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八十話 因縁

私事ではありますが、今年春からついに社会人になりました。色々と追われるうちに前回更新から半年も経っていて申し訳ないです。学生に比べたら当たり前に自由な時間が比べられない程少ないですが、執筆の時間もしっかり確保していきたい所存です。

 吸魂具に向かって走る私の足をすくおうと振られた短槍を、動線上にいるヴィクトリアを、身を傾けながら避ける。小さな魔力を吸魂具にむかって伸ばす。魔力は、ぱちんと小さく弾かれた。

 やはり、そう強力ではないが魔力を弾く結界が張ってある。腕に魔力を纏わせて筋力を強化し思い切りダガーを吸魂具にむかって投擲する。

  ガキン、と大きな音がして、ダガーが弾き飛ばされた。いつのまに移動したのか、ヴィクトリアが吸魂具の前に立って、短槍で弾き飛ばしていた。

 守るということは、物理攻撃に弱いということ。

 ふっ、とつい小さく笑い声が漏れた。勝ち筋はあるってことだ。

 結界でまだ意識を失ったままのエンジェラのことは気にしておかないといけないけど。ヴィクトリアは今のところ彼女を傷つけるつもりは無さそうだし。

 飛び道具はだめだな。直接刺すか。

 足元の空気を爆発させて、空中に飛び上がる。こちらを見上げ警戒するヴィクトリアの短槍へと魔力を伸ばし、動けないように絡める。その瞬間、短槍の実体化が解かれた。まあ、だよな。足裏から生やすようにダガーを実体化させた。このまま自分に思いっきり下向きに力をかけ、吸魂具を踏み抜く。加速をかけた瞬間、眼下でヴィクトリアがこちらに手を向けているのが目に入った。反射で体の下に大きなボウルのような結界を張る。

 次の瞬間、結界の下で大きな爆発が起きた。結界のおかげで被害はない。煙で視界は悪いけど問題ない、そのまま押しつぶせ。魔力で加速を加えて、思い切り結界ごと、吸魂具があるはずの場所に目掛けて着陸する。けれどその感触は、思ったものではなかった。機械が壊れるようなものじゃなく、ただ硬い地面の感じ。

 うん、失敗だ。煙が晴れたら、少し離れたところにヴィクトリアと、その足元に吸魂具が置かれていた。まるで瞬間移動のようだ。

 ちぇっ。やはり、吸魂具だけを壊すのは少し厳しいか。ならば、ヴィクトリアを制圧するまで。

 結界を解いて、再びヴィクトリアに迫る。


「それで? あんたは、こうまでして、誰の仇を討とうとしてるわけ?」


 思い切り接近して振り下ろしたダガーを、短槍の柄で受け止めたヴィクトリアの顔を、覗き込むようにして聞く。煽るように、鼻で笑うように。幻影を駆使するヴィクトリアの戦法は、頭を使う。少しでも余裕を無くしてやりたかった。

 ヴィクトリアは何も言わずに私を睨み、弾くように私を押し返す。その勢いで後ろに飛び退く。

 記憶を思い返しても、アイーマ時代に同じ歳くらいの子供と相対した記憶はない。であれば、誰か近しい人を、私に殺されたとか。そうだとしても、分かる可能性は限りなく低いけど。

 ヴィクトリアは空気を裂くように数回短槍を振ってから、ぴっと穂先を私に向けて構えた。

 そこで、あ、と思い出した。ヴィクトリアが唯一、私に対して話をしたことのある身内。


「そっか。お父さんの仇?」

「っ、死んでないわよっ!」


 そう叫んで、ヴィクトリアは短槍を構えたまま、こちらに向かって突進してくる。足元をすくうように振られる短槍を見ながら、あえて引っかかるようにしゃがむ。ブォン、と頭上で槍が空を切る音がした。

 この怒り様。正解みたいだ。


「殺したと思った? あんたごときに殺られるほど、弱くないわよ!」

「いや知んないよ。誰だよあんたのお父さん」

「アコニツムよ!!」


 ──アコニツム。それは確かに、聞き覚えのある名前。


「お父さんがアイーマに所属していた時に呼ばれていた名前よ! さすがに、聞き覚えあるでしょう?」


 アコニツム。昔、組織にいた男。危険な思想を持つとして、追い出された男。私が不覚にも一発食らわされた男。しくじったと、ダチュラに詰められたときのあいつ。

 ──そういえば。

 核石作りのときに、ヴィクトリアのお父さんの話を聞いてアコニツムのことを思い出したんだっけ。

 つまりヴィクトリアのお父さんは、当の本人だったってわけか。


 へぇ、と眉を上げる。苛立ち、私を睨みつけるヴィクトリアに、口の端を上げて笑みを作りながら、首を傾げて見せた。


「確かに、名前は覚えてるよ。私がアイーマから追い出した。でも、アコニツムはどちらにせよ処分される身で、たまたま私にその任務が当てられただけ。それで私を恨むのはお門違いじゃない?」

「ふざけないでよ!」


 ヴィクトリアが怒鳴った。


「お父さんのこと、馬鹿にしたくせに! お父さんのアイディアを詳しく聞きもせずに、ゴミって貶して侮辱したのはあんたでしょ!」

「はぁ?」


 本当に心当たりないんだけど、なんだか嫌な気がしてくる。アコニツムと対峙したのは確実にアコニツムを追い出したあの時一回きりの筈。そしてあの時、アコニツムに刺されながら確かに精神操作をかけた。確か、アイーマから隠れて生きていくようにって。……もしかしてあの時の私、精神操作に大失敗してたんじゃなかろうか。変な記憶を植え付けて、アコニツムの中に無駄な私への憎悪を芽生えさせてたってこと?

 あまりの馬鹿らしさに、一瞬眩暈がした。その瞬間、迫り来る魔力の気配。

 咄嗟に体を捻りながら屈み、同時に実体化の短剣を払うように投げる。頭上スレスレを火の矢が通っていったそのとき、目の前にいたヴィクトリアの幻覚がたち消える。代わりに私の右斜め前方に現れたヴィクトリアは、短剣を避けようとしてバランスを崩した。体が大きく傾く。

 隙あり。

 ヴィクトリアの足元を目掛けて、三本の実体化した短剣を打ち込む。それに彼女が気を取られている隙に、思いっきり地面を蹴って、ヴィクトリアの懐に入り込む。思いっきり膝を打ち込んだ先は、確かに感触はあった。でも、完全に命中した時のそれでは無い。

 いると思った半歩後ろに現れて、軽やかにヴィクトリアは後方へ跳び退いた。


「お父さんは、あんたに貶されていいような人間じゃないわ。だから、あたしは絶対あんたに後悔させるって決めてたの」


 敵意に満ちた声でそう言われる。ため息が出そうだ。やってもいない事で逆恨みをされて、でも確かにそれは私の過去の失敗だった場合、どうすればいいのだろう。

 私の様子に構うことなく、ヴィクトリアは続ける。


「あたし、元々お父さんの子じゃないの。孤児やって裏路地を駆け回ってたわ。スリや盗みをして生きてた。そんなあたしを、お父さんは拾ってくれたの。魔術の魔の字も知らなかったあたしに様々な知識を与えてくれて、あたしを育ててくれた。平民の魂なんて穢れてる、なんて言ったあんたとは違って、ね!」


 目をギラりと光らせて、ヴィクトリアが飛びかかってくる。


「貴族の血が入っててちょっと魔力が多いから、何だって言うの!? あんたが学院で平民としてやってきた時は笑っちゃったわ! あれだけ見下してた平民扱いされるのってどんな気分? って聞いてやりたかった! けど、全然それっぽい反応は見せないんだから、演技力だけは高いのねっ!」


 勘違いも甚だしい。けれど、わざわざ訂正する気にもなれなかった。

 振り回される短槍は、正確に急所を狙ってくる。私は感覚を頼りにそれを避け、ダガーで軌道をそらせ、隙をみては新しい短剣を投げる。それも、柄の反対で簡単に弾き落とされてしまう。

 小賢しいことをしなくなったら、リーチの長い短槍は単純に厄介だった。


「ねぇ、図星だった? なんとか言ったら?」


 ヴィクトリアが高笑いをする。どういう反応を求めているのだろう。怒って悔しがってほしいんだろうか。


「平民とか貴族とか、どうでもいいけど。私が貴族だったことなんてないし」

「今更強がるの? 公爵家生まれだってお父さんに自慢したんでしょ!」


 ああ、そういうことか。いくらどんな強力な精神操作だろうと、孤児である私が貴族がどうのということを口にしたことをおかしいと思わないものかと思ったけど。思った以上に私のことは、知れ渡っていたのか。

 小さくため息をついた。


「平民がどうとかって、一番囚われてるのはそっちじゃない?」

「はぁ? 何言ってるの?」

「犯罪組織に入ってる時点で、貴族としての爵位どころか、平民よりも下じゃん。そんな奴が的はずれな蔑みをしてるって取り合わなければいいのに。私があんたのお父さんを馬鹿にしたって未だに根に持ってるのは、それをあんたらがコンプレックスに思ってるってことでしょ」


 これが平民がどうとかじゃなく魔力を持つかどうかとかだったら話は変わってきてしまうけど、ヴィクトリアもアコニツムもしっかり魔力持ちだし。


「っ、うるさい! それを言うなら、あんただって的外れなことを言ってたことになるわよ!」


 短槍が、目に向かって突き出される。それを仰け反りながら避けて、そのまま短槍の下に体を潜り込ませる。魔力で体を滑らすようにしてヴィクトリアに接近し、その脛めがけてダガーを思い切り振るう。

 ヒュン、と音がした。刹那、ダガーから手を離して引っ込める。指先すれすれを短槍の切っ先がかすめていくのと、放ったダガーがヴィクトリアの足を切り裂いて小さく血を飛ばしたのは同時だった。

 小さく顔を歪めたヴィクトリアが私目掛けて手を伸ばした。咄嗟に結界を張る。私たちの間の空気が勢いよく爆発して、それに紛れてヴィクトリアは大きく距離を取った。

 血が流れ出た足を見下ろし、ちっと小さく舌打ちをして、でももうどうでもいいわ、と呟くのが聞こえた。


「あんたたちが認めなくても、お父さんはムスタウアを一人で立ち上げて、ここまで大きくしたのよ。お父さんはこれから、この世界で誰よりも強くなるわ! もう、誰にも馬鹿にされたりしない。みんながお父さんを崇め奉って、お父さんはこの世界を統べるようになるの!」


 キッと私を睨んで、強い口調で言い募る。私は肩をすくめた。


「そんな未来は来ないよ」

「来るわよ! 朱眼の姫の魂が手に入れば、この世はムスタウアのものになるのよ!」


 叫んで、ヴィクトリアは飛びかかってくる。空気を切り裂く短槍の穂先を読んで避け、脇腹を打とうとする柄を硬い実体化の鎧を纏わせた腕ではじき返す。


「それで? 世界を統べて、何するの? 王様になって贅沢な暮らしでもしたいの?」

「あんたみたいな、今までお父さんを貶してきたやつを地獄に落とすのよっ!」

「復讐ってこと? それだけ? それが終わったらどうするの?」

「お父さんにはっ!」


 ヴィクトリアが短槍を投げた。ブォン、と勢いよくこちらの頭を目掛けて飛んでくる。それを仰け反って避けた瞬間、ぱっと目の前にヴィクトリアが足を振りかぶって現れた。


「その世界をよりよくする使命があるのよ」


 ヴィクトリアの足が胴に当たる瞬間、体の側面を実体化した鎧で覆い、迎え撃った。硬いそれに思い切り足が衝突した痛みに、ヴィクトリアの顔が歪む。

 そのまま、腕に魔力を流して筋力を増量させた状態で、脇にヴィクトリアの足を挟み込む。

 勢いで、二人もつれあって後方にゴロゴロと転がっていく。

 転がる間に、実体化のロープでヴィクトリアの手足を縛り上げ、ヴィクトリアを組み敷くように彼女の体に乗り上げた。ポケットを探り、犯罪者用の魔力封じの首輪を取り出す。

 そのまま、それを拘束から抜け出そうともがくヴィクトリアに嵌めた。

 ヴィクトリアは、魔力が使えないことに気がついて、顔を思い切り顰める。


「リラ、あんたって、ほんっとうムカつくわね! あたしを捕まえたって、状況が変わってないの、分かってる!? 吸魂具はもう起動するわよ!」

「だから、今から壊すよ」

「ふんっ、できるものならね!」


 ヴィクトリアを放置して、吸魂具のもとに駆け寄る。実体化したダガーをふりかざして、思い切り振り下ろした。

 バチバチィッ、と火花を立てながらダガーがめり込む。

 少しそのまま待てば、火花は消え、白い煙が一筋、上った。……壊れただろうか。吸魂具特有の異様な魔力は感じない。元々起動前だからか、吸魂具の魔力の感じはしなかったんだけど。

 もう一回、魔力をねじ込んでおいた方がいいだろうか。


「あんただって犯罪者のくせに!!」


 その叫び声に、ヴィクトリアの方を振り向く。縛られて起き上がることもできないまま、ヴィクトリアは私を睨んでいた。


「ほんっとう、あんたムカつくわね、リラ! 全部、あんたのせいで最悪よ! さも、私が正義ですって顔をして! あなただって、同じようなことをやってたじゃない? 犯罪を犯した過去は消えないわ!」


 ヴィクトリアの言うことに取り合う必要は感じなかった。

 彼女から目を逸らす。逸らした先の視界に入るのは、一面のオレンジだけだ。

 この結界はヴィクトリアの言った通り、私に壊すのは厳しいんだろうか。辺りを見まわす。周りをぐるっと取り囲むオレンジの壁はまだ健在で、異様な雰囲気を醸し出している。


「しかも、あんただってアイーマの人間に育てられたんでしょ? ダチュラ、だっけ? なのに育ての親まで裏切って、自分はのうのうと平和に暮らす神経がありえないわ! あたしだったら、絶対にそんな事しない!!」


 エンジェラの様子を見に行こうとしていた足が、つい止まった。


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