第40話:バール平原戦①ーー時代遅れの猛進と、圧倒的なる火力
【サラ視点】
バール郊外の平原。 急造とはいえ、計算し尽くされた堅牢な防衛陣地の中央で、私は一つ息を吐いた。
山岳地帯に潜むルイたち情報部隊からの伝令は、途切れることなく届いている。 作戦は完璧に機能していた。十の奇襲部隊による執拗なゲリラ戦と遅滞戦闘により、サクレア軍は山を越えるまでに10〜20パーセントもの先頭兵力を削り取られている。
「……いい感じね。相手は完全に油断していたし、なにより疲弊しているわ」
雪山の寒さと、いつどこから襲撃されるか分からない恐怖。それは兵士の体力だけでなく、精神をも確実に蝕む。山を下りてきた敵軍は、間違いなくボロボロのはずだ。
「敵兵、現れました!」
見張り台の兵士が叫ぶ。 私は急いで望遠鏡を覗き込んだ。
平原の向こう、森の切れ目から、吐き気を催すほどの数の兵士たちが溢れ出してくる。 彼らはようやく平地に降り立ち、戦闘態勢を整えようとしているようだが、望遠鏡越しに見えるその足取りは重い。列は乱れ、兵士たちの顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
(……なぜ、一度休息を取らないの?)
私は眉をひそめた。 急な山越えと度重なる奇襲で疲労困憊の軍を、そのまま敵の防衛陣地に突撃させるなど、正気の沙汰ではない。少し後退して陣を敷き、体勢を立て直すのがセオリーだ。 それとも、あの暗い森の中で再び奇襲を受けるのを極端に恐れているのか?
◇
【サクレア軍 将軍視点】
「将軍! 一度、全軍に休息を取らせるべきかと!」
馬を並べて走る副官が、必死の形相で進言してきた。
「この先、少し東へ向かえば防衛しやすい丘陵地帯があります。兵たちの疲労も限界です。まずはあそこで陣を敷き……」
「そんなもんいらん!!」
俺は苛立たしげに副官の言葉を遮った。
「我らは誇り高きサクレアの精鋭だぞ! あんな雪山の小細工ごときで膝を折って休むなど、近隣諸国の笑い者になるわ!」
「し、しかし……先の奇襲で、すでに数千の兵が……」
「だからどうした! よく考えてみろ!」
俺は手綱を握り直し、前方に広がる平原を睨みつけた。
「あいつらが何故、あんなセコい奇襲なんかを繰り返したのかを。答えは簡単だ。この平原で、我々と『真正面から戦えない』からだ! 姑息な手で数を減らしたところで、我々はまだあいつらの3〜4倍の兵力を持っている。押し潰せば一瞬で終わる戦いだ。負けるわけがない!」
そうだ。数の暴力こそが戦争の絶対的な真理だ。 あんな田舎街の急造軍隊など、一斉突撃で踏み荒らしてやる。
「それに、俺はこんな泥だらけの鎧を早く脱いで、ふかふかのベッドに飛び込みたいし、熱いお風呂に入りたいのだ。あんな雪山で野宿など絶対に御免だ!」
「……は、はは! そうですね! こんな戦い、パッと終わらせてしまいましょう!」
副官もようやく理解したのか、媚びるような笑いを浮かべて同意した。 全軍突撃。それが最も単純で、最も美しい戦術だ。
◇
【サラ視点】
(……傲慢、ね)
望遠鏡越しに見る敵陣の動きから、私は敵将の思考を読み取っていた。 陣形を整えるでもなく、ただ前へ前へと押し出されてくる巨大な質量。数の暴力だけで押し切ろうとする、単細胞な力押しだ。
「全軍、戦闘準備!」
私の号令が、伝令を通じて陣地全体へ波及する。 急造の防壁……木製の柵と土塁の後ろに、マスケット銃を構えた兵士たちが三列横隊で整然と並ぶ。
平原の向こうで、サクレア軍の動きが加速した。 「進めェェェーーーッ!!」
遠くからでも聞こえるほどの野太い号令。 それを合図に、土煙を上げて敵の騎馬隊が一斉に突撃を開始し、その後ろから何万という重装歩兵が地鳴りを立てて走り出してきた。
(……本当に、時代遅れの戦い方ね)
私は冷たい目でその光景を見据えた。 隣に立つユースが、大きく息を吸い込み、限界まで声を張り上げる。
「攻撃開始ィィィーーーーーッ!!!!」
ドォォン! ドォォン!! ユースの声をかき消すように、陣地の後方に設置された巨大な陣太鼓が、腹の底に響く重低音で打ち鳴らされる。それが、全軍への射撃命令だ。
——パァァァァァァァァァンッ!!!!
一斉に放たれたマスケット銃の銃声。 それは、これまでの常識を覆すほどの恐ろしく巨大な破裂音だった。耳の奥がキーンと痛み、大量の白煙が陣地を包み込む。
「第一列、退け! 第二列、前へ!」
絶え間なく続く号令。 射撃を終えた列が下がり、すでに装填を終えた列が進み出る。途切れることのない『三段撃ち』のシステム。 見事に動く兵士たち。その中には、最近新しく加入し、たった1〜2ヶ月の訓練しか受けていない者も少なくない。しかし、彼らは機械のように正確にローテーションをこなし、次々と鉛玉を弾き出している。
(これが、銃という兵器の凄さ……才能の工業化だわ)
私は白煙の向こう、敵の陣形へと視線を向けた。
そこには、地獄が広がっていた。 突撃してきた自慢の騎馬隊は、見えない銃弾に馬ごと蜂の巣にされ、無惨に転がっている。その後ろを走っていた重装歩兵たちも、自慢の鉄鎧をやすやすと貫通され、次々と血飛沫を上げて倒れ伏していく。
すでに、平原の中央には敵兵の死体の山が築かれつつあった。 恐ろしい光景だ。 なのに……敵兵は、その死体の山を乗り越え、さらに狂ったように突っ込んでくる。
(あいつらは、馬鹿なの……!?)
後方からの圧力に押し出されているのか、それとも恐怖で正常な判断力を失っているのか。
「大砲、用意!!」
私は陣地の奥深くに据え付けられた『切り札』への発射命令を下した。
「撃てェッ!!」
ズドォォォォォォォォォンッ!!!!
マスケット銃とは比較にならない、大地を揺るがす轟音。 見張り塔に設置された数門の大砲から、黒い砲弾が放物線を描いて飛翔する。 着弾したのは、突撃する先頭集団ではなく、後方で待機していた敵の密集陣地だった。
爆発。吹き飛ぶ人体。 2キロという規格外の射程距離からの一方的な蹂躙に、敵陣の奥深くは完全にパニックに陥っていた。
◇
【サクレア軍 中心部】
「な、なんだあれは!?」 「前線の部隊が溶けていきます! 後方の陣地にも、謎の爆発が……っ!!」
俺は馬の上で、目の前で繰り広げられる惨状に絶句していた。 弓矢など届くはずもない距離から、見えない攻撃が次々と味方をなぎ倒していく。
「や、やばいな……」
俺は冷や汗を拭い、強がりを口にした。
「だが、あんな強力な魔術、すぐにマナが切れるはずだ!」
「ああ、そうだな! 時間の問題だ。あんなチンケな田舎の軍隊が、我々に勝てるわけがない!」
副官も同調して叫ぶ。彼らには、あれが物理的な『兵器』であるという発想すらないのだ。
「そろそろ、我々の真の力を見せてやる時だ! 魔法部隊、攻撃用意!!」
◇
【サラ視点】
「局長! 敵の魔法部隊、攻撃の構えに入ります!」
見張り台からの報告に、私は即座に動いた。
「銃部隊の前へ、防壁用意!!」
銃兵は装填に集中するため、どうしても無防備になる瞬間がある。そのために、私は前線に多くの魔術師を配置していた。
「放てェェッ!!」 敵陣から一斉に無数のファイヤーボールが放たれ、空を焦がしながらこちらへ降り注いでくる。
「防壁展開!!」 バール軍の魔術師たちが一斉に水の壁や土の障壁を隆起させ、飛来する火球を次々と相殺していく。ジュウゥゥゥという激しい蒸発音と爆発音が陣地を包む。
防げる。これならいける。 そう確信した、次の瞬間だった。
ヒュルルルルル……ッ! 防壁をすり抜けた何発かのファイヤーボールが、大きく弧を描き、私たちの陣地を飛び越えていった。
「な……っ!」
火球が向かった先。それは、軍事施設でもなんでもない。 私たちの後ろに広がる、バールの『街』の居住区だった。
ドォォォンッ!! 街の中から、建物が吹き飛ぶ爆発音と、黒煙が上がるのが見えた。
「…………ッ!!」
頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。
「ふざけるな……っ!!」
私は拳を握り締め、叫んだ。
「町の市民は関係ないだろうが!!」
いくら戦争とはいえ、無関係な非戦闘員の住む居住区への無差別攻撃。それは、到底許されるべき行為ではない。
「……あいつら、一線を超えやがったな」
隣を見ると、普段は飄々としているユースが、額に青筋を立てて静かに激怒していた。その目には、明確な『殺意』が宿っている。
「サラ局長」
「ええ、分かってるわ」
私は腰の剣を抜き放ち、血を吐くような声で全軍に号令を下した。
「大砲、全門装填! 魔術師部隊、最大火力準備! ……あの中央の魔法部隊ごと、あの腐った軍をこの平原から跡形もなく消し飛ばせェェェッ!!!!」
お読みいただきありがとうございます!
第40話、いかがだったでしょうか。 今回は「最大のカタルシス回」への助走として、圧倒的な兵力差を恃んで時代遅れの突撃を繰り返すサクレア軍と、それを冷徹にすり潰していくバール軍の火力(マスケット銃の三段撃ち&大砲)の対比を描きました。
敵将の「あんな強力な魔術、すぐにマナが切れるはずだ!」という勘違いっぷりが、近代兵器の恐ろしさを知らない旧世代の軍隊を象徴していますね。
しかし、後半ではサクレア軍の魔法攻撃がバールの居住区に直撃するという事態に。 非戦闘員への無差別攻撃という一線を越えた敵に対し、サラとユースの怒りが爆発しました。次回の反撃は、まさに容赦のない蹂躙劇になりそうです。
いよいよバール軍の真の火力が解放されます! 「サラの怒りに共感した!」「次回の反撃が楽しみ!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると励みになります!
次回も【明日19時】に更新します!




