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嘔吐表現あり
ふと、足音がした気がして、目が覚めた。
ぱっと体を起こすと、部屋の扉が静かに閉まっていくところだった。
部屋に置かれている他のベッドに目をやる。ウィステリアは、寝ている。ライラックは──いない。
胸騒ぎがして、ルピナスはベッドを出た。
時間は深夜。今日の任務は例の三人合同の任務だけだったから、ライラックが出る用事は無いはずだ。
用を足すか、ダチュラに会いに行くのか、その辺だろうと思った。そうであって欲しいと思った。
物音を立てないように部屋を出ると、一番近くの手洗いの個室に向かう。
正解だった。
ドアに鍵がかかっていて、気配からライラックが中にいるのがわかった。
なんだ、ただ用を足しに来ただけか。そう、肩に入った力を抜いた時だった。
げほっ、げほっと激しい咳につづき、くぐもったえづき音。
ぴちゃぴちゃと、液体が落ちる音。
(っ、吐いてる……!?)
予想外のそれに、ルピナスは何も出来ずに固まる。
(……なにが、普通、だよ……)
確かにライラックは言った。殺人の任務に対して、何とも無さそうな振りをしていた。
けれど、前世の記憶を取り戻したり、普段はしない怪我をしていたり、こうしてもどしていたり。
全て、人を殺した後じゃないか。
──それほどに、やはり、重いことだったのだ。それは、任務であれば全て何事もなくこなすライラックにとっても。
(……なぜ、隠そうとするんだ)
──何を思うべきなの? 殺されちゃって可哀想、とか?
あれは、きっと本音じゃなかった。
なら、どうして、何も感じていないように振舞おうとするのか。
分からない。
分からなくて立ち尽くしていたら、ガチャリと鍵が開く音がした。
慌てるも、何も出来ない。
扉を開いて、ライラックが出てきた。
廊下の明かりは窓から差し込む星の光だけで、暗い。部屋内の明かりを背で受けるライラックの顔色は暗さでよくわからず、でもその口角が上がっているのだけ見て取れた。
「なにしてんの? ルピナス」
「……お前こそ」
「見たらわかんじゃん。トイレだよ」
不自然すぎる笑みを浮かべてライラックが言う。
「あごめん、私出るの待ってた? お先失礼」
そう言って立ち去ろうとするから、ルピナスは慌ててライラックの腕を掴んだ。
「なに、ルピナス」
「おまえ……」
言葉を探す。なんと言えばいいか分からない。でも、このまま隠させたままじゃダメだと、そう思った。
「本当は、嫌なんだろ。人を殺すの」
「なんで? そんなわけないじゃん」
強い口調でライラックが否定した。浮かべた笑みはそのままに。
「どうでもいいなんて思ってないよな。だって、殺人の任務の後のお前、変だぞ。前世の記憶を取り戻したり、下手うって攻撃食らっちまったり。今だってお前、吐いてたろ」
「吐いてなんかない」
ライラックの浮かべた笑みがどんどん強ばっていく。ルピナスは更に言い募った。
「嘘つくなよ。なんで隠そうとするんだ」
「別に隠そうとなんかしてないよ」
「そんな訳ないだろ! お前なぁ、今笑ってんのだってすげぇ不自然だからな! 誤魔化せてると思うのか?」
ライラックの表情が固まった。一瞬顔が歪む。
「知らないよ」
そう言った声は震えて聞こえた。
ライラックは、ルピナスに掴まれていない方の手を挙げる。何をするのかと身構えるけれど、自分の前髪を直す素振りを見せただけだった。
けれど、手が目元を隠したその一瞬で、ライラックの表情は元の笑みを浮かべたそれに戻っていた。
「誤魔化してなんかないし、なんも隠してなんかない。人殺すのだって別に抵抗なんかないし、いつも通りだよ。だって、」
それは、自分に言い聞かしているようだった。
その顔を、じっと見つめる。貼り付けた笑みにしか見えなかった。
「だって私は、ライラックだから」
ルピナスが何か言う前に、ライラックは手を振りきって三人の部屋に戻って行った。
もう何を言っても意味がないのが分かった。
ぎゅっと、拳を握る。
このままでいいはずがない。
──ライラックは、絶対に、無理をしている。
そうだ、ダチュラに会いに行こう。そう決めて、ライラックが戻った方と反対側に向かう。
悔しいけれど、自分に解決できる気はしなかった。
*
「それでなんだ、話したいことって」
ダチュラは、深夜に関わらず、食堂にいた。食堂には他の組員もいて、酒を飲みながら賭け事に耽っていたようだった。
ライラックについて話したいことがある、とルピナスが切り出せば、ダチュラは場所を変えようとルピナスを外に連れ出した。
「あいつ。相当殺人が堪えてるらしい」
「ふうん? なぜそう思った」
壊れかけた塀に腰掛けながら、ダチュラが問う。
「前世の記憶を思い出すなんて、相当の衝撃があったんだろうし、この前は怪我だってしていたし、今日は吐いていた」
ルピナスは俯き、自分の手を眺める。
この手で、誰かを殺すとしたら──どんな感触なのか。
一度は、自分だって人を殺そうとした。しかし結局それは失敗に終わった。その時は落胆したけれど、ほんの少しの安堵があったのだ。
命を奪うという行為の重みを、結局自分は知らないままでいられた。
「問い詰めたんだよ。嫌なんだろって。そうしたら、そんなわけない、の一点張りだった。あいつ、絶対無理をしてる。あのまま平気なフリをしたって、ずっと平気で居られるはずがねぇよ」
「そいつはどうかな」
受け止めるようなことを言うかと思った。
突き放すような言葉が想定外で、思わず顔を上げる。
ダチュラはきっと、ライラックの事を心配していると思ったのに。
実際には、いつものように何ともなさそうな顔をしているだけだ。
「考えてもみろよ。殺人が嫌だと言ったとして、何になる? 結局は避けては通れぬ道だろうがよ」
「っ、だから見て見ぬふりしろって?」
「無理をしてるんじゃなく、適応しようとしてるとは考えられねぇのか?」
ダチュラが本気でそう思っているのなら、これ以上ダチュラに頼ることはできない。そうは思うけれども、でも。
「だから、それが無理をしてるんだって言ってんだろ!」
「人間は、慣れるもんなんだ。そのうち、平気になるさ」
「だったら!」
苛立ちが言葉となって、口をついて出た。感情のままにダチュラを睨みつける。
「なんで、見てろよなんて言ったんだよ! お前だって心配なんだろ!?」
いつも、何を考えているのかよく分からないダチュラだけれど。あの夜のあの発言は、きっとライラックを心配して出たものに違いないと思ったのだ。
「危険だって、言っただろ! あれはライラックにとって危険って意味だったんだろ!」
言われた当初、ルピナスは勘違いをした。ライラックが、周りへの危険因子になるということかと。
でも、違うはずだ。今は何故か、確信があった。
ダチュラは、ルピナスの言葉に黙ったままだ。
「なぁ、答えろよ。お前本当にライラックのこと、このままで良いと思ってんのかよ。このまま放置してたら、そのうち平気になると思ってんのかよ。平気になったとして、それがライラックのためになるって、本当に心の底から、そう思ってんのかよ!?」
「……思ってねぇよ」
ぽつりと、ダチュラは呟いた。それは、どこか頼りない響きだった。
だろうな、とルピナスは頷く。
ダチュラは、暗闇の中、どこか遠くを見つめているようだった。
「思ってねぇよ。人殺しに慣れて、それに何も思わなくなれば、いつか自分の足をすくわれる。忘れちゃいけねぇと思ってる。だが……俺にはあいつに何言ってやる資格もねぇんだよ」
「……なんだよ、資格って」
「お前には関係ねぇよ」
苛立ったように返されて、ルピナスは押し黙った。あまり見ない、暗い雰囲気のダチュラ。その意外な姿に、少し呆れていた。
こいつ、よく分かんねぇけど、なんかメソメソしてるだけじゃねぇか?
「じゃあどうでもいい。あのな、あいつ、言ったんだよ。ライラックだから、って。分かるか? 本心では殺人に対してかなり深く受け止めてるのに、それを無理やり平気なフリしてる! ライラックは強い存在だから! そうじゃないといけないって、思ってんだよ。だから、言ってやらないと! 平気になんかならなくていいって、しんどくてもいいんだって」
「お前が言ってやればいいじゃねぇかよ」
「俺じゃ響かねぇんだよ!」
つい怒鳴ってしまった。
なんのためにここまで来たというのか。このわからず屋め。
「俺は人を殺したことがねぇから、何を言ったってライラックには響かねぇ。そもそも俺はあいつより弱いし……ライラックが尊敬してるのは、唯一倣うのは、ダチュラ、お前だろうよ……」
悔しくて、拳を握る。
ダチュラは、何も言わない。
沈黙が場を満たした、その時だった。
「ルピナス! あっ、ダチュラ!」
二人の他はしんと静まり返った夜の闇の中で、突如高い声が響いた。
濃紫の髪を振り乱して、走りよってくる少女の姿を見て、驚く。
「ウィステリア!? どうした!?」
「大変。ライラックが、っ……!」
言葉の途中で、ウィステリアは躓いて前に転ぶ。ルピナスは慌ててウィステリアに駆け寄った。
必死に走ってきたようで、肩で息をするウィステリアの背をさすってやる。
「部屋に……はやく」
途切れ途切れに、ウィステリアが言う。ルピナスはダチュラを見た。ダチュラはこっちを見ていて、すぐに立ち上がった。
「先いくぞ」
言い残して、走り去っていく。
ルピナスは、ウィステリアに手を貸して立ち上がらせた。
「大丈夫か、ウィステリア」
「うん。はやく、いかないと」
「分かってる」
ウィステリアの手を引き、二人の背を魔術で作り上げた風で押しながら、ルピナスは全速力で走った。
ダチュラの愛を一番よく分かってるのは、やっぱり親からの愛され経験値高いルゥーなんですよね(^^)




