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八十一話 守りたいもの

 考えたことがある。

 もし、私に前世の記憶が戻っていなければ。

 犯罪に対する罪悪感が果たして生まれることはあったのか。ただ生きるために人を殺していたのだろうか。

 アイーマに所属している環境をおかしく思うことはきっと無かっただろう。ルゥーやウィスティを失うことを恐れて必死になることも、ダチュラを裏切ることを考えることもなかったんじゃないか。

 私と彼女は、境遇が少し似ている。犯罪者の男に、拾われたところ。犯罪組織の中で、育ったところ。

 ヴィクトリアは、前世の記憶を得られなかった私なんじゃないか。そう過って、いや、ないなと首を振った。

 第一に、ダチュラが何か酷い仕打ちを受けたとしても、私がその復讐に燃えることはきっとない。

 だって、ダチュラはそういう人だから。自分の復讐心を、自分以外の人間に抱かせるようなことはしない人だから。


『人に殺意を向ければ向けるほど、それは回り回って自分に返ってくる。だから、無闇に殺すなと言ったんだ』


 いつかのダチュラの言葉を思い返しながら、私はヴィクトリアを見やった。


「あんたのこと、可哀想だと思うよ」

「なっ、馬鹿にするのも大概にしなさいよ!?」

「あんたのお父さんは、自分の個人的な感情を娘に植え付けて、それを利用してる。私は——」


 言葉を切った。ここ最近、ダチュラについて考えることが多くて、気づいたことがある。

 私はずっと、裏切ったと、ダチュラに責められるのが怖かった。

 けれどいざ想像しようとしても、できなかったのだ。ダチュラが、私を責めているところが。


「私は、確かにダチュラを裏切った。でも、ダチュラなら認めてくれそうなんだよね。お前の人生だから、お前が決めたようにしろって」


 まぁ、実際まだ会いに行けてないんだから、ただの楽観的希望に過ぎないんだけど。


「だから、ヴィクトリアもさ。お父さんにずっと従ってたら、自分の人生棒にふるよ? 自分で、自分の道を切り開いてみれば?」


 まあ、まともな人生がこれから送れるか分からないけど。

 ヴィクトリアは俯いて、歯を食いしばっている。


「あとさ、私、私が正しいなんて思ったことないよ」


 今、国治隊として世間一般でいう正義側の立場に立っているからと言って、過去の罪が消えるわけがないことくらい分かっている。人を殺したことも、その他全ての犯罪も。

 生きるためには仕方なかったと思うし、後悔はしていないけど、一生罪悪感を抱いている。

 ダチュラを裏切ったこともそうだ。たとえダチュラが私の選択を受け入れてくれたとしても、これが消えることはないだろう。


「私が私のためにできる選択を今まで取ってきたけど。それが正しいことだけじゃないなんて百も承知だし、罪悪感だってずっと抱えてる。多分、一生抱え続けていく。きっと、あんたには分かんないと思うよ」


 そういう意味では、ほんの少しだけ、ヴィクトリアが羨ましい。私が今まで苦しんだ一番の原因である、前世の記憶によってもたらされた倫理観が、彼女にはないから。一生罪悪感を抱え続けるこの覚悟なんて、いらないだろうから。


「んん……」


 うめき声が聞こえて、ハッとする。エンジェラだ。

 見れば、私の作った結界の中で目を擦りながら、起き上がっていた。


「エンジェラ! 大丈夫?」


 エンジェラの周りの結界を解除して、駆け寄りながら、尋ねる。

 私の姿を認めて、エンジェラはハッと体を強張らせた。

 思わず、足が止まる。


「エンジェラ? 今、どういう状況か分かる?」

「近づかないで!!!」


 エンジェラが叫んだ。その瞳に、色濃い恐怖が浮かんでいる。

 ごくりと唾を飲み込んだ。


「私のこと、騙してたんでしょ! 本当は国治隊ってのも嘘で、私を利用してるんでしょ! いや、近づいてこないで!」


 パッとヴィクトリアを振り向く。地面に倒れたままのヴィクトリアは、その体勢に似つかわしくない楽しそうな笑みを浮かべていた。


「あぁ忘れてたわ。覚醒がまだみたいだから、精神的に不安定になれば覚醒してくれるかなと思って、精神操作かけたんだった」


 ぎゅっと手を握った。

 どうする。今、この場でエンジェラが私と戦おうとしたら、魔力量では絶対に及ばない。マークス先生にやったような精神操作も、エンジェラ相手では絶対に無理だ。——いや、そもそも本当にエンジェラは精神操作にかかっているんだろうか?

 だってヴィクトリアはまだだと思っているようだけど、エンジェラはもう覚醒している。だったら精神操作はかからないはず。ただ魔術の技量が高いのは間違いなくヴィクトリアで、エンジェラの様子もおかしい。

 だから、精神操作はかかり切ってはいないけど、影響を受けて不安定になっているんじゃないだろうか。

 その場合、エンジェラが落ち着きを取り戻したら、正気に戻る可能性がある。


「分かった。エンジェラ、一回離れるから、近づかないから、落ち着いて」


 後退しながら、低めの声を意識してエンジェラに語りかける。


「落ち着いて、冷静に考えてみて。大丈夫だから。エンジェラ、あんた今パニックになりかけてるから、深呼吸して」

「何、分かんないよ! だって、一番私のこと分かってくれるのリラだと思ってたのに、リラが裏切ったら、どうしたらいいの!」

「裏切ってないよ。裏切ったって言ったのは誰? その人、私より信用できるの?」

「いやいやいやっ! そうやって耳障りの良いこと言って、私のことまた騙そうとしてるんでしょっ!」


 エンジェラが、しゃがみ込み頭を抱え込んで叫んだ。

 その瞬間、ぶわりとエンジェラから魔力が溢れ出す。ものすごい量だ。肌を突き刺すような、魔力の重圧。

 結界の中は、魔力のエネルギーによって嵐のような風が、吹き荒れる。そして魔力そのものが、赤い光となって迸る。

 まずい。魔力暴走だ。


「ふふっ、良いわよエンジェラ! リラは本当はあんたを利用してるだけ! 友情なんてカケラも感じていないわ!」


 ヴィクトリアの高笑いが響いた。

 ああ、どうする。


「エンジェラ! お願いだから、私の声を聞いて!!」

「うるさい、嫌だ、怖いよぉ! やめて!!!!」


 悲痛な叫び声だった。

 その瞬間、眩い閃光が炸裂して、視界が真っ白になった。あまりの魔力に、自分が焼かれそうで、自分の周りに結界を作る。

 思わず、目を手で覆い隠す。ぎゅっと目を瞑っても、光が目を焼いてくる。


 それは数秒間続いた。


 瞼の裏から感じる眩しさがなくなって、そっと目を開いて、息を呑む。

 エンジェラの魔力暴走は、収まっていた。それだけでなく、周りを囲んでいたオレンジの壁が、綺麗さっぱり消えていた。その代わり、取り囲むような人だかりに、ざわめく人の声。学院の生徒だけじゃなく、先生も。国治隊員もいる。

 ──エンジェラの、魔力暴走が、結界を壊したらしかった。

 当のエンジェラは、地面に蹲っている。


「エンジェラ! 大丈夫か!!」


 そう叫ぶ声が聞こえて、人混みから誰かが飛び出し、エンジェラの方に駆け寄る。サグアス王子だ。


 ……終わった? どこか、現実感がない。

 呆けてしまって、周りを見渡した、その瞬間。


 異様な魔力が、ぶわりとどこからか膨れ出す。

 この魔力は──吸魂具のそれ、だ。


 ——嘘だ。

 壊れて、いなかった?


「あっはは! やっぱり壊れてなかったわ! リラ、ざまあないわね! あたしの勝ちね!」


 ヴィクトリアの笑い声が聞こえた。

 あぁ、あのとき、最後の攻撃を怠ったから。ヴィクトリアに気を取られてしまったから。


 あの吸魂具は一番近い人から順に吸魂していく——一番吸魂具に近いのは、エンジェラと、その傍にひざまづいているサグアス王子だ。


「吸魂具だ!! 離れろ!!!」


 怒鳴りながら、二人の元に駆け寄る。


 全てがスローモーションのように思えた。

 サグアス王子が、私の声に、焦ったようにエンジェラを抱えようとして。


 だめだ。


 ——間に合わない。


 そう思った時だった。


 吸魂具と、二人の間に、誰かが躍り出た。まるで、身代わりになるように。

 揺れる制服のスカート。ボブの濃紫の髪。


 ウィスティ。


 だめ。それだけは、だめ。ぜったいに。


 瞬間移動でもした気分だった。


 気づけば目の前にいたウィスティを、突き飛ばす。


 その瞬間、激痛が走った。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 脳みそを引き裂くような。四肢をもがれるような。胴体を引きちぎられるような。

 魔力が全て、吸い出されていく。魂を、奪われる。

 立っているのかもわからない。体のどこにも力が入らない。


 痛い。あつい。くるしい。いたい。


『手放すなよ』


 突然、頭の中で声が響いた。


『ライラック。お前の魔力は、お前のもんだ。死ぬ気で粘れ。どれだけ苦しくとも、ぜってぇ手放すな。お前なら、できる』

「だ、ちゅら……?」

『いいか。乗っ取られても、お前が手放さない限り、お前とお前の魔力は繋がっている。だから、感じろ。お前の魔力が今どこにあるのか。そして意地でも、喰らいつけ』


 手を握りしめる。爪が、手のひらに刺さる。感触は、まだ、ある。

 分かる。

 私の魔力。まだ、繋がっている。

 胸元をまさぐって、首から下がる紐を取り出す。それに通っている核石を、口に放り込んだ。ガリっと音を立てて噛んで、吸収する。

 できる。

 集中しろ。

 痛い。苦しい。息ができない。

 核石で魔力を足しても、力が秒速で奪われていくのを感じる。


 ──そんなの、関係ない。


 失った、吸い込まれた魔力を意識する。私の魔力。

 機械の中に吸い込まれた。まるで、ブラックホールのようだ。

 いま、吸魂具の中にある。私の魔力。大丈夫、操れる。


 こわす。


 中から、破壊する。そこにある魔力で全力でエネルギーを注ぎ込む。限界なんて関係ない。

 とにかく、全てを注ぎ込む。


 突如、全身を焼き尽くすような熱風を感じた。

 音も光も、感じない。


 それを最後に、なにもわからなくなった。


これにて第三章完結となります。ここまでお読み下さりありがとうございました。もし面白いと思っていただけましたら、ブクマ、評価、感想等頂けましたら作者が大喜びします。

このあと、番外編、そして最終章に入ります。変わらず年内完結を目指しますので、引き続きリラ達の話をよろしくお願い致します。

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