9-3 再び名もなき兵士の記憶
戦争は終わった。
たくさんの命を犠牲にして、ノワール帝国はウィクトル公国を倒した。
怒涛の反撃は、次々と国土を増やしていき、今や大陸を統一している。
完全に漁夫の利を得た形になるが、この勝利は通常ではありえなかった。
皇帝陛下のとてつもない力おかげだった。
「ふん、状況はどうなっている?」
「ウィクトル公国の国民は混乱しているようです」
「自らが敗れるとは思っていなかったのだろう。どれだけの被害が出る?」
「こちらに関するものは。緊急な問題であればすぐに上がってくるでしょう」
「だろうな」
既に飽きた、といわんばかりの体勢で話を聞いている皇帝陛下は、どこかやる気がなさそうだ。
「兵士を各地に派遣して、それで体制の再建を図るか」
「それがいいでしょう」
「お前はどうするのだ?」
皇帝陛下は、獣人に尋ねる。
「少ししたら山に入ります。私たちはもう不要でしょうから」
「それがお前たちのためになるのか?」
「獣人は、人間を見下してしまいます。それならば、別のところに住んでいた方がいいでしょうから。それに、私自身が表舞台に立つのは得意ではありませんから」
「ふん、言っていろ」
笑いながら、話す皇帝陛下。
その顔は、村を焼き払った時の顔とは全く違っていた。
「まぁ、これで戦争も終わりだ。私の帝国が始まるのだな」
「ええ」
何かをやり遂げたように、ふぅっと息を吐く。
そして次の瞬間、勢いよく扉が開け放たれた。
「皇帝陛下!!」
「どうした!?」
「反乱です!!」
「何だと!?」
伝令は、しっかりと「反乱」だと伝えた。
聞き間違えではない。
「陛下!」
「ええい、私が相手をする!」
「しかし……!」
「この国を救ったのは、私だということを教えてやる!!」
壁に掛けられた二振りの剣を、持ち上げる。
カエルレウス川で、白く輝いていた剣を腰に。
アクィルスで、禍々しい気配を発していた剣を手に。
「お前たちはどこかにいろ!」
「しかし、陛下! 獣人である私が戦えば、すこしは……」
「それでは、獣人に対しての禍根が残るだけだ!」
「あのぅ……僕は?」
「邪魔だ!」
「はい!」
カエルレウス川では助けてくれたけど、ここではそんな余裕はないということか。
僕は参謀であるヒデヨシ様をつれて、謁見の間の隠し通路に隠れた。
バタバタと駆けあがってくる足音。
もしかすると、一個小隊というレベルではないかもしれない。
「ふん、貴様たちが反逆者か?」
「だとすれば、どうするのです?」
「皇帝の名のもとに、殺すだけだ」
「貴方の虐殺を許容できるほど、私たちは尊大ではないですから」
「ふん、言っていろ。貴様たちはここで死ぬことになるのだからな」
「かかれ!」
「はぁっ!!」
禍々しい気配を放つ剣は、一人、また一人と斬るたびに、その気配を増していく。
まるで、剣が血を求めているみたいに。
「ふははははは! 大層なことを言う割には、貧弱ではないか!!」
「確かに、私たちは弱い。しかし、いくら人間離れしているとしても、所詮は人間。あなたも疲れというものがあるでしょう」
「なっ!?」
後方支援で飛んでくる弓矢。
それを、すべて斬りおとしていく。
「覚悟っ!」
「くっ!」
後ろから、剣を構えた兵士の首をつかみ、矢の盾にする。
その肉壁を、蹴り飛ばした勢いを利用して、矢の射程圏外へと逃げていた。
「さすがにやりますね」
「我が覇道の前に立ちはだかるものは、すべて……殺す!!」
「そういうところが、共感を呼ばなかったのですよ!」
何人もの兵士が、皇帝陛下に攻撃をする。
しかし、もともと強い皇帝陛下は、その大軍を斬り払ってしまう。
だが、さすがに疲れの色が見え始めてきていた。
気がつけば、皇帝陛下は肩で息をして言る。
さきほどよりも、回避行動が遅い。
いくらなんでも、ここまで疲弊が早いのはおかしい。
いつもは、もっと動いていたはずだ。
「最前線を戦い続け、事務処理に追われているあなたの体調は、万全ではないでしょう」
「だからこその今日か!」
「アクィルスでの虐殺は許すべきではない。この命をすべて消しても、あなたを排除します」
「言っていろ、反逆者共め!!」
皇帝陛下が、攻勢にうつる。
襲ってくる兵士を斬りながら、指揮官に向かって走る。
兵士はそれを防ごうと果敢に挑むが、一瞬で斬り捨てられる。
何人も、何人も。
「死ねっ!!」
「死ぬのは貴方だ!」
振り上げられた剣。
それが振り降ろされることはなかった。
なぜならば、皇帝陛下は剣で貫かれていたからだ。
「かぁ……!」
それを皮切りに、兵士が一斉に突き刺していく。
「ぐぅ……ぉお……!」
「剣聖皇帝・シュバルツ……ここで終わりです」
「ヴァイスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
何本も剣が突き刺さっているというのに、皇帝陛下は動き続ける。
手にした剣を構えながら。
だが、その剣はヴァイスの元には届かなかった。
「ぉ……」
力なく皇帝陛下。
地面に広がった赤い液体が、その死を表していた。
「これで、火種はなくなる……。ようやくの平和だ」
「新皇帝陛下」
「いや、帝国は今日までだ」
ヴァイスは、王座に座る。
それこそ、私が王だと言わんばかりに。
「ここはノワール王国です」
「……!」
兵士たちは顔を見合わせ、そして「国王陛下万歳!!」と叫んだ。
僕はそれが見てられなかった。
たしかに、虐殺は許せることじゃない。
だけど、僕を助けてくれた皇帝陛下は、確かに彼なんだ。
「ヒデヨシ様、ここにいてください」
「何をするつもりで……!」
ヒデヨシ様の言葉を最後まで聞かず、僕は飛び出した。
「貴様、そこで何をしている!」
「ああ、よかった! 僕はこの男に監禁されていたのです!!」
「何?」
「ようやく自由だ……! 僕を救ってくれてありがとうございます!!」
まるで、感激して泣いているかのようにふるまう。
それでしか、近づく方法はなかった。
「そうか。くわし」
その言葉が最後まで続かなかったのには、理由がある。
目の前で、男の首がゆっくりと地面へと落ちた。
そう、斬り落とされたのだ。
『我を殺すとは、いい度胸だ』
僕と同じ鎧を着た兵士が、仲間を斬り殺した。
手には、あの禍々しい魔剣が握られている。
『次の獲物はお前か?』
「くっ!?」
僕は、皇帝陛下の元へと向かう。
すこしでも、盾になればと考えたからだ。
『ほほう、向かってくるか!』
剣は僕をめがけて振り下ろされる。
それをなんとか、自分の剣で防いだ。
しかし、衝撃は殺すことができず、地面を転がった。
「ぐぅ……!」
目を開けると、そこには皇帝陛下の死体があった。
『終わりだ』
まだ……まだ死ぬわけには行かない……!
僕は、わずかな望みをかけて、皇帝陛下の腰にある剣に手を伸ばした。




