8-2 ジョーヌ山
ヴィオレにある、アリシアの研究所で一晩を明かすと、僕らはジョーヌ山へと向かった。
幸い、町から山は見えていたので、迷いはしなかったけど……。
「うわぁ……」
ふもとから頂上を見上げると、首が痛い。
っていうか、雲がかかってるように見えるんだけど……。
「この山を登るのか……」
「幸い、木々も生えていない。見渡しはいいだろう」
「見渡しはよくても……ね」
苦笑いしかできない。
「まァ、くよくよしててもしょうがねえだろ。さっさと登ろうぜ」
「暗くなって足元が見えなくなる方が怖い、か」
「そうだな。ただでさえ、危険な山だ。慎重に進もう。間違っても、変な方向に歩いていくなよ」
「は、はいですぅ!!」
そうして、僕らは山道を歩いていく。
砂や小石が音が、いつにもまして大きく聞こえていた。
――― ―――
「魔物がいるかと思ったのだが……」
「全然いないですぅ」
「臭いすらしねぇなァ」
『確かに、魔力も感じない。このあたりに魔物はいないだろうな』
「レーヴァティンも同じようなことを言ってるし、本当にいないんだろうね」
山道の途中、少し広い場所があったから、そこで休もうということになった。
もうだいぶ登ってきたが、魔物に会うこともなく、ここまで登ってこれた。
まぁそれ自体はうれしいことなんだけれど、ここまでいないとなると少し不気味だ。
どこに行くにも、魔物との戦闘はあった。
それが全くないというのは、初めてだった。
「草木が全くないことが関係しているのでしょうか?」
「可能性としては否定できないな」
「まぁ、鳥すらも寄り付かねえんじゃあなァ」
なんか違和感。
確かに、もろい地盤で、草木がないから動物がいないっていう理由はわからなくはない。
だけど、こういう場所にでも、適応した動物は居るはず。
それもいないというのは、すこしおかしいような……。
(ん?)
逆に考えてみよう。
自然にこういう状況が存在するか。
普通に考えれば、何か動物がいるはずだ。
それすらもいないということは?
「人為的な手がくわえられている……?」
「どうした?」
「獣人がいるかもしれない」
「どういうことだ?」
「この山の状況。明らかに不自然だから」
「不自然だと? どうしてそう思うんだ?」
「魔物や動物が全くいないから。普通、こういうところって適応した動物がいてもおかしくはないんじゃない?」
「……なるほど。そういうことか」
セレナはわかってくれたらしい。
他のみんなも察してくれたようだ。
「探してみよう。人の手が加えられている場所が、ほかにもあるはずだよ」
きっと、それが獣人の里の手掛かりになるはずだ。
休憩を終えると、僕らは登山を再開した。
――― ―――
「はぁ……はぁ……」
空気もだいぶ薄くなってきた。
さすがに、この山道だ。
息切れもする。
「みんな、大丈夫?」
「ああ……しかし、これは応えるな」
「おいおい、貧弱だなァ」
「も、もともとの……身体能力が違うよ」
「はぁ……はぁ……も、もう無理ですぅ……」
アリシアの声は、本当に無理そうだった。
振り返ってみてみると、本当にフラフラで、今にも倒れてもおかしくはないだろう。
「はふぅ……」
ふらついたその時だった。
「……! アリシア!!」
道の端が崩れ落ち、アリシアがバランスを崩す。
しかも、アリシアは崖の方へと倒れていく。
「っ!!」
必死に手を伸ばすが、届かない!
「オラッ! つかまれ!!」
レオンが、アリシアの方へと跳んでいく。
アリシアがぎゅっと、その手をつかむと、レオンは岩場を跳び上ってくる。
そして、無事に僕らの元へと戻ってきた。
「アリシア! レオン!」
「無事だァ。まったく、手間かけさせるんじゃねえよ」
「ご、ごめんなさい……」
「二人とも無事でよかった。アリシア、私の背中に」
「うぅ……」
ものすごく涙目のアリシア。
それも当然。
レオンが助けてくれなければ、死んでいたかもしれないんだ。
しばらくはまともに歩けないだろう。
セレナの負担が増えてしまうが、それが一番かもしれない。
「よし、進もう」
「休める場所があったら、休もうか」
「そうしてくれると助かる」
先頭に僕、一番後ろをレオンにして歩いていく。
これなら、何かあっても大丈夫だろう。
先はまだ見えない。
獣人の里はどこにあるのだろうか。
そんなことを考えていると、ふたたび広い場所に出た。
「ここで少し休もうか」
「ああ、そうしよう」
セレナがアリシアを地面に座らせる。
まだ目が潤んでいるが、だいぶ落ち着いたようだ。
「大丈夫?」
「うぅ……怖かったですぅ……!」
「本当に、無事でよかったよ」
膝を抱えて座るアリシア。
少し休ませた方がいいだろう。
そう思い、僕は道を少しだけ進む。
そこには既にレオンがいた。
「何か見えた?」
「いや、何も。だが、少し臭ってんだよなァ」
「臭ってる?」
「あァ。これは……獣の臭いだ」
「獣……!」
「案外もうすぐかもしれねえなァ」
「そうだといいんだけど……」
「……! 戻れ!!」
「え……?」
「何かが近づいてくる!!」
「っ!」
急いで、二人の場所に戻る。
その直後。
崖を飛び降りてきた何かに囲まれた。
「ひっ……!」
「こいつらは……!?」
人の姿をした獣。
もしかして……!
「ここに何用だ?」
「……!」
目の前の獣は人の言葉を話している。
これは、本当に……!
「ぼ、僕らは獣人の里を尋ねに来た」
「そんなものはない」
「だが、こうして獣人がいる。そんなものがないとは言わせないぞ」
「ないものはない。立ち去れ」
「あァ? ここまで戦闘態勢ばっちりで、お前らが俺たちを無事に返すとは思えないんだがァ?」
「去れ。これは最後の勧告だ」
「くっ……! 僕らは話を聞きに来ただけだ!」
「お前たちが目的とするものはない」
「くっ……!」
じりじりと間合いを詰めてくる獣人達。
ほ、本気だ……!
『俺に変われ』
(え……?)
『はやく!』
(わ、わかった)
――― ―――
「ふぅ……」
「覚悟を決めたか?」
「今でも、獣人の長はヒデヨシなのか?」
「……! お前、誰だ!?」
「そうなのだな? ならば、伝えろ。シュバルツが来た、とな」
今まで話していた獣人が、仲間の一人に伝える。
その仲間が崖を勢いよく登っていった。
それから間もなくして、血相を変えて降りてきた。
そして、一言二言その獣人に伝えると、その獣人も顔色を変えた。
「で、どうだったのだ?」
「……連れていく」
「ふん、さっさとしろ」
獣人たちは俺達を背負うと、崖を勢いよく登っていった。
『シュバルツって?』
(黙っていろ)
『教えてよ』
(うるさい、黙っていろ)
さすがに、こいつの意識がある中で言ったのは間違いだったか。
すこし後悔をするが、どうせ後でばれることだ。
俺の口から言う話でもあるまい。
さっさとこいつが黙ってくれればいいが……。
もうしばらくはうるさいままだろう。
そう考えると、少しばかり気が滅入る。
うるさい主に黙れと言っている間に、獣人たちが崖を登りきり、広い場所に出た。
少し向こうに門が見える。
あそこが、入り口なのだろう。
獣人の背中から降りると、獣人たちはその入り口に向かって歩いていく。
俺達もそのあとに続いた。
木でできた簡単な門が開くと、その先には里があった。
民家が立ち並び、畑もある。
道中では見なかった動物もここにいた。
俺、女騎士、魔女の順番に入っていくが、レオンの時だけ獣人たちが止めた。
「あァ?」
「お前、半獣人だな?」
「それがなんだっていうんだァ?」
「お前はこの先には入れない」
「あァ?」
「人間などの間にできた子なんぞ、神聖な里に入れるわけがないだろう」
やっぱりか。
獣人たちは、獣人であることに誇りを持っている。
純血であれば、さほど問題はないのだが……。
『なんで、半獣人が駄目なの!?』
(レオンは獣人と人間の子供だ。純血を誇りと思う獣人にとって、レオンは穢れた存在なのだ。)
『そんな! 同じ人じゃないか!!』
(それでも、彼らにとって獣人の純血であることしか意味がないのだ)
『そんなのって……!』
アストラルの言い分もわかるが、獣人たちに根付いたこの考えは変えられない。
「こいつは俺の仲間だ。一緒に連れていく」
「駄目だ。本来、人間ですら入れないのだ。これだけは譲れない」
「血統主義者め……!」
無駄だとはわかっていたが、こうして目にすると腹が立つ。
「いいぜ。俺がここに残れば済む話だァ」
「ふん、門を閉める。入ろうなどと思うなよ」
「誰が入るかよ」
獣人をにらみつけるレオン。
こういうところは、時が流れても変わらないのだな。
バタンという音が、静かな里に響いた。




