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前話、3日後くらいに予約投稿してたはずが編集の際に間違って投稿しちゃってたみたいで焦りました。
「俺が言ったんだ。心臓を握り潰せ、と」
ライラックを抱き上げてベッドに寝かせ、毛布をかけてやりながら、ダチュラはぽつりと言った。
それを見守っていたルピナスとウィステリアは、その独り言のような言葉に顔を見合わせる。
「どうやって殺せばいいかと、こいつが聞きに来たから。多分、気を遣って。こいつが殺した男──ルドベキアは、長らく俺が親しくしていたから」
ベッドの傍にしゃがみこみ、無防備に寝息を立てるライラックの前髪を梳きながら、ダチュラは続ける。
「だから、こいつに命というものを学んで欲しいと思って、そう言った」
「握りつぶすって……直接、か?」
恐る恐る、ルピナスは問う。右手を握っては開いて、を繰り返していたライラックの姿を思い出した。
「魔力でな。今のお前らにはまだ無理かもしれねぇが、もっと慣れたら自分の手足のように魔力を扱えるようになるし、その魔力で触れたものの感覚だって分かるようになる。肉体も固形物も、全て通り抜けられる第三の手になる」
それは、きっとただ、手に血がつかないとか、パッと見害されたことが分からないとか、違うのは見た目上のことだけで。
ライラックは本当に、「心臓を握りつぶして」殺したのだろう。だからこその、さっきの魔力暴走だ。
「今となっては……あれが本当にライラックのためだけを思って言ったことなのか……自分でも分からねぇ。ルドベキアに裏切られていたと知って、腹が立っていたのは確かだと思うから……。だから、ルドベキアが苦しめばいいと、その個人的な私怨に、ライラックを巻き込んじまったのかもしれねぇ」
髪を梳いていた手を止め、ダチュラは眠るライラックの顔をじっと見つめる。
「その結果がこれなんだから、ざまあねぇよな」
心底呆れた笑いを漏らして、ダチュラは言った。
「さっきは思わず偉そうなことを言っちまったが……俺はずっとこいつに対しては、後悔してばかりなんだよ。今からこいつにしてやれることも、ほとんど無い」
「……そんなことねぇだろ。お前だから、ライラックに言葉が届いたんだろ」
ルピナスが思わず言うと、ふん、と小さくダチュラは笑った。
「今は、な。分かってんだろ? こいつは本当は優しくて、素直な人間なんだって。こんな世界で生きるの向いてねぇんだよ。これはこいつだけに限った話じゃねぇが」
そう言って、ルピナスとウィステリアを見た。
「いつか、ライラックが俺の元から旅立つ日が来るかもしれない。その時は、頼むぞ」
「……」
予想外の事を言われて、ルピナスは言葉に詰まった。
旅立つって。一体、どういう意味で言っているのか。
「……なんで、俺たちにそんなこと言うんだよ」
かろうじてそう絞り出すと、ダチュラは静かに目線をライラックに向けた。
「最近のこいつを見て、思うんだよ。こいつは、お前らを守ろうとしてんじゃねぇかと」
「俺らを……守る?」
「ああ。だから、こいつに守られるような弱いやつであるな。逆に、守ってやってくれ。これは、アイーマなんざ関係ねぇ、俺からの個人的な頼みだ」
そういった後、ダチュラはもう何も語らなかった。
ルピナスとウィステリアも、これ以上起きている意味もないと思ったから、ベッドに潜り込んだ。
ふたりが眠りに落ちるまでは少なくとも、ダチュラは部屋にいたように思うが、実際いつまでそこに居たのかは分からない。
朝起きたら、ダチュラもライラックも、部屋にはいなかった。
ルピナスとウィステリアが連れ立って朝食を食べに行こうと部屋を出たところで、バッタリとライラックに出くわした。
「おはよう。今からご飯食べいくの?」
「おぅ。お前は?」
「走ってきたとこ。一緒に行くよ」
そう言って二人に並んだライラックは、昨日のことが嘘かと思うくらいに平然としていた。顔色も、普通だ。
昨日の話をしていいのかと迷っていた時、ライラックが口を開いた。
「昨日……結構な醜態晒したじゃん?」
「醜態って……」
あれはライラックにとっては醜態なのか。強くあることに固執していたら、そうなるのかもしれない。
ライラックの心を守るにはきっと必要なことであったのだろうと思うのに。けれどそんなことは言えずにいたら、ふっと周りにライラックの魔力を感じた。
歩くのを邪魔しない程度に、ライラックが見えない結界を張ったようだ。
訳は、すぐに分かった。
「いやぁ……正直、自分のこと過信してたんだよね。思ったより、人殺しがしんどかった。それに、前世じゃあ人殺しってもっと重くて、許されざる大罪みたいな扱いだったから、そういうことが求められる今の状況に、なんか色々追いついてなくってさ」
ライラックがあっけからんとして口に出したのは、今までの彼女からは想像も出来ない、「弱さ」を認める言葉だった。
結界は、他の組織員に弱みを聞かせない為のものに違いなかった。
「さっき、ちょっとだけダチュラと話したんだよね。その時に、しんどいならなるべく避けろって言われた。それで、別に頑張って立ち向かう必要ないんだと思ったら、結構気が楽になってさ……人殺しに対して何も思わないでいられないんだから、平気なフリをするのはやめようって。避けられるだけ避けて、避けられない分は戒めとしてずっと覚えておく。そうすることにした」
「……あぁ」
相も変わらず、ひどく軽い口調。
その内容と口調が噛み合っていなくて、いささか意図を汲み取るのに苦労しながら、ルピナスは相槌をうつ。
「だから、昨日は色々取り乱して、迷惑かけちゃったけど。もうそんなことは無いだろうから、安心してねって、そういう報告」
ライラックは、小さく笑って見せる。ルピナスはライラックの言葉が気に食わなくて、グッと眉間に皺を寄せた。
「あのなぁ、ライラック。迷惑なんて思ってねぇよ。俺たちはなぁ、心配したんだよ。な? ウィステリア」
顔を向けたルピナスにウィステリアがコクコクと頷く。
「お前が、あんまりに取り繕うとしてるから。思ってない時に笑うのやめろ。怒ったり、悲しいんだったらそういう顔しろよ」
言いながら、考えていた。苦しいとか、辛いとか。そういうのを、茶化したようにしてしか、ライラックは口に出せないんじゃないだろうか。取り乱すのが醜態ならば、弱みを晒すこと自体も恥なのか。
だとしたら。──いや、だとしても。
ライラックに言いたい。伝えたい。ありのままのお前を受け入れるから、ありのままの自分を晒して欲しいと。
ライラックは眉を上げ、口角を横に引くようにして、どこかおどけた表情を作った。
「まあ、善処するよ。それよりさ、昨日のことなんだけど」
あからさまな話題変更だった。ルピナスの言葉は、ライラックには響いてなさそうだった。
「魔力暴走のとき、ダチュラ、私に何言ってたか分かる? なんかめっちゃ暴走して魔力の制御取れなくなって、ダチュラが制御取り戻すの手伝ってくれたことは覚えてんだけど、それ以外の記憶があんまなくって」
眉を八の字にして、謎にぶち当たったような顔をしてライラックは首を傾げる。
そうか、覚えていないのか。まぁ、あの魔力暴走ならば仕方もないだろう。
「なんか、大事なことを言われた気がしたんだけど……ダチュラに聞いても、なんでもないって言われてさ」
「……謝ってたよ。お前は悪くなくて、俺が全部悪いから、俺を責めろってさ」
「謝ってたぁ?」
はぁ? と言いたげな顔でライラックは素っ頓狂な声を出した。そうなるのも仕方がない。昨日のダチュラは、今までに見てきたダチュラからは想像もできなかったから。
どうもライラックは信じていなさそうだし、実際に見なければ信じられないだろうとも思う。
昨日の、あのダチュラの慟哭を。正気の時に聞いたら、一体どんな顔をするだろうか。
「ふぅん……まぁ、いっか」
納得いかないような顔をしながらも、ライラックはそれ以上気にしないことにしたようだった。
その表情は、昨日までの貼り付けた完璧な笑みとは違い、随分と自然なものだったから。とりあえず今は抱え込んでいたものから解放されたのが分かって、ほっとする。
ライラックがこれから自分たちを頼ってくれるのかというのは別として。
「そういやね、話変わるんだけど、ちょっと提案があってさ」
明るい声で、ライラックが言った。
「私、アイーマの中では二人だけは絶対信頼できる仲間だと思ってるんだよね」
「えっ」
驚きに、思わず声が漏れた。
「えなに、そう思ってたの私だけ?」
「や、違うけど、俺もそう思ってたけど! お前がそんなこと言うの、意外っていうか」
むっとした顔をするライラックに、慌てて首を振る。
いやだって、びっくりもするだろう。あのライラックが、そんなことを言うだなんて。
「ほんと? 片思いだったら私泣いちゃう」
「思ってる」
強い口調で、ウィステリアが言った。今度は、ライラックとルピナスの両方が目を丸くした。
「……わたしも、ルピナスも、同じ。それで、なに?」
急かすように尋ねたウィステリアに、ライラックはもぞもぞと口を動かした。
「あー……えっと、だから。三人の中でだけ、特別な呼び方が出来たらいいかなって、ちょっと思ったんだけど……」
少し恥ずかし気に言う。ライラックが照れていた。
「例えば、ウィステリアは、ウィスティ……とか? 安直すぎ?」
この軽い調子全てが、照れ隠しに思えてくる。
ウィステリアが、そんなことない、とかぶりを振った。
「じゃあ、俺は?」
「うーん。ルピナスは……ルーピン……いや、やめよう。シンプルに、ルゥーとか」
「いいな」
ルピナスは笑った。ライラックが距離を詰めようとしてくれるのが、今はただ嬉しかった。
「じゃあ、私は──」
「ライラ」
食い気味に、ウィステリアが言った。それにライラックは目を丸くする。
「ライラックは、ライラ」
「ライラか。いいね」
ふわっと破顔したライラックの笑顔はこれまでにみた笑顔とは違って、自然で、本当に嬉しそうだった。
覚えておこう、とルピナスは心に決めた。
この笑顔を、忘れまい。
ライラックは──ライラは、弱みを見せたがらない奴だと、知ったから。
今回のようなことがないように、彼女の取り繕った笑顔を見抜けるように。
俺たちは踏み込むからな。
ライラ。
ライラック編、お付き合いありがとうございました。
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この先の話も楽しんでいただければ幸いです。




