第6話 「好々爺」
何時間経ったのだろう、、、。
僕達、明梟中学一行は薄暗い闇夜の中、何時間も休む事無くただひたすらに歩き続けた。
僕が最初に獣人達と邂逅した場所、つまり僕が人間を溶かす謎のゼリー状の物体に因ってパニックになった際、無我夢中で森を走り抜け、辿り着いた小川で、喉の渇きを潤した場所から下流に沿って歩き始めてから数時間が経っていた。
やがて小さな川は幾つかの支流と合流し、既に川幅は15メートルぐらいまで広がっており、地面と水面の差は高さにして20メートル以上はあるちょっとした崖になっていた。
獣人達はと云うと、森側から僕達を逃がさない様に馬に騎乗し、見張っていた。
――こんな所から早く逃げ出したい。
僕は――否、僕達は全員その場から逃走したかっただろう、僕達を拘束する物は何も無い、縄で縛られている訳でも無い、いっそ川へ飛び込み逃げ出したい。
だが誰一人として逃げなかったし、 逃げられなかった。
何故なら、目の前には馬が引く複数の荷車が僕達の前を先導しており、その荷台には女子生徒達が所狭しと乗せられ拘束されている。
言外に、誰か一人でも逃げれば殺す――そんな意志が僕達の反抗の意志や可能性を挫いていた。
それに、 度重なる混乱と急激な場の変化が、既に僕達の思考と気力を根こそぎ刈り取っていた。
僕は何度そう思ったのか分からない――何故こんな事になる?
――話は数時間前に遡る
僕達は誰一人、殺気を放つ一人の群れのボスと思わしき獣人から、動く事も声を発する事も出来なかった。
それは加納先生を斬りつけようとした獣人も同様で、寧ろ僕達よりも動揺し、振り上げた剣を振り降ろせないまま固まっていて、ついさっきまで凶悪な笑みを浮かべていた獣人と同一人物とは思えない程、その獣人の顔が一瞬にして恐怖の色に染まっていた。
そしてその一匹の獣が放つ殺気に、僕達は体も心も恐怖で固まってしまい、獣人達が幾つかのやり取りを経た後、気付けば成すがまま連行されていた。
身を挺して生徒を守ろうとした加納先生も五十嵐先生も、リーダー格の獣人の殺気に心を折られたのか、僕達と同様、ただ呆然と連行されるしかなかった。
◆◆◆◆
どれくらい歩いたのだろうか、足は既にいくつものマメが潰れ痛みを伴い、水分や食料を摂っていない為飢えと渇きが酷く、僕達の気力と体力を削っていく。
僕達は全員が全員とっくに限界だった。
いっそこのまま死んで楽になりたい ――漠然とそう考えた瞬間だった。
森の方から僅かに音が聞こえてくる。
バキバキッ、ペキッ、ガササッ、、、、森側の方向から何かがやって来る音が小さく聞こえてくる。
最初は余りにもの疲労に一々反応する気力も無く無視していた、、、、、だが、やがて音が近付くにつれ無視出来無くなってくる。
獣人の一人が森から聞こえてくる異変を視認しようと目を顰め頻りに耳をピクピクと動かしている。
、、、もう止めてくれ、これ以上の厄災は、、、、放っておいてくれ。
そして、近付いてくる者の正体に気付いたのだろう、警戒していた獣人が突如前方の獣人達に向かって何かを叫んだ。
「ΓθЖΠζ!!」
音が大きくなってきている、、、、すぐそこまで近付いてきている。
「バキバキッ!」
その瞬間僕の目前には、黒くて大きな、サイズにして小型自動車並みの猪が、僕めがけて突進してきた。
「吾川君っ!!」
、、、、誰かが叫ぶ。
この時僕は何もかもがスローで、目に映る全ての光景が他人事の様に客観視され、、、、恐怖心さえも麻痺したのか、抵抗する事無く全てを受け入れる様に弾き飛ばされる。
あぁ、世界が白くなっていく、、、、。
荒れ狂う猪は頭を振り回し、異常に発達した牙を持って僕を切り裂き川へと跳ね飛ばした。
宙を舞い、時間さえもゆっくりと流れ白んでいく世界の中で、誰かが僕の手を掴もうと差しだす。
だが、僕は只ゆっくりとその手を掴む事も無く、白んでいく世界を呆然と眺めながら落ちていき、奔流の水の世界と共に僕の意識は何処かへと旅立った。
僕は、突如現れた怪物の襲撃に因り、梟明中学一同と離れる事を余儀無くされた。
◆◆◆◆
薄暗い森の中を男は一人歩く、、、、。
その手には武器さえも持たず、ただゆっくりと、、、。
険しいとは言わないまでも闇夜の森は多分に危険を孕み、この森の危険性を知る者から見れば自殺行為であった。
だがまるで、ゆっくりと景色を楽しみつつ散歩をしているかの様な歩みで、男は鼻歌交じりに歩く。
他者から見たその異常性は、危険な闇夜の森を武器も持たずに歩いていると云う事だけでは無く、男の周囲を幾つも舞う光が男の異常性を際立たせていた。
やがて男は森を抜け、川に到達し歩みを止める。
「良い夜じゃ、こう云う夜に散歩するのもまた良い事じゃて。」
男は一人ごちる。
男は腰を降ろし、瞬く星空を眺めながら手に持った小さなリュートに似た楽器を奏で始めた。
男の手に持った楽器から奏でられる音色は夜の森に調和を齎し、より一層の静寂さを感じさせ、聞く者が居れば惜しみの無い賛辞と共にいつまでも聞いていた事だろう。
だが男は徐に演奏を止めて立ちあがる。
「ふむ?」
男は何か異変を察知し、訝しみ乍ら川へと近付き、何かを発見した。
森を歩く道中、男の周りを飛び交っていた幾つもの光が、いつの間にか男の周りに現れ、そして光は男が注視する方向へと飛び立ち、川面を照らす。
「、、、何が有ったんだか大体察しはつくが、仕様が無いのう。」
男はそう言うと光が照らす物体へと手をかざすと、その物体は光と共に宙に浮かび男の方へと引き寄せられていく。
やがて男の元へと辿り着いた物体を観察しながら呟く。
「まだ、こちらの世界に来たばかりと云った様じゃのう、、、、はてさて、年は人間族にして10歳ぐらいと云ったところか、、、若くして此方に来るとは幸か不幸か。」
男の目に写るは、胸に大きな傷を負った10代前半の少年、吾川流一だった。
「ふむ、この場で治してやっても良いが、幸い命に関わる傷でも無さそうじゃ、薬で治すのが良かろうて。」
男はそう言うと、流一を担ぎながら森へと消えていった。
◆◆◆◆
「う~ん、、、、此処は、、、、。」
、、、あれ?、、、、此処は一体何処なんだろう、、、。
「痛っ!、、、、誰が、、、、。」
ベッド、、、それに胸に包帯が巻かれてる、誰か治療してくれたのか、、、、、確か僕は川に、、、、。
昨夜の出来事を振り返る、巨大な猪に襲われた僕は確か川に落とされそのまま、、、、。
「ハァ、、、助かったんだな」
僕はもう一度ベッドの上で仰向けに寝転がり、自分の手を天井に翳して自身の無事を確認した。
、、、、それにしても此処は何処何だ?
ゆっくりと周囲を見回す。
洞窟なのだろうか?湾曲しているみたいで出口の方向からは陽の光が洞窟内を照らす。
天井や周りの壁は全て岩で僕が寝ているベッドや物や紙で溢れかえった机、その他諸々の生活用具が置いてある。
広さは幅にして5メートルと高さ2メートルと云ったところだろうか、、、20畳ぐらいはありそうだな。
そうして部屋の中を見回していると出口の方向から足音が聞こえてくる。
保護してくれた人なのかな?お礼を言わなきゃ、、、。
ベッドから降りて、命の恩人と思わしき人にお礼と挨拶をしようとしたのだが、自身が裸だという事に気付いて動けなくなる、、、そうこうしている内に足音の主が姿を現した。
「ほっ!どうやら目が覚めた様じゃな?気分はどうか?」
年齢にして60代位の白髪のお爺さんが優しい笑みを浮かべ現れた。
この老人との出会いが僕の今後の人生に於いて大きな影響を与え、命の恩人にして師匠となるアザント・エルエッドとの出会いだった。




