第37話:圧倒的な戦力差の軍を倒す方法と、雪降る山の伏兵
いよいよ、戦争が始まる。 バール防衛部隊の作戦司令室。巨大な円卓に広げられた周辺地図を睨みつけながら、私は無意識に強く手を握りしめていた。手のひらには、じっとりと冷たい汗が滲んでいる。
これまで、この日のために軍を強くしてきた。 第1区から傭兵を引き抜き、マスケット銃という未知の兵器を揃え、血を吐くような訓練を重ねてきた。だが、どれほど軍備を整えようと、最終的に何千という人間の生死を分けるのは『作戦』だ。私の肩には、バールの存亡と兵士たちの命が重くのしかかっている。
「……サラ局長。南の山岳地帯より、連絡です」
伝令の兵士が、司令室の窓の外を指差した。 遠くそびえる南の山の中腹から、細く黒い煙が空へ一直線に立ち上っている。それに呼応するように、別の尾根からは赤い魔術の閃光が三度、夜明け前の空を焦がした。
通信魔導具などないこの世界では、長距離の伝達手段は依然として原始的だ。煙と魔術の光。それは、各遊撃部隊が『規定位置への配置を完了した』という合図だった。
「ご苦労。引き続き監視を」
伝令を下がらせた後、私は小さく息を吐き出した。 緊張で全身の筋肉が強張っているのが分かる。そんな私に、隣で腕を組んでいた将軍のユースが、ふと軽口を叩いてきた。
「ガチガチだな、サラ局長。そんなに眉間にシワを寄せてたら、せっかくの美人が台無しだぜ」
「……冗談言ってる場合じゃないわ。相手は2万の大軍よ」
私が睨みつけると、ユースはフッと柔らかく笑い、窓の外の煙を見つめながらぽつりと昔話をし始めた。
「俺が昔、王都の軍にいた頃の話だ。あの頃の戦争ってのは、貴族のよく分からないメンツやプライドのためだけに起こる泥仕合だった。指揮を執るのも兵法を知らない素人の貴族でね。戦い方といえば、ただ平原で真正面からぶつかり合って、何百、何千という兵士を犬死にさせてた。あんなのは戦術じゃない。ただの命の『消費』だ」
ユースはそこで言葉を区切り、私に向き直った。普段の飄々とした態度の裏にある、歴戦の将軍としての鋭く、強い光を帯びた瞳だった。
「だが、今回の戦いは違う。俺たちは『何を守るために戦っているか』が、痛いほど明確に分かっている戦いだ。誰も、無駄死になんてさせやしない」
「……ユース」
「それに、あんたが組み上げた作戦は最高だ。この人数差で真っ向勝負を避け、奇襲と遅滞戦闘を繰り返す。……自信を持て、サラ。俺たちは前に進むしかないんだ」
ユースの言葉に、私は強張っていた肩の力を少しだけ抜いた。
「……そうね。奇襲が何度も都合よく成功するとは限らないわ。敵の指揮官も馬鹿じゃない。だからこそ、カバーの体制を厚くした」
私は地図上の、南の山岳エリアを指差した。
「最初の激突は、この山道になる。ここで待ち伏せている奇襲部隊は全部で10部隊。そのうち、第1から第3までの3部隊が『主攻』として敵の先陣を削るわ。 そして、第4から第10部隊は『サブ』として動く。敵の主力部隊がたまらず分散して山に入り込んできた場合の迎撃と……何より、『第1から第3部隊の救出と退避の援護』が彼らの最大の任務よ。撃っては引き、撃っては引く。泥臭くても、誰一人として死なせないわ」
「ああ。マスケット銃は強力だがリロードに時間がかかるし、面制圧は大砲には及ばない。だからこそ、魔術重視の第3部隊と連携し、常に動き回りながら適度な距離で攻撃を叩き込むのが正解だ」
ユースが力強く頷く。
サクレアの2万の軍は、旧態依然とした重装歩兵や槍兵を主体とした編成だ。遠距離戦への対応力は弱いはずである。
「心配するな。あの山で第3奇襲部隊の隊長を務めているのは、俺の昔からの知り合いで、最高に信頼できる男……インダだ。あいつなら、確実にサクレアの鼻っ柱をへし折ってくれるさ」
◇
【第3奇襲部隊隊長 インダ視点】
標高の高い南の山岳地帯
指定された待機場所の斜面に伏せながら、俺は冷たい風に身を震わせた。
吐く息は白く、空からはチラチラと粉雪が舞い始めている。
だが、俺たちバール軍の兵士は皆、分厚い新素材のコートと完璧な防寒対策を施されていた。
対して、敵のサクレアは一年中蒸し暑い『熱帯地域』だ。そこから急遽進軍してきた敵兵たちは、この高山の底冷えに耐えうる装備など持っていないはずだ。この地形と気温の低下すらも、俺たちにとっては立派な『武器』となる。
俺はバール軍創設の初期から所属している、A級の火属性魔術師だ。
そして何より……俺は、眼下に迫るサクレアという国に、底知れぬ怒りと憎悪を抱いていた。
俺の生まれは、サクレア領の熱帯の国境付近だ。親は小さな商会を営んでいたが、領主の理不尽な税の取り立てと貴族の横暴によって全てを奪われ、街を追い出された。
灼熱の太陽と湿気の中、あてもなく歩き続けた親は、やがてマラリアのような熱病に冒された。休む場所も、助けてくれる街もなく……泥だらけの街道の端で、俺の目の前で息絶えた。 あの日の絶望と、サクレアの貴族どもへの恨みは、今も俺の胸の奥でどす黒く燃え続けている。
「……隊長」
横に伏せていた若い兵士が、不安そうに声をかけてきた。マスケット銃を握る手が、寒さだけでなく恐怖でわずかに震えている。
「どうなるんやろうな、俺たち。バールの新しい技術はすごいけど……相手は2万の軍勢っすよ。サクレアの軍だって、素人じゃねぇんだ」
兵士の震える声に、俺は視線を前方へ向けたまま、淡々と答えた。
「相手が素人だろうが歴戦の兵だろうが、関係ない」
俺は足元の土を軽く踏み固めた。 この山の斜面の地中には、あらかじめ技術開発局が作り上げた無数の『新型爆薬』が仕掛けられている。俺の火魔法の合図一つで、一斉に起爆する恐るべき罠だ。
「俺たちがやることは一つだ。向かってくる奴らを、ただ徹底的に潰すのみ」
俺の冷徹な声に、若い兵士はゴクリと唾を飲み込み、銃のグリップを強く握り直した。
木々の隙間、山の斜面から振り返ると、遠く遥か眼下に、うっすらとバールの街並みが見えた。
工場から上がる煙。近代的な建物。俺たちを拾い、人間らしい生活を与えてくれた、あの奇跡のような街。あそこには、絶対に敵を指一本触れさせない。
「……来るぞ。構えろ」
俺の低い声と共に、第3部隊の100名が一斉に息を殺した。
雪の降る峠道の下から、地鳴りのような重い足音と、無数の金属の擦れる音が響き始めた。
サクレアの2万の大軍が、俺たちの張り巡らした死の罠へと、ついにその足を踏み入れようとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
バール軍はバールへの進軍を止めることができるのでしょうか?
次に期待です!




