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部屋に入ろうとした瞬間、濃い青紫の光の筋が勢い良く通っていって、思わず仰け反った。
部屋の真ん中で、蹲るライラックと、そのそばに屈むダチュラ。
濃い青紫の魔力の筋が、幾多もの大蛇のように激しく蠢いている。一歩でも入ろうとすると、魔力が突き刺さって焼けるような痛みを感じる。
魔力は、エネルギーの塊だ。使い方次第で、生身の魔力単体で人を傷つけることも出来る。制御の効いていない膨大な魔力はただ危険なばかりだ。
あまりの力に、近づくことは到底できなかった。
「魔力暴走だ」
呆然として呟いた。隣にいたウィステリアも何も出来ず、ただ立ち尽くすのみだった。
「聞こえるか! ライラック!」
ダチュラが、ライラックの肩を掴んで、半ば叫ぶようにして何度も声をかける。
その体を魔力の光が何度も貫通しているのが見えた。
痛くないのだろうか。いや、そんなはずが無い。
「うるっさい!!!」
ライラックが突然、金切り声を上げた。ウィステリアがびくりと体を竦める。
「うるさい、うるさいうるさいうるさい! そんなの関係ない!!」
ダチュラに言っているのかと思った。けれど、会話が噛み合っていない。
「ライラック。俺の声を聞け。冷静になれ」
「そんなの、どうだっていい! だってやらなきゃ! うるさいうるさいうるさい、黙ってよ! 放っておいて!」
幻聴でも聞こえているのか。
頭を振り乱して、ライラックが叫ぶ。その激情が、ライラックとどうにも結びつかない。
「いちいち気にしてられない! うるさい、生きてる世界が違うんだから! うるさい、うるさい! だまれ! どうだっていい、囚われてちゃいけないの!どうでも良くないといけないの!だから、黙れ!!」
「割り切れなくていい」
うめくような声でダチュラが言う。その声には苦しみが満ちていた。
一際大きな光の筋が、ぐさりとダチュラを貫通して走っていく。
その衝撃にがくりと頭を落としながらも、ダチュラは決してライラックを離さない。
倒れ込むようにライラックの肩に頭をつけて、ダチュラはなおも言った。
「……いいんだ、ライラック。平気になるな。重く受け止めたままでいい。人を殺めるという行為の意味を分かる魔術師であれ」
「だっ、だって!! 無理でしょ!」
叫び声が変わった。拒絶が弱まって、恐れが滲んだ。
──ダチュラの声が、ライラックに届いたんだ。
「それじゃ、弱くなっちゃう! 立ち上がれない!!」
「平気になる方が、ダメだ。言っただろう? ライラック。人に殺意を向ければ向けるほど、それは自分に返ってくると。だから、軽く扱うな。お前が奪った命を覚えておけ。それが、お前のためになるから」
「そんなの、むりっ、だって……! どうでもいい、じゃないと、潰される!」
「潰される前にお前が潰れちまう。お前……向いてねぇんだよ。自分の心の悲鳴を押し殺すな、頼むから」
髪を振り乱して叫んでいたライラックが、突然顔を上げた。ダチュラを見ている。
その目に浮かぶ絶望の色が、確かに見えた。
「だって……ダチュラが言ったんじゃん! 強くなれって!!」
ダチュラが顔を上げる。ライラックが顔をあげたことに気づいて、その表情を見て、顔が歪んだ。
「あぁ、俺が間違ってた。いいんだよ……弱くても、いい。お前が弱くても、俺が守ってやる」
その言葉を聞いた瞬間、ぼろっと、青紫の瞳から、大粒の涙が零れだす。
雫がライラックの頬を伝って、服を濡らす。
「殺したくない……だって、みんな責めるもん……」
──落ち着いたと思った。
次の瞬間、爆発的に魔力の圧が広がる。
魔力暴走は止まるどころか、むしろ、激しくなっている。幾筋にもなって分かれていた光が、今度は爆風のように広がった。
ルピナスは思わず、自分とウィステリアに結界を張った。近づくことなど、できやしない。ただの魔力なのに──結界が、壊される。
泣きはじめたライラックの息が、どんどん荒くなっていく。
「犯罪者なんてゴミだって! 生きてる価値ないの! めがっ、目が! 責めてくる! お前のせいだって、みんなっ、みてる……!」
支離滅裂だ。幻覚を見ているのか、なんなのか分からない。ライラックにそんなことを言う人は、アイーマの中にはいないはずなのに。
「誰が言ったんだ」
「……私が! ずっと言ってくるの……お前が死ねって! うるっさいの、ずっと! だから、だからっ」
がばりと、掻き抱くように、ダチュラがライラックを抱きしめた。
「悪かった。お前は悪くねぇ。俺なんだ、俺を恨め。自分を責めるな……頼むから。全部俺が悪い、なぁ、そういうことにしてくれ……」
抱きしめたライラックの肩に顔を埋めるようにして、くぐもった声で言う。
「……ダチュラ、が?」
「あぁ、そうだ。全部、俺のせいにしろ。お前のせいじゃねぇ、お前が悪いわけがねぇ……全部、俺なんだよ……」
ダチュラの声が震えて聞こえた。……泣いて、いる? あのダチュラが?
「……じゃあ、どうすればいい……? 心臓の感触が、残ってるの……」
戸惑うような小さな声で、すすり泣くように、ライラックが言った。まだ子供の小さな手で、ダチュラの服を握りながら。
「右手に。こびりついて、とれないっ……」
ダチュラはハッとしたように顔を上げて、ライラックの右手を取った。
「いやなのに……ねぇ気持ち悪い、きもちわるいっ! ずっと、感じてる……ドクドクしてたのが、段々と何も感じなくなって……でも、生暖かいの……」
「俺の手を感じろ。な? そうすれば忘れられるだろ? ほら、分かるか?」
ぎゅうう、とダチュラの手がライラックの手を握りしめる。ライラックは苦しそうに息を吸いながら、かぶりを振った。
「わ、わかんない! ずっと……手にこびりついてる感じがして! 手を洗っても、擦っても握ってもなにしても消えなくて……ずっと責められてる、お前が殺したんだから忘れるなって……!」
「忘れていい! 忘れていいから、違う、むしろ忘れてくれ……」
きっと、ダチュラが思い切り力を込めて握っているライラックの手は、血流を止められたように白い。
「全部俺のせいにしろ、俺が間違ってたから……」
喘ぐような、苦しそうな声。それでも、言い聞かせるように、ライラックへの言葉を紡ぐ。
「……ライラック、魔力を、おさめられるか?」
「っ、わかんない……ダチュラ……これ、どうしたらいいの……止めらんない……こわい……」
呟くような声は、小さな迷子の子のように心細い。ライラックの魔力は、完全に制御を失っていた。
「分かった。ライラック。今から、お前の魔力を乗っ取る」
静かに宣言したかと思えばその瞬間、ダチュラが朱殷の魔力を放出する。
ぶわりと薄く軽いオーガンジーのように、朱殷が広がる。
そして、荒ぶる青紫の光に沿うように、ぴたりと重なっていく。
ライラックが、ぴくりと反応するのが見えた。
「ライラック。感じろ。お前の魔力を」
ダチュラが言う。小さな声なのに、不思議と鮮明にルピナスたちの方まで聞こえた。
「やっ、いやだ、なにこれ、気持ち悪い」
さっきまでの狂ったような叫び声とは違う。けれど、十分にそのパニックが伝わる。
「ライラック。聞け」
ダチュラが、静かに語りかける。
「お前が魔力の感覚を掴めるように、俺がお前の魔力を乗っ取る。だがな、手放すなよ。ライラック」
その言葉通り、ライラックの魔力にぴったり重なったダチュラの魔力が、溶け合うように境目がぼんやりとして見える。反応するように、青紫の光が暴れるのが激しくなった。
「いやだ、怖い、ダチュラ、こわい、きもちわるい、これっ」
「俺に奪われそうになっているからな。忘れるな、お前の魔力は、お前のもんだ。死ぬ気で粘れ。どれだけ苦しくとも、ぜってぇ手放すな。お前なら、できる。いいか」
「やめっ、やだ、いやっ」
「乗っ取られても、お前が手放さない限り、お前とお前の魔力は繋がっている。だから、感じろ。お前の魔力が今どこにあるのか。そして意地でも、喰らいつけ」
動揺に目を見開いたライラックは、ダチュラの言葉に、集中するように、ぎゅっと目を瞑った。
揺らぐ青紫と朱殷の境が、段々とくっきりしていって。荒ぶる魔力が、徐々に穏やかになって、そのまま小さくなっていって。
ようやく、消えた。
正しく、荒療治だ。
暴走状態だった魔力を乗っ取ることで、その感覚を無理やり取り戻させる。
魔力を乗っ取ることが、できるだなんて。
見ながら、ルピナスはただただ呆けていた。
魔力の光が消えて暗くなった部屋の中。
ダチュラの腕の中で、ライラックは、頬に涙の跡を残したまま、気を失っていた。
リラが一度だけされた経験のある魔力干渉は、ダチュラによってでした。
リラはダチュラよりも魔力量が多いので平常時ならば防ぎましたが、ダチュラの技量・リラがパニックに陥ったこと・魔力暴走による魔力の損失により、成功しました。




