第5話 「獣は嗤う」
僕は目の前に居る人間の非現実的な容姿に圧倒され、そして困惑した。
最早、人間であるかどうかでさえ怪しく、だが、その余りにも圧倒的な存在感は僕の思考を簡単に振り切り、助けを求めていた筈の僕の口は、まるで僕の意思に反し、脳からの命令を拒否する。
「あ、あ、た、助け、、てくだ、さい。」
目の前の"獣"は、その見た目もさることながら、持っている物も到底、現代日本の常識に当て嵌めても、非現実的で有ると言わざるを得ない。
まず容姿を除いて一番最初に目に付く物が、上半身を覆う鎧だった。
胸や肩、腕の部分はくすんだ銀色のアルミニウムの様な質感であり、僕の頭の中のナニかが鎧だと認識する。
それ以外の部分、お腹や下半身の部分は革のベルトを幾重にも重ね装備してあり、まるで包丁の様な刃を立てても、1センチも通らない、そんな印象を受けた。
次に目に引く物が剣だった。
腰に帯剣し、装飾という装飾が無く、茶色の革製であろう鞘には泥や傷等が見られ、飾り気も無く、明らかに使いこなされているであろうと思われた。
極めつけが背中の斧、大斧だ。
明らかに木を切っている訳では無さそうで、背中で隠れていて全体の70%以上が見えていないにも関わらず、白い布テープの様な物でぐるぐると巻かれた柄の部分と鉄の刃の部分が見えているだけにも関わらず、それを振るえば圧倒的な破壊力が生み出される事は容易に想像できた。
だが、それらの装備品は僕にとって明らかにおまけであり、あくまでも僕の思考と視線は、目前の人間と獣の間、獣人と呼ばれる目の前の生物に完全に捕らわれていた。
まずは、順に頭部分に付いている毛に包まれた三角形の耳は、犬や狼を想像させ、ピクッピクッと僕が聞こえていない何かに反応しているかの様に無秩序な動きをしている。
そして次に目、鋭く猫の様な縦長に切れた瞳はクリアな黄土色に輝き、明らかに人間とは違う別種の生物を印象させ、意志の疎通さえも著しく疑わしかった。
そしてその目が合った瞬間、僕は思わず硬直してしまった。
手や足は体毛に覆われては居ないが、獣を思わせる様な爪は鷹の嘴の様に湾曲し、力任せに一撫ですれば致命傷となる怪我をする事は容易に想像できた。
比重で言えば人間拠りなのだが、その目や耳・手がどう考えても人間とは逸脱した何かを想像させ、僕は助けを懇願する事も忘れ、ただ驚き絶句した。
そして僕が驚愕し、絶句している間にも複数在った光は次々と森から姿を現し、装備している物は違えど、僕が驚愕している目の前の生物が単体では無く、複数現れたそれらが一切の証明にはならないが、何故か夢や見間違いでは無く、確かな現実であると実感させられた。
そして2番目に現れた獣人は口を開いた。
「ΘΣЖΠΛθф?」
「ΛΠΨ、、、、、、ιζΔΓ」
そして目の間に居る獣は一言返し、逡巡した後また一言返す。
、、、、何語?何を話しているんだ?こいつらは一体何なんだ?
聞きなれない言語をきっかけに、僕の思考能力が段々と戻ってくる。
僕は、緊張と不安と混乱で頭が一杯だった、、、、だが僕は大して考えもせず思考を放棄し、思わず頭を下げ助けを求めてしまった。
「あの助けてください!仲間が居るんです!お願いします!」
この行動は大きな間違いだった。
「ΔΛθΣф」
「え?」
僕は当然、返事の意図がどういう意味を持って答えたのか分からず、思わず顔を上げた。
目の前の"獣"はニヤリと嗤っていた。
僕は何となく、それこそ勘であったのだが、良い意味での笑みでは無い事を悟った瞬間、目の前の獣人に因って一瞬にして意識を刈り取られた。
◆◆◆◆
「、、、、、うぅ。」
誰かが僕の名を呼び、体を揺する、、、、何?、、、あぁ、、朦朧とする。
「〇△!☆◆☓■!ぉぃ!おい吾川、吾川」
僕の意識はゆっくりと覚醒していき、やがて僕を呼ぶ者の顔が鮮明になっていく。
僕のクラスの副担任であり数学の教師、幾島先生だ。
「吾川、良かった。大丈夫か?頭は打ってないか?どこか痛い所は無いか?」
、、、ちょっと、、待って、まだ意識が朦朧とする、、、、それに頭も痛い。
「ぃ痛、痛、、、、此処は?」
上体を起こし周囲を見ようと僕は動こうとするも、、、。
「良いから動くな、頭を強く打っているかもしれないから、寝てろ」
何があったんだ?何で寝ているんだ?僕は気を失う前の記憶が無くなっていた、、、。
僕は促されるまま仰向けに寝て目だけを動かし、周囲を確認するのだが、周りの人間達のすすり泣く声と、うめき声と、ほんの小さな声で怨嗟を呟く声が聞こえてくる。
僕の目にまず最初に飛び込んできた光景は、男女が無差別に体育座りしている光景が目に映った。
皆一様に顔を膝に埋め、或る者からはすすり泣く声、また或る者はジッと動かず顔埋め、この世の全てを拒否するが如く無言を貫いていた。
、、、、一体何が、、、、。
僕も含め、皆全員が疲れ果てていた。
、、、、、何も考えたくなかった。
夜の曇空はいつの間にか晴れていて、この世の物とは思えない無い満天の星空の下、至る所に火を灯し写し出された光景は、僕にとって悲しさ辛さも関係無く、苦しみさえも全て放棄した。
もうどうでも良い、、、、そんな感情を抱いていた。
ただ疲れた、、、、ゆっくりしたかった、、、、、ただそれだけだった。
◆◆◆◆
どれくらい経ったのだろうか?何も考えられず僕は、ただ無心で夜空を眺めていた。
すすり泣く声を除けば静寂だった中、或る者が口火を切った。
「Λθф!!」
頭の鈍い痛みは完全には治まる事は無かったが、僕は皆と同じ様に体育座りになり、声のする方へと顔を向けた。
さっきの、、、、、奴、、、、。
大斧を背負った獣人が立って居た。
その手に武器を持った獣人は、腰に帯びていた剣を抜き身の状態で地面に差し、その上で両手を重ね、何か僕達に命令をしている様だった。
「Λθф!、Λθф!!」
そしてその何らかの号令と共に、獣人の部下らしき者達に何らかの指示を与えた直後、すぐその部下達は僕達の方へ歩み寄り、何人かの女子生徒の手を掴み、無理やり起こそうと引っ張った。
「イヤー!!放して!!」
抵抗しようとする女子生徒、絶対に此処から動かないとばかりに踏ん張るのだが、、、、。
「ΔθΣфΛθф!!」
「ドグッ!!」
鈍い音が響く、、、、抵抗する女子生徒の脇腹を蹴ったのだ。
手を繋がれたまま、のたうち回る女子生徒に獣人は近付き、胸の部分に5枚あった忍者が使うクナイの様なナイフを取り出し、女子生徒の首元に当て何か囁く様に呟いた。
何を言ったのかは分からない、、、イヤ分かる、嫌でも解る、要するに脅迫したのだ。
抵抗すれば殺すと、、、。
だが、それを見て尚、黙って居られない人間がいた。
五十嵐先生と加納先生だ。
「やめなさいっ!!」「やめろっ!!」
五十嵐先生が口を開く。
「こ、子供達に手を出さないで!!」
相対する獣人を睨む、そして僕達を守る様に手を広げ仁王立ちする。
、、、、震えている。
今にも腰が抜けそうになっているのだろう、、、訳の分からない、武器を持った生物に平常心で居られる訳がなかった。
そして五十嵐先生の前に立ち、そして庇う様に手を出した加納先生が続く。
「き、き貴様達は何なんだ!子供に手を出して恥ずかしく無いのか?私達をどうするつもりだ!!」
その言葉を聞いた獣人は剣呑な空気を放ちながら、帯剣していた剣を抜き、まるで標的を見つけたジャガーの様なネコ科の大型動物の様に瞳孔を開き、口元には笑みを浮かべ、加納先生に一歩、また一歩と近付いていく、そして更に目を見開きながら大きく振りかぶり、加納先生を斬りつけ様とした瞬間。
剣を振りかぶった獣人達も含め、その場に居た全員が一瞬にして動けなくなった。
、、、え?、、、何だこれ?イヤだ!イヤだイヤだ!さ、さ、寒い!此処に居たくない!
ブワッと一瞬にして冷や汗が大量に出る、悪寒がして体がガクガクと云う事を聞いてくれない、一体何だこれは?何が起きたんだ?
「ЖΔΓΠ」
獣人達の後方で控えていた一人の獣人が静かに、それで居てその場に居た全員に聞こえる程の声量で一言、剣を振りかぶっていた獣人に対し発した。
その瞬間、その場に居た全員が瞬時に理解した。
・・
この異常な場の空気は、その"獣"から発せられたものだと、、、。




