第38話:2万の重装歩兵と、時代遅れの陣形。――死神の「盤面」で火を噴く近代兵器
南のサバンナの地平線が、もうもうと舞い上がる土煙によって淀んでいた。 やがて、その土煙の向こうから、黒い絨毯のように蠢く巨大な群れが姿を現した。サクレアの2万の大軍だ。延々と続く縦の列は、まるで巨大な蛇が大地を這い進んでいるかのような、圧倒的な質量と威圧感を持っていた。
「……やっと来たわね」
木の上で待機していたシーフのビーナが、低く呟いた。
「ああ。そうだな」
俺は双眼鏡……技術開発局に作らせた、まだ無骨で重たい真鍮製の筒を覗き込んでいる彼女を見上げた。周囲に伏せている剣士たちも、敵の規模と詳細が気になり、息を殺して彼女の言葉を待っている。
「何が見える、ビーナ」
「皆、重装歩兵だわ。太陽の光を反射してギラギラ光ってる。事前の情報通りね」
ビーナは双眼鏡のピントを合わせながら、淡々と事実だけを口にしていく。
「でも、人数の割には物資用の馬車が少ない気がするわ。ざっと見て、兵士30人に対して馬車が一つってところね。後、魔法部隊が中央の列に固まって配置されてる。魔術師特有のローブを着ているから分かりやすいわ。全体としては、3つの大きな大隊に分かれて進軍しているみたい。……司令部(本陣)の旗は、まだ確認できないわね」
ビーナの報告を聞きながら、もう一人のシーフが手元の羊皮紙に素早くメモを取っていた。
「見たままの事実だけを正確に記せ。部隊の意図や推測は書き込むな。推測は本部のサラがやることだ。俺たち情報部隊は、ただ正確な『目』になればいい」
俺が指示を出すと、シーフは無言で頷き、筆を走らせた。
だが、俺の脳内では、ビーナから与えられた情報を元に、凄まじい速度で敵の思考の解析が進んでいた。
(……やはりか。重装歩兵主体で、物資が極端に少ない。つまりサクレア軍は、兵站を維持しながらの長期的な包囲戦などは考えていない。圧倒的な数でバールの街を蹂躙する『短期決戦』のつもりだ)
さらに、魔術師が中央に固まっているという陣形。 これは、一気に街の防壁や軍の正面へ大規模な魔術攻撃を叩き込み、防衛線を崩した直後に重装歩兵を雪崩れ込ませるという、極めて旧式的でオーソドックスな戦術だ。自軍の数と魔力に絶対の自信がある時にとる、強者の戦法である。
だが、それはあくまで『バールが従来の剣と魔法の軍隊であった場合』の話だ。
彼らは、我々の新兵器を知らない。 もし敵の魔術師部隊が固まったままバール郊外へ進み、大砲の射程距離(2キロ)に入れば、一瞬で広範囲を吹き飛ばされて壊滅するだろう。彼らは、バールに遠距離から面を制圧できる兵器や、高位の魔術師が存在しないと高を括っているのだ。
おまけに、山岳地帯を越えるというのに、防寒対策の装備が一切見当たらない。彼らは、この厳しい寒さの山中で『本格的な戦闘』が起きるとは夢にも思っていない証拠だ。
「……完璧だ。すべて事前の予測通り。作戦は順調だ」
俺の言葉に、周囲の精鋭たちの顔に微かな安堵と、戦意が浮かんだ。 俺はメモを書き終えたシーフに指示を出した。
「よし、この情報を早馬で『第一奇襲部隊』へ伝達しろ」
「ハッ」
シーフが馬に飛び乗り、森の奥へと駆け出していく。彼ら伝達部隊には複数の走者が用意されており、そこから連鎖反応的に他の奇襲部隊、そして本部のサラへと情報がリアルタイムで共有されるシステムになっている。
やがて、サクレア軍の先頭がサバンナを抜け、山岳地帯に続く森の中へと足を踏み入れてきた。 地形の障害により、彼らの綺麗な縦列が少し分散し始める。奇襲を警戒しているのか、単に森の中での移動効率を上げるためかは分からないが、陣形が崩れるのはこちらにとって好都合だ。
「俺たちの目標は、敵司令部の場所を特定することだ。見つからないよう並走し、森の奥へ進むぞ」
俺たちは気配を殺し、木々の影を縫うようにして、巨大な軍勢の側面を移動し始めた。
◇
それから数時間後。 山の中腹へと差し掛かった時だった。
ズドォォォォンッ!!
突然、遥か前方の山道から、腹の底を揺らすような凄まじい爆発音が轟いた。 土煙が上がり、木々が激しく揺れる。 事前の作戦通り、バール軍が仕掛けた新型爆薬のトラップが作動したのだ。
始まった。バール対サクレアの、国運を賭けた戦争が。
ズドン! ドォォン!
爆発は一度で終わらず、連鎖的に何度も山道で響き渡った。 俺たちは状況を把握するため、敵に発見されないギリギリの距離まで慎重に近づいた。
木々の隙間から見下ろした山道は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。 爆発が起きたのは軍列の反対側(先頭付近)だったが、突然の未知の攻撃に、中央を歩いていた兵士たちまでが完全に動揺し、パニックを起こして陣形を崩している。 山で戦う想定をしていなかった彼らの足取りは、寒さと雪によってすでに鈍っていた。そこへ見えない地雷の恐怖が襲いかかったのだ。
そして、爆音の余韻を引き裂くように、乾いた破裂音が連続して鳴り響いた。
タァン! パンッ! タタァンッ!!
「……始まったわね。第一奇襲部隊の攻撃よ」
ビーナが双眼鏡を下ろし、冷徹な目で戦場を見下ろした。 山の斜面の上部から、マスケット銃による無慈悲な一斉射撃(三段撃ち)が浴びせられているのだ。さらに、それに混じって炎や氷の魔術攻撃が、的の大きくなった敵の密集地帯へと正確に撃ち込まれていく。
「ひぃぃっ! なんだこの音は!?」 「上がら撃たれてるぞ! 盾を構えろ!
……だ、駄目だ、鉄の鎧が紙みたいに貫通されるッ!!」
「魔術師部隊、防壁を張れ! 早くしろ!」
サクレアの兵士たちの絶望に満ちた叫び声が、森の下から響き渡ってくる。
重装歩兵の分厚い鎧も、マスケット銃の鉛玉の前では意味を成さない。さらに、寒さで震える下級魔術師が慌てて張った薄い防壁など、銃弾の威力で容易く粉砕されていた。
一方的な殺戮。
敵が反撃のために斜面を登ろうとすれば、第一部隊は地の利を活かしてすぐさま後退し、また別の場所から銃撃を浴びせるはずだ。
旧態依然とした軍隊が、徹底的にロジック化された近代戦術の前に蹂躙されていく。 盤面は完全に、俺たちの支配下にあった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
次の話は山の上で待ち構えている第三奇襲部隊の活躍です!!




