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七十九話 対戦

「私のこと、知ってたんだ?」


 そう聞いたのが、彼女の耳に届いたか分かる前に、地面を蹴って、低い姿勢からヴィクトリアが迫ってくる。その右手に、魔力が集められていく。

 実体化をしようとしているのか。──いや、それだけじゃない。 


 魔力を放つ。同時に、不意打ちのように突風が足元に吹いた。

 ヴィクトリアが生み出した突風は、こちらに届く前に私の魔力と相殺されて消える。チッと、舌打ちが聞こえた。

 右手に、ダガーを実体化させる。

 ヒュッと、風を切る音がした。ガキン、と鈍い音が響いた。直感で振りかざしたダガーをもった手に衝撃が走る。受け止めたのは、短槍だった。


「当たり前でしょう? アイーマのライラックの名を知らない奴なんて、裏社会にはいないわよ!」


 短槍が武器とは、珍しい。今まで戦った人にはいなかった。

 私の一番の得物はダガー。短槍に比べたらリーチが短くて、相手のペースに持ち込まれたら確実に不利だ。


「だから、あなたがどれだけ凄いのかって、期待してたんだけど」


 ほら、今もうすでに、槍の穂先は私の顔のすぐそこにあるのに。それを受ける私のダガーは、彼女の手にすら届かない。ヴィクトリアは勝ち誇ったように笑った。


「大したこと、なかったわね! 初日から国治隊ってバレバレだし! あたしがムスタウアってのも気づかないし!」


 ダガーを持つ力を緩める。短槍の軌道をずらしながら、後ずさる。同時に、左手にもダガーを実体化させる。

 対抗して長い武器を持ったって、使いこなせない。ならば、両刀使いにして、なるべく距離を取られないように懐に入り込むまで。私は私の武器で戦う。


 短槍使いであることに加えて、先ほど少し拳を交えた感触からの推測。

 ──ヴィクトリア、あんた、近接苦手でしょ?

 ヴィクトリアが、低く短槍を構える。そのまま大きく一歩こちらに踏み込んだ瞬間、片手のダガーをその顔に向かって投擲する。


「暗殺専門だからさ、あいにく、犯人捜しは専門分野じゃないわけ」


 力は入れていない。魔力の爆発エネルギーを使ってはじき出すように飛ばしたから。ダガーはヴィクトリアの顔を切りつけた──と思ったが、そこに人がいなかったように、そのまま何も当たらず後方に飛んで行った。

 カン、とまた結界にあたる音。──さっきので、薄々感づいていたけれど、やはり。


「そんなの──」


 パッといきなり、目の前にヴィクトリアが現れた。短槍の穂先が、のどをめがけて迫ってくる。


「──国治隊員のくせして、緩すぎるんじゃないっ!?」


 とっさに手のひらを覆うように、石でできた手袋のような盾を実体化させて、槍を手で受けとめた。かたくて、重い。


「そんなだから、朱眼の姫を奪われるのよ! 呆れちゃうわ、あたしライラックってもっとすごいと思ってたのに」


 短槍を受け止めたのとは反対の手で短槍の柄を握り、思いっきり引っ張る。


「期待にこたえられなくって、どうもすみませんねっ」


 ヴィクトリアは引っ張られ、僅かによろめく。そのとき、握った短槍がぐにゃりと曲がって見えた。──まただ。

 ヴィクトリアの懐に飛び込む。ヴィクトリアの正面から体の向きを少しずらし、そのまま膝を腹辺りの高さにめがけて叩き込む。

 一見、何もないかのように見えた空間。けれど、確かな感触があった。


「うぐっ」


 ヴィクトリアのうめき声が聞こえる。また、ヴィクトリアの輪郭がゆらいだかと思うと、ずさっと大きく後退したヴィクトリアが私を睨んでいた。


「幻視魔術で攻撃を回避して、距離を取って短槍で攻撃か。分かりやすいね」


 ぐっとヴィクトリアの額にしわが寄った。

 幻視魔術で、いないところにいるかのように見せかける。

 とても自然だったから、少し惑わされてしまった。幻視で戦う人が身近にあまりいなくて慣れていないのもあるけれど、それにしたってかなり高い技量を持っているようだ。

 けれど、自然に見せかける必要がある以上、あまりに違う位置に見せかけたり、違う動きをみせることはできない。彼女自身が大きく動いている以上、それをすると違和感が強くて、すぐ見破られてしまう。

 それに、幸い私は気配や魔力を読むのに長けている。要は、目に頼らなければいくらでも相手できるのだ。


「分かりやすいのはどっちよ。あなたこそ、力ずくで全部なんとかしようって魂胆が丸見えなのよ」

「そんなこと言って攻撃食らっちゃってたら、ざまあないんじゃない?」


 ヴィクトリアの苛立ちを感じながら、ちらと周りに目をやる。

 ヴィクトリアはまだ、私よりもエンジェラに近い。とりあえずエンジェラをヴィクトリアと、あの歪な魔道具から引き離したい。そのための理想の動線をイメージする。

 もう少し、ヴィクトリアの注意を引かなければ。


「そういや、あんたの狙いが、私だったって、ヒューロンが言ってたんだけど」


 ふと思い出したことを口に出せば、ヴィクトリアはぴくりと眉を動かした。

 

「あいつがそう言ったの? ムスタウアの情報は抜いたはずなのに、そこまで嗅ぎつけるなんて、なかなかやるわね」


 くるりと、ヴィクトリアが短槍を手の中で回した。ひゅんっと音を立てて、穂先が空を切る。そして、ピッと私に向けて止まった。それは、まさしく宣戦布告のようだった。

 ……ヒューロンの言っていたことは、本当だったのか。確かに、さっきからやけにライラックと呼んでくる。まるでその名に固執しているみたいに。

 それは、ただの興味や好奇心ではなさそうで。──私を、敵視しているのか。いや、恨んでいるとか?


「なんで私を? なんかしたっけ? 本当に分かんないんだけど」


 鼻で笑ってみる。お前みたいな小物、聞いたこともないと。

 考えるより先に体が動くのが染み付いてるから、心理戦は本当は苦手なんだけど、煽るくらいならできる。

 ヴィクトリアの地雷はなんだろうか。私に負けること? 私に見下されること?

 ヴィクトリアは鼻にしわを寄せて笑った。


「そうね。ライラックはきっと、あるゆる所で恨みを買ってるでしょうから、ねっ!」


 ヴィクトリアが短槍を構えたまま、地面を蹴る。低い所から迫ってくるその気配に、目を閉じた。視界を閉じて、気配を探る。半歩横にずれて、斜め下からダガーを二本クロスさせて斜め上に突き上げた。


「こんな学院に吸魂具を仕掛けるなんてので、本当に私をおびき出せると思ったわけ!?」


 手に伝わる、硬い感触。こちらを突こうとしていた穂先の軌道が斜めにずれる。

 手の中の実体化ダガーを瞬時に消して、ヴィクトリアの短槍を両手で掴む。目を開けると、ヴィクトリアが顔を引きつらせたのが見えた。


「期待値のひっくい賭けではあったけどね!」


 振り払おうとしたのか、短槍が上に振り上げられる。地面を思い切り蹴って、掴んだ短槍の勢いを利用して、空中に飛び上がった。

 そのまま短槍を軸にして体をひねる。

 焦ったのか、握っていたヴィクトリアの実体化の短槍がふと消え失せる。けれど、もう勢いはついている。空中回し蹴りの要領で、ヴィクトリアの頭部めがけて右足を振りぬく。


「何回か仕掛ければ、確実に騎士団か国治隊員が来る! 女子の海寮を狙ったの、騎士団員より国治隊員、男より女が来るように! あとは、運だったわ!」


 ひやりしたものを感じて、とっさに振りぬいた足の脛周りに実体化の鎧を纏わせる。がつんと硬い衝撃。守ってなければ、折れていた。ぎゅっとそのまま足首を掴まれる。


「でも、ほら! 見事に賭けに勝ったでしょ?」


 足を掴まれたのを逆に利用して、ぐっと足に体を寄せる。両足でヴィクトリアの胴を挟み込んだ。


「の割には? 私を遠ざけようとして? 何、ツンデレなの?」


 がっちり固定した私の足を外そうと、ヴィクトリアが力を込めるが、魔力で増強してるから全く響かない。

 正面から顔を覗き込んで厭味ったらしく笑いかければ、ヴィクトリアはひくりとこめかみをひくつかせた。


「ふざけるのも大概にしてちょうだい。こんなに早く覚醒するとは思ってなかったのよ」

「覚醒を誘発するような事件まで起こしておいてそんなこと言う?」

「あれはうちの中でも言うこと聞かないやつが……!」


 ヴィクトリアは歯を食いしばって、私を睨みつけた。


「とにかく、あなたは別にいつでもよかったのよ。でも、覚醒したお姫様は今じゃないと手が出なくなってしまうもの。あなたまで欲張って、結界を作ってる途中で壊されちゃったら、計画は台無しだし。 それよりは、あなたを遠ざけてひとまずエンジェラ・クラインだけでも手に入れる方が大事だったの。まあラッキーなことに、あなたが空から降ってきてくれて? 結界も完成したからもう逃げようがないし? 考えうる、最高の状況になのよ!」

「ふうん。けど、ここにこんなに大きな結界を張って、誰も気づかないと本気で思ってる? 結界を解除した瞬間、あんたは捕らえられる」

「さあ、どうかしら?」


 ヴィクトリアがにやりとした。足を外そうとしていた手が外れる。そして、喉に向かってくるのが見える。

 ──違う、本当の狙いは、目。

 けど、関係ない。避けるように思い切りのけぞる。地面に腕を伸ばしながら。手がつく。全身に魔力を流しながら、ヴィクトリアの胴を挟みこんだままバク転のように思い切り下半身を後ろに振りぬいた。

 途中で足を開放すると、面白い位にきれいに飛ばされるヴィクトリア。ドサッと鈍い音を立てて、結界の壁に体が当たって地面に崩れ落ちた。


「んぐっ」


 漏れたうめき声。すぐには起き上がってこない。

 急いでエンジェラに駆け寄り、魔力で浮かび上がらせる。ヴィクトリアと例の魔道具から一番距離を取れる所に運んで、ゆっくり地面に横たわらせた。

 とりあえず、エンジェラ一人分が入るほどの結界を張る。そばにしゃがみ込んで、名前を呼びながら体を揺さぶってみる。──反応は無い。呼吸は正常だ。おそらく、深い眠りについている。


「そんな結界、ここでは何の意味もないわ」


 後ろから声をかけられ、振り向く。ヴィクトリアが、ゆらりと立ち上がっていた。その明るかった蜜柑色の瞳は、苛立ちと嘲笑のような,暗く苛烈な光を宿している。けれど、口だけは笑っていた。


「もう、この学院内には仲間はいないんでしょ? こっちだってそれくらいの情報、掴んでる。あんたがここを出た瞬間、周りは国治隊と騎士団で包囲されてる」


 これははったりだ。けれど、なんとなく予感があった。この学院に、彼女の味方はもういないのだろうと。ヴィクトリアは眉を吊り上げた。


「それがなによ! あたしには朱眼の姫の力があるもの! もうムスタウアはだれにも止められないわ」

「じゃあやっぱり、学院に潜入してるのはあんたで最後なんだ」

「っ!」


 あたり。潜入している人数が、シグムンドとヴィヴェカの二人だった原作と同じなのは偶然か、それとも必然か。

 じわじわと、不安が顔を出す。この世界に、強制力というものがあるのならば。原作の二人の道を辿るのは。

 ──ふう、と小さく息を吐いた。

 そんなのは関係ない。私の仕事はエンジェラをこのまま無事に守り抜くこと。


「朱眼の姫の力はあんたのものにはなんないよ」


 腕時計型の魔道具を手首から外し、エンジェラの腕に付ける。そして魔力を込めながら、側面のボタンを押した。

 国治隊が開発した、吸魂具から魂を守ってくれる魔道具。効果は三十分間。これでエンジェラは守れるだろうか。分からないけど、ないよりましだと信じたい。

 立ち上がり、エンジェラだけを覆う結界から出て、ヴィクトリアに向き直る。


「エンジェラはわたさないから」


 ヴィクトリアは、はっと鼻で笑った。


「いくら結界を張ったって関係ないわよ! あたしが新しく開発した、そこの吸魂具は特別仕様なのよ。特別に教えてあげる」


 思った通り。あの不気味な魔道具は、やはり吸魂具だった。


「起動させた瞬間にすぐに、吸魂範囲内の中で一番近い人間の魂を吸い込むわ。文字通りすぐよ、苦しむ間もなく一瞬で吸魂される。結界では絶対に防げないわよ、この結界ですら貫くんだもの」


 この結界、と私達をとりまく濃いオレンジの結界の壁を触りながら、ヴィクトリアが言う。


「たくさん実験したから確実よ。防げるのは、この吸魂防止球だけ。これだって、新しい吸魂具のために強化開発したから効果があるだけで、前のものだったらきっと歯も立たないわ」


 吸魂防止球と呼んでヴィクトリアが取り出したのは、ヒューロンやアイセルが持っていたあの透明な球にそっくりだった。

 ──ヴィクトリアの言葉が本当なら。国治隊が開発した魔道具は、ほぼ意味がないと思っておいた方がいいだろう。ヴィクトリアの言う()()()()を元に作られてるわけだし。


「へぇ。で、その吸魂範囲内ってのは?」

「ちょうど、この結界の範囲全部よ。それに合わせて結界を作ったもの」


 にっこりと、ヴィクトリアが笑った。それは、今までによく見た彼女の笑顔で。私を絶望させようとする笑顔だ。


「ふうん。でも結局、吸魂できるのは一度に一人だけなんでしょ?」

「だからなに? 一人吸魂したら、一分後には次に近い人を吸魂するわ。そして、私が止めるまでは、範囲内に人がいる限り、吸魂し続ける。この結界がある限り、絶対に逃げられないんだから、あってないような制約よ。ぎりぎりまでかかったけど、ようやく作り上げられた最高傑作なんだから」


 うん、なるほど。確かに、かなり厄介そう。

 でも。


「ふうん。立ち上げたら、ね? 相当かかるんじゃない?」


 それほどまで立派なものなら、さっさと吸魂してしまえばいいのに、そうしないわけ。起動に時間がかかって、ヴィクトリアはおそらく今それを待っているのだろう。

 それはきっと、強力な吸魂具の、唯一の弱点なんじゃないか。

 ヴィクトリアは、眉をぎゅっと寄せて笑う。


「勝負する? これが立ち上がってあなたたちを吸魂するまでの時間と、あなたの言うお仲間が来て結界が壊されるまでの時間、どっちが早いか」

「つまんない勝負言うね。それより、起動時間までに私がそれ壊す、とかの方がいいんじゃない?」

「やれるものならやってみなさいよ」


 勝気な蜜柑色と、目が合う。そして、二人同時に地面を蹴った。


あと2,3話で3章を終わらせる予定です。

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