英雄際
美しい音色の鐘が鳴らされて、その日ラミア・パトレの祝祭は始まった。一斉に各所で華やかな声が上がり、街中至る所に人が溢れ返る。二日間この大騒ぎが続く英雄祭の初日、早くも盛り上がりはピークに達しようとしていた。
「うはー、やっぱり英雄祭は良いよね」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして、モニカが先行する。俺達の警備は夕方からなため、この時間はまだまだ自由時間なのである。一応、有事に備えて杖と役員の腕章をつけているが、警備中の腕章はつけていない。普通にこの祭の参加者として思う存分楽しめるわけである。
中央都市全てを使って行われる大祭。中心部のスタジアムでは今頃、開催セレモニーが行われているところだろう。長老と呼ばれている国王は定型文を読み続けている最中なんじゃないだろうか。確かラジオやテレビでもその放送は中継されているはずだが、俺はあまり興味がない。
「よし、祝砲代わりに火球を放とうじゃないか」
「やめい!」
ハイテンションなモニカの突っ込みを受けて飛んで行くソフィア。最近この二人のどつき合いが日常風景化している気がしてならない。ティナも、もう慣れたのか何も言ってこなくなった。と言うか、この祭の雰囲気に呑まれてそれどころではない、といった感じだ。
「素直に感動です」
「あ、そっか。ティナは去年、この時期は風邪ひいてたんだっけ」
「はい。だから二年ぶりなんです」
そういえば、去年の祭は途中からソフィアも消えたっけ。モニカと二人で回ったのを覚えている。終始ハイテンションなあいつに、二日間ひたすら引きずられていた記憶しかないけれど。
「いつもの二倍、感動なわけだ」
「はい」
色とりどりに飾られた町並みは、ただ歩いているだけでも心が躍らされる。こう、カッと中身に火がついたように、無性に走りだしたくなるような感覚に捉われるのだ。
気持ちが逸り、なんともいえないもどかしさが全身を駆け巡る。まるで、違う国に紛れ込んでしまったかのような錯覚と、そこら中にばらまかれた楽しみの山がその感覚を増幅させていく。
「英雄ラミア・パトレに感謝を」
どこからか、長老の声が聞こえてきた。
「わっ」
そして今、長老の話が終わったのだろう。一斉にこの都市に住む人たちが、家の窓から顔を出し、様々な色の紙吹雪を空へと舞わせていた。
それらは雪のように日の光を反射して輝き、桜の花のように華麗に舞い、波のような音をたて、紅葉が広がるかのように、美しく空を彩り、落ちてくる。
「紙とは思えないよな」
全ての人が今、きっと空を、この紙吹雪を見ていることだろう。各所で、歓声とクラッカーの音が鳴り響き、グラスとグラスのぶつかる軽い音が至る所で鳴り響いていた。
開催の喜びと、英雄への感謝の気持ちが街を包み込む。
「ははは、祝砲の代わりに飛んできたよ」
「お気に召したのなら、もう一度舞ってくる?」
「遠慮しときます」
子供のように騒ぎながら二人がやってくる。いや、みんな子供のようにはしゃいでいる。そう、この祭は心の底から盛り上がらなければ損なのだ。
うるさいくらいがちょうど良い。
「よっし、じゃあまずはここから祭の端っこまで行くよ」
握りこぶしを高らかに掲げ、モニカが俺達の祭の開催宣言をした。
「今年こそは全域制覇だ!」
この祭は都市を丸々使っているだけあって、かなりの広さがある。少なくとも一日では全てを回ることなどできないだろう。二日間フルに使ってようやく、といったところかもしれない。
「うん、僕もこいつに祭の全てを見せたいからね」
勿論、そんなことは誰だって分かっている。要するに、意気込みみたいなものだ。とりわけ今年は、二年ぶりにこのメンバーで祭を楽しめる。全てを遊びつくすくらいの勢いがちょうど良いのだ。
「よし、んじゃ早速行きますか。まずはあそこの」
「ははは、僕が一番乗りしてやろう」
会話途中でいきなり走り出すソフィア。それにつられてモニカも飛び出した。
いや、モニカだけじゃない。近くにいたおっさんも、カップルも、子供達も、みんな我先にと俺が指さした方向へと走っている。
誰もが子供に戻ったかのように、一番乗りを目指している。
「おい、聞いたか」
「聞いたよ。あの店、サービスしてくれんだってな」
「先着10名様までだってよ、急げ!」
って、そういうことか。
先に行ったあの二人は、とっくにその情報を掴んでいたのだろう。一緒に走っていなかったことが悔やまれる。
「プラハさん」
「ん?」
「私達も急ぎましょう」
「そうだな」
今ならまだ間に合うだろう。足と体力には自信がある。ティナだって素早い方だ。それはもう、小動物並に。
「あの二人に追いつこう」
「はい!」
紙吹雪がまだ舞う中、俺達はその店を目指して駆けだした。
大きな賑わいに囲まれて、今年の英雄祭は始まったのだった。




