8-3 里の長
獣人の里は、木々で囲まれていて、今まで通ってきた道とは雰囲気が全く違った。
建物も木造で、人の姿がなければ人間が住んでいると思えるほどだ。
里にいる獣人達は怪訝な顔でこちらを見ている。
さすがに人間が歩いていれば、珍しくもあるか。
そうして案内されたのは、里の一番奥にある古びた木造建築だった。
「ここにヒデヨシ様はおられる」
「お前は着いてこないのか?」
「客人と使者以外は敷地内に入ってはならんのだ」
「そうか。用心深いやつだ」
獣人の横を通り、ヒデヨシの屋敷へと入っていく。
玄関から、一人の獣人が出てきた。
「何か用ですか?」
「シュバルツが来たと伝えろ」
「話は聞いています。どうぞ、こちらへ」
上からモノをいう先ほどの獣人たちと違って、この獣人は丁寧だ。
さすがに、教育はしているということか。
その獣人の案内に従って、屋敷の中を歩いていく。
玄関で靴を脱がなければいけないのが、面倒だが仕方がない。
そのまま歩いていくと、紙と木でできた引き戸に囲まれた部屋に案内された。
「ここです」
「すまない」
引き戸に手をかけ、扉を開けると年老いた獣人がいた。
「久しいな」
「もう一度あなたに会えるとは思ってもいませんでしたよ、シュバルツ殿」
「ふん、御託はいい。俺は剣に戻る。詳しい話はそいつから聞いてくれ」
「わかりました」
(変われ)
『詳しい話は後から聞くからね!』
(ふん)
――― ―――
「えっと……」
「貴方が今の主……ということですかな?」
「はい、アストラルっていいます。えっとこっちが、王国騎士団のセレナと、魔法研究者のアリシアです」
「お初にお目にかかる」
「初めましてですぅ」
二人が頭を下げる。
その姿を見たヒデヨシさんも、同じように頭を下げた。
「獣人の里の長をしております、ヒデヨシです。どうぞ、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
僕も頭を下げた。
なんか、礼儀正しいというか……今までの獣人とは雰囲気が違う。
「それで用件とは?」
「えっと、少し長くなりますが……」
僕はこれまでのいきさつを話した。
僕の学園に魔剣が封印されていた事。
それをカインが解いてしまったこと。
そして、カインを救う方法を探しているということ。
「ふむ。つまり、そのカインという青年を救う方法を尋ねに来たと」
「はい」
「シュバルツ……いえ、レーヴァティン殿から方法は聞かなかったのですか?」
「カインを殺すこと、魔剣を壊すこと……その二つは聞きました」
「それ以外の方法ということですね」
「あるんですか!?」
「落ち着いてください。まだ、何も言ってませんよ」
「す、すみません……」
ヒデヨシさんにたしなめられ、半ば立ち上がった姿勢を元に戻す。
「方法がないわけではありません」
「本当ですか!?」
「要は、魔剣がカイン君に干渉できなければいいのですから、カイン君自体に何かしらの守護魔法をかける。もしくは、魔剣に封印の鎖を巻く。その二つでカイン君を魔剣の支配から解放できると思います」
「思いますってことは……」
「確証はありません。前回の魔剣同士の戦闘は”憑依者が両方とも死亡する”ことによって終結しましたから」
「つまりレーヴァティンを持った方も……」
「同様に死亡しました。今回も同じような結果になる可能性は否定できません」
「……!」
死亡。
つまり死ぬ可能性があるということだ。
カインを助けることができたならまだいいけど、カインも助けられず僕だけが死んだら……。
「だが、守護魔法も封印の鎖も近づかなければできないだろう?」
「そうなりますね。戦闘の際に、隙を見てということになります」
「あまり現実的ではないような気がするが……」
「そもそも、人を殺さないという状況になってしまっている以上、無理を通さなければ実現できないでしょう」
「ふむ……。ほかに方法は?」
「ありません」
「……」
一抹の望みをかけてここまで来た。
それが、こんな結果になるなんて……。
「アストラルくん」
「……はい」
「幾ら実現が困難でも、諦めてはいけません。不可能といわれたことを可能にするのは、いつだって自分自身なんです。覚悟があれば、実現できるはずです」
「僕は……!」
カインを助ける覚悟があるのか。
ゆっくりと思い出す。
僕がここに来た理由。
ここまで来れた理由を。
何のために、僕はここにいるんだ。
僕が行かなくちゃ、誰が行くんだ!
「……カインを助けます!」
「その言葉、信じましたよ」
「はい!」
「だが、守護魔法や封印の鎖はどうするんだ?」
「守護魔法ならここにあるよ」
僕は自分の首にぶら下がっている物を見せる。
「そうか、そのペンダントには強力な魔法が込められているんだったな」
「このペンダントをカインにつけることができたら……可能性は低いけど、やれると思う」
「今日はもう遅いですから、ここで休まれてはいかがですか?」
「でも、里の外に……」
「そのお仲間のことでしたら、心配いりませんよ。里の者に食事を出させます」
「……少しだけ話をさせてください」
「ええ、どうぞ」
僕は里の外にいるレオンの元へと向かう。
幾らなんでも、許可なくっていうのはさすがにダメだと思う。
里の外に出ると、レオンが寝転がっていた。
「レオン……」
「話は終わったかァ?」
「うん、ここで休んでいったらどうかって」
「俺は入れねえんだろ?」
「……ごめん」
「気にすんなァ。外での生活は慣れてる」
「ご飯は持ってきてくれるって言ってた」
「どうせ投げられるぜ」
「そうはさせないよ」
「ハン、どうかな」
「アリシアも休ませたいし、申し訳ないけど……」
「あァ、しっかり休んで来い」
レオンは寝転がりながら、手を振る。
申し訳ない気分で一杯になったが、ここでやっぱり降りようとは言えない。
アリシアはもう限界だ。
しっかり休める場所で休ませた方がいい。
ごめんと一言だけ謝ると、僕は里の中へと戻る。
門が閉まる音が、僕の胸をたたいた。
――― ―――
その日の夜。
すっかり日が落ち、辺りは暗闇に包まれた。
その中で、里の外にいるレオンは、星を眺めていた。
(さすがに腹が減ったなァ)
そのあたりで何か捕まえるかとレオンは考えたが、このあたりに動物がいないことを思い出す。
はんとひと声だけ上げると、目をつむった。
(半獣人がうとまれるのはわかってたじゃねえか)
そう毒づいてみるが、現状は変わらない。
レオンは、地団太を踏むように地面を軽くたたいた。
すると、門がゆっくりと開く音がした。
(やっと飯かァ)
そう思い、起き上がる。
いい匂いがここまでくる。
(ん? 運んでくる奴が小いせえなァ)
少し近づいてきたときに、その顔がはっきりと見えた。
「あァ?」
「レオンさん、ご飯ですぅ」
「なんでてめえがァ?」
「本当はアストラルさんが持ってこようとしていたんですけど、私が持っていくといって持ってきちゃいましたぁ」
「ったく……」
レオンはアリシアから食事を受け取ると、ゆっくりと食べ始めた。
その横で、ごそごそとアリシアは何かをしている。
「ふぁいあ!」
「うぉっ!?」
目の前で起きる火。
アリシアはたき火を準備していたのだ。
「これで少しは大丈夫ですか?」
「あァ……」
人に親切にされることになれていないレオンは、どうしていいかわからずたじろぐ。
「今日は助けていただいて、ありがとうございますぅ」
「気にすんな」
「いえいえ、本当に助かりましたぁ」
ほんわかとした雰囲気のアリシアになれていないのか、レオンはもどかしさを感じていた。
「用が終わったならさっさと帰れ。休めんのは今だけだぞ」
「はいですぅ。おやすみなさいですぅ」
アリシアはレオンに微笑むと、トタトタという音を立てながら里へと戻っていった。
「ったく……」
一人で食事をしているレオンは、ぽつりとそうつぶやいた。
――― ―――
みんなが寝静まったころ、僕はヒデヨシさんに呼ばれていた。
「話したいことって一体なんですか?」
「昔話です。シュバルツ殿について知りたくはありませんか?」
「シュバルツ……ってレーヴァティンが名乗っていた」
「はい。私はその当時のことを見てきました」
「当時? それってどういう……」
「レーヴァティン殿が魔剣になる前……つまり、まだシュバルツという一人の人間として生きていたころの話です」
「レーヴァティンが……人間……!?」
「ええ。知りたくはありませんか?」
レーヴァティンの過去。
僕は……。
「知りたいです。前の魔剣同士の戦いも、僕は知らないことが多すぎる」
「わかりました。レーヴァティン殿は絶対に自分から話さないでしょうから、私が話します」
ヒデヨシさんの昔話が始まる。
蝋燭の灯りだけが、その室内を照らしていた。




