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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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機械の国のアリス1


 祭中の警備。響きだけ聞くと大役のようにも思えるが、実際のところやることは無いに等しかった。モニカに至っては、警備中にこっそり露店の綿あめやらりんご飴やらを買い食いしていたほどだ。流石に金魚すくいをしようとした時は止めたけれど、いつのまにか亀をすくってきていたソフィアには最早かける言葉すら見つからなかった。

 あっという間に夕方は過ぎ去り、辺りは灯りで満たされながら夜を迎えた。

 今日も明日も天気が良いだろう、というその空は、雲一つない晴天で、月や星がよく見えた。


「おお、なんて空は雄大なんだ」


 いきなり叫びだすアホが一名。しかもテレパシーを使って俺らに星の解説をし始めた。聞きたい時に聞く分には良いのだろうけれど、今は迷惑この上ない。語り部がソフィアだということも相俟って、俺は思わずそのブレスレットを外してしまった。けれど、それは皆も同じだったらしく、モニカは迷惑そうに、ティナは申し訳なさそうにして外していた。


「おいおい、それでは解説が届かないではないか」


「それで良いの。全く、これを簡単に悪用しないでよね」


 テレパシーの魔法は魔法力を消費するだけあって、聞けなくすることができないから質が悪い。

 しかも、本来なら一人に対してのみ有効な魔法なのだが、このブレスレットは対象を拡張してしまっている。

 警備の仕事前、ソフィアから皆に配られたこれは、奴お手製の魔法具で、裏側にテレパシーの魔法陣が、表側には対象指定の魔法拡張が施されているものである。効果は、このブレスレットを身につけている人間とのテレパシーでの対話を可能にする、というもの。いざという時に使うが良い、ともらったのだが、どう考えてもこれをしたかったからだとしか思えない。


「悪用なんてとんでもない。僕がこれを渡した本当の目的は、この星についての語りを夜の祭を楽しむ際に皆のバックグラウンドミュージックになったら良……」


 微妙に要領を得ない説明は、その途中でモニカの一睨みによって中断させられていた。しかも、ごめんなさい、とか震えながら言っている始末。相当な威力があったのだろう。ティナだったらちびっていたかもしれないぐらいに。

 しかし、こんな魔法具を、どうでも良いような理由のためだけに作ってしまうとは、奴は底がしれない。と、なんとなく感心してしまう。

 人形に語り続ける今の奴の姿を見てしまうと、どうも単なるアホという言葉で括りたくなってしまうのだが、実はティナ並に天才なんじゃないか、と思わずにはいられなかった。


「そう言えば、余った一つはどうするんですかね?」


「あ、そういえば、なんか一個余分に作った、とか言ってたわね。うーん、予備とかかなぁ」


「予備では無い!」


 いきなり立ち上がり、人形を持ったまま再び両手を大きく広げた。結構びっくりした、というのが本音。ティナもかなり驚いたようで、モニカにしがみ付いている。


「いきなり大声上げるな」


 久しぶりとも言えるチョップをソフィアにかます。たまには俺が突っ込むのも良いだろう。と言うかモニカは今、ティナにしがみ付かれていて動けない。


「むぅ、そんなに僕の頭を叩くでない。馬鹿になったらどうしてくれる」


「大丈夫だ。お前は既に」


「で、その一つなんだが」


「ぅおい!」


「ん、どうした?」


 真顔で聞き返してくるソフィアに、俺は再び平手を穿った。右手は綺麗な弧を描き、奴の脳天にヒットする。俺のボケを無視した報いを受けよ。


「ははは、そう熱くなるなよ」


 な、と言われて肩をぽんぽんと叩かれた。俺は今、こいつに馬鹿にされている。その事実だけが頭の中を駆け巡り、俺は愕然とした。いや、色んな意味で毎日か、こんなの。

 思わず深いため息をついてしまった。


「うむ、よし」


 何がよしなのかすらわからない。こいつとまともに会話するにはまだまだ修行が必要なようだった。


「で、話を戻すが、この一つはな、僕達の新たな仲間のために作ったんだ」


「新たな?」


 モニカが食らいつく。この会話のオチはどうも、あの人形に行き着きそうでならないのだが、拗ねられても面倒なので、というか先程からかわれたばかりなので、巻き込まれないように見守ることにした。

 なるべくソフィアを見ないように、視線を奴の頭のちょっと上に向けておく。


「そう、いずれ天から舞い降りてくるだろう」


 だからこそ、気付けたのかもしれない。その視界に入ってくる大きな違和感に。


「この漆黒の海から、少女……」


 俺はそれを確認したと同時に走っていた。これは果たして現実なのだろうか。そんな疑問に駆られながら。

 どうして、そう思ったのはわからないのだけれど。目の前にいたソフィアの脇をすり抜けて、俺は必死に両手を前に突き出していた。


「が……?」


 ズシリ、と出した手に衝撃が走る。けれど、俺はそれをしっかりと抱きとめて、そのままスライディングよろしく地面を滑った。尻が擦れて熱いような痛いような感覚に襲われたが、今はその手の中にある存在が気になって仕方がなかった。


「おい、ソフィア」


 その存在は、とても温かく、とても柔らかく、そして良い匂い、……じゃなくて、生きているということが、はっきりと体に伝わってきた。


「お前は予言者かよ」


 ――空から女の子が降ってきたのだ。



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