嫉妬してルイを引きずり出していくサーシャ。緊迫した展開が続いたので、少しホッとするラストになりました。
これで第4区の改革は一つの大きな山を越えました。
「サホの成長劇、最高だった!」「サーシャの嫉妬可愛い!」と思っていただけましたら、
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