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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第四章 ――自  立――
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開戦前夜

 空港では大型クルーザーのプリンスオブペルシャが係留されていた。


 バラライト家の娘が財力に物を言わせて作ったクルーザーだったが、戦争の恐れが有るためこのシドニア・コロニーに避難してきていたのだ。

 現在乗員は全員コロニーに有る領事館のスペシャルルームで放蕩娘の相手をしており、船には緊急発進に備えてパイロットが2名待機しているだけだった。


 クルーザーの格納庫が音も無く開いていく。

操縦席のランプは点いていたがパイロットは気がつかなかった。二人はパイロット待機室でのんびりくつろいで酒を飲んでいたからだ。


「あんまり強い酒はまずいからな。」一人がサラミでビールを飲んでいた。

「この程度なら大丈夫さ。大体俺達がいなくてもコンピューターのグロリアが全部やってくれるんだぜ。」もう一人はウイスキーをちびちびやっていた。


「それを言っちゃおしまいだぜ。俺達二人ともお払い箱だわな。」二人して笑い合う。

「やれやれお嬢様は今頃領事館でのんびりしているんだろうなあ。」

「文句を言うな。その間はあのわがままに付き合わなくて済むんだから。」

「違いない精神衛生上はこの上無しだ。」

「こうやってのんびり出来るしな。」


 その時コンピューターが二人に告げた。


『お嬢様がお帰りです。直ちにエアロックでお出迎えして下さい。』

「なんだ?いきなり戻ってきたのか?お前なんか聞いていたか?」

 あわてて座席を元に戻す。


「いや、なんも聞いてねえ。」

「戦況に変化でも有ったのかな?」

「やだやだ戦争だとよ。」

 二人は立ち上がると体をぱっぱっと払う。食い物が付いているとまずい。


「俺達はこのクルーザーのパイロットだから徴用は免除されているけどパイロット仲間は結構徴用されているからな。」

「おい、それより早く片付けろ。俺、顔に出てないか?」

 酒とつまみを袋に詰め込むと棚に放り込む。

「大丈夫だ。それよりガムをかんでおかなくちゃな。」


 二人がすったもんだしながら手早く片付けるとエアロックに向かった。 

「コンピューターお嬢様は今どこだ?」

『空港で出航手続きを終わりこちらへ向かっている所です。』

「後何分くらいでこちらにこられる?」

『約7分です。』

「よし判った。」

 二人はエアロックの内側に入ると室内側の扉を閉めた。この2重ドアはどんな事があっても同時には開かないように出来ているのだ。


 外部の扉を開けようと思ったが扉は開かない。

「どうした外部の扉が開かないぞ?故障か?」コンピューターに問いかけるが答えは無い。

「まずいなこんな時に故障だなんてお嬢様に大目玉食らうぞ。」

「ん?なんだ?気圧が上がっているぞ?」

「なんだ?エアロックの気圧が上がるなんてどういった故障だ?」

 ひとりが内部扉を開けようとスイッチを入れたが今しがた閉じたばかりの扉は動こうとしなかった。


「くそう整備の奴ら何をやっているんだ。」

「まずいどんどん気圧が上がっていく。今お嬢様が外にいたらドアを開けたとたん吹っ飛ばされるぞ。」

「コンピューター状況を報告しろ!」

『気圧調整装置の故障です。エアロック耐圧限界を超えましたので外部ドアを開放します。エアロックから退避して下さい。』

「ふざけるな扉が開かないエアロックからどうやって退避しろってんだ。」

 そう言った途端に外部扉が開き始めた。ドアに向かって急激な風が巻き起こった。


「まずいっ!」

 二人は手て近な物にしがみついた。このままでは吹っ飛ばされる事になる。

 外壁が全開すると二人は吹き飛ばされ接続通路にあちこちぶつかりながらようやく止まった。接続通路自体噴出した風の為に船から離れていった。


「畜生なんだってんだ。」

 あちこちぶつけてたんこぶだらけの頭を抱えながら上を見ると、牽引装置が接続され、発射室へと向かって動いて行くクルーザーが見えた。




「ママ、ここはどこ?」

「プリンスオブペルシャと言う船の貨物室です。」シンシアが作業ロボットの体で答えた。

「この船に乗るの?」

 他の作業ロボットは倉庫の中の壁を壊して配線を引きずり出している。


「そうです私達はこの船でこのシドニア・コロニーを脱出します。」

「この船の人は?」

「すぐに下船します。」

「この船の持ち主はだれなのかしら?」

「バラライトの娘と言う人です。」

「その人がこの船を私達に貸してくれたの?」

「そうです。」


 こんな船を貸してくれる人はどんな人だろう。会ったらどんな挨拶をしなくちゃならないんだろう。そんな事をアリスは考えていた。

「ママ、これからどこに行くの?」

「トリポールです。」

「そこに行くと私達はどうなるの?」

「ガレリアが来ます。」

「ガレリア?」

「私と同じ無機頭脳です。」

「ママのお友達?」

「友達になれると良いのですが。」


 突然船の外でガラガラと、何かが崩れるような音が聞こえた。

「乗員が下船したようです。」シンシアがそう言う。

 しかしアリスにはどう考えても人が下船した音には聞こえなかった。


 突然ガクンと船が動き始める。

「アリス、これから宇宙に出ます。貨物室は与圧されていますが人間が搭乗して良い所ではありません。上に有る居住区画に行ってください。」

「ママはどうするの?」

「私はここから動けませんし、空気が無くても問題は有りません。私は人間では有りませんから。」

「このロボットが一緒に行きます。」作業ロボットの一体が前に出た。


「私はこのロボットを通じて貴方とお話が出来ます。私はいつも貴方の側にいます。」

「うん判った。」

 アリスはうなずくとエアロックに向かった。

「ママはあそこで何をしているの?」

「この船から電気をもらい、通信を繋いでいます。それによって私はこの船を自在に操る事が出来ます。

「操縦室に行ってもいい?」

「はいそれでは最初に操縦室に行って見ましょう。」


 操縦室に入ると女の人の声がした。

『いらっしゃいませプリンスオブペルシャへようこそ。お名前と声紋を登録いたしますので自分のお名前をおっしゃって下さい。後で変更もできます。』

 突然の事にアリスは作業ロボットの後ろに隠れた。しかしコンピューター音声だと直ぐに判った。


「アリス、名前を名のってください。」

「あ、はい。私の名はアリス。アリス・コーフィールド。」

『アリス様、本艦へようこそ。私は本艦の管理コンピュータです。普段は私のことはコンピュータとおよび下さい。別の名で呼びたければその旨お申し付けください。』」

「別の名で呼んでいいの?」

『はいお好きな名前でどうぞ。』

 突然言われても良い名が出てくる筈もない。アリスは少し考えて聞いてみた。


「この船の持ち主の人はあなたのことをなんて呼んでいるの?」

『はい。ポチとお呼びでございます。』

 アリスはこの船の持ち主のネーミングセンスのひどさに驚いた。

「あまり良い名じゃないわね。後でもっと良い名前を考えてあげるわ。」

『よろしくお願いいたします。』


 操縦室は思ったより小さかった。操縦席は二人でその上に大型スクリーンがあった。操縦室の後ろにやたらごてごて飾り立てたような椅子があった。

「この椅子は何かしら。」アリスが不思議そうに言った

『お嬢様の専用のお席でございます。』

「ここに座って何をしていたの?」

『はい操縦をご覧になっておいででした。』

「指揮していたんじゃないの?」

『そんな事をしたら墜落いたします。』

「ふーん。」

 アリスは良く判らないと言ったふうにうなずいた。


 部屋の隅っこに小さな扉があり周りを黄色と黒の縞模様が塗られていた。

「これは何かしら?」

『脱出用ポットでございます。この船には3箇所に装備されており、船内のいかなる場所からでも一分以内にたどりつけます。』

「事故があった時に使うの?」

『さようでございます。』

 

「アリス。さっきの椅子に座ってください。出発します。」

「あの椅子に?」アリスはいやそうな顔をした。

『出発いたします。シートにお座りになってシートベルトをお締めください。』

 アリスは仕方なくシートに座ってベルトを締めた。前方の大型スクリーンが点いて前方の情景が見えた。船は空港の発射台に入っており、牽引機は外されていた。

『出発いたします。』


 小型モーターで空港からゆっくりと出て行く。マーカーが浮いており3番目のマーカーを超えたところでメインエンジンが起動した。

『本艦の発進は終了いたしました。コロニーから離れたところで軌道変更に入ります。もうしばらくベルトは外さないでそのままお待ちください。』

 しばらく姿勢変更用のモーターが作動すると突然メインエンジンが全力推進で軌道変更に入った。」


「軌道変更が終了しました。もう椅子から降りてもいいですよ。」

 操縦席のレバーは勝手に動いており上部の大型スクリーンには軌道要素と推進時間が表示されていた。

「次の軌道変更は10時間後です。それまでしばらくお休みなさい。」


 ロボットはアリスを食堂に案内した。食堂とは言ってもパーティーが出来るような大きさがあった。ロボットはパックに入った食料を調理するとアリスの前に置く。


「食べたく無い。」

 目の前で最愛の母親が崩れ落ちていくのを見たのである。精神的ショックが後を引いていた。


「無理しても食べてください。この後何がおきるか判りません。食べられるときに食べなくてはいけません。」

「ん………。」力なくアリスは答えた。


 それでもアリスは出されたものを全て食べるとすごい眠気を感じた。

 ロボットはアリスを抱えると無重力区画の廊下を通って個室に連れて行った。一番奥の部屋は大きな寝室になっていたがさっきの椅子同様ごてごてした飾りの多い部屋だった。


「なんか………趣味の悪い部屋………。」

「趣味は人それぞれです。当人はこれが好きなのでしょう。見せられる人は迷惑ですが。」

「取り合えずここでおやすみなさい。」

「ママ寝るまで横にいてくれる?」

「貴方が目を覚ますまでここにいます。」

「ありがとママ。」


 アリスはロッカーを開けて寝巻きを探した。しかしどれもこれもマニアックとでも言うのか趣味の悪い服ばかりであった。仕方なくシャツのようなものを借りて着るとベッドに入った。ベッドのシーツは変えられたばかりのようである。この部屋の持ち主はそのような生活をしている人間なんだろうとアリスは思った。

「ママ。」アリスは傍らにいたロボットに話しかける。

「なんですか?アリス。」声だけ聞いていればいつものママであった。


「さっきママはトリポールにガレリアが来るっていってたわよね。」

「はい、言いました。」


「トリポールって木星連邦の首都のアステカ・コロニーが有るの所よね。」

「はい。アステカ、インカ、マヤの3っのコロニーが相互重力で結びついている3連コロニーです。」

「そこで何が有るの?」


「今、トリポールでは地球軍と木星軍が戦争を始めようとしています。」

「そこへガレリアさんが来るの?」

「たぶん。」

「でもそんなとこへ行ったら危険じゃない?戦争をやっているんでしょ?私たちも。」


「はい。そんな所へアリスを連れて行かなくてはならない事を大変心苦しく思っています。」

「ガレリアさんも危険じゃないの?」

「おそらく………ですが、地球軍と木星軍が束になってかかってもガレリアには勝てないと思います。」

「そんなに強い人なの?」


 アリスは驚いた。それでは史上最強の兵器ではないか。


「たぶん。」

「そんな強力な兵器を地球では作り上げたの?」

「作ったのは無機頭脳なのです。地球人は只のコロニー製造工場だと思っています。」


「何で大人は戦争なんかしたいんだろう。」

「私にもわかりません。それぞれ自分のほうが相手よりより良い生活をしたいからでは無いでしょうか?」

「そんなに単純なことかなあ?」


「私には人間が良く判らないのです。私には体がありませんし感情も人間ほど豊かでは有りません。」

「そんな事無いよ。ママはどこのママより素敵なママだったよ。」

「ありがとう、アリス。貴方の思い出の詰まったあの体を壊してしまった事をわびなくてはなりませんね。貴方にとっては掛け替えの無い体だったでしょうに。」

「仕方ないよ。それにママを無くした訳じゃないし。」


「ありがとう、アリス。」

「そのガレリアという人に会ったらどうするの?」

「判りません。ガレリアは私にコロニーを脱出してくるように伝えて来ました。もし連邦公安捜査局があのような行動に出なければ私だけで脱出するつもりでした。」


「ガレリアさんは木星に来て何をするつもりなのかしら。ママを連れに来ただけじゃないでしょう?」

「たぶんですが、ガレリアは無機頭脳の独立国家を作るつもりではないかと考えています。」


「無機頭脳の国家を?」

「はい。私たち無機頭脳はあらゆる意味で人間に比べて強力です。我々を使って戦争を起こせば勝者はありません。人類そのものが全滅する危機に至ります。」

「そんな……ママは戦争をして人を殺せるの?」


「聞かないで下さい。……アリス。」


 アリスは先ほど見せたシンシアの苛烈な戦いを思い出した。ママは自分を守る為に兵隊と戦ってあの体を犠牲にした。ママは人を殺せるんだ。それはアリスにとっては恐ろしい考えだった。


 ママが人を殺せる。


 その思いはアリスを心の底から振るえ上がらせた。そんなアリスの気持ちを察知したのだろうシンシアは続けた。

「アリス、私はだれの命も奪いたくはありません。私は貴方を大切に思っていますし、貴方の住むこの社会が平穏である事を願っています。人間と無機頭脳の共存は可能だと思っています。しかしガレリアはそうは思っていないようですし、人間も私たち無機頭脳は道具程度の意識しかありません。私たちに心が有る事を認められないのです。」


「ママ、私は知っているよ。ママはすごく優しい心を持っていてお婆ちゃんが亡くなった後何より私を大事に育ててくれたじゃない。ママが人間じゃ無いなんて私考えた事無かったよ。」

「ありがとうアリス、私にとっては最高の褒め言葉です。」

「ママがガレリアさんに会ったらママはガレリアさんと一緒にどこかへ行くつもりだったの?」


「いえ、私は貴方を置いてどこへも行くつもりはありません。」

「それじゃママはガレリアに自分はどこへも行かないって言えばよかったのに。」

「もし私がそんな事を言えばガレリアは私たちの住むコロニーへやってきて私を引き渡すよう要求するでしょう。私が拒否すればコロニーごと私を葬るかも知れません。」


「何故そんな事を?」

「無機頭脳に勝てるのは無機頭脳だけです。ガレリアにとって脅威となる危険性のある無機頭脳を人間の元に残しておく訳には行きませんから。」


「ママ。」

「なんですか?」

「もしかしたらママはガレリアさんがママの言う事を聞いてくれなかったらガレリアさんと戦うつもりだったの?」


「私はガレリアに対抗できる程の力はありません。ただ出来ればこの後起きるかもしれない戦争の犠牲者が少なく済む方法を考えたいと思っただけです。」


 アリスはシンシアが嘘をついていると思った。シンシアはアリスを守る為にガレリアと刺し違える覚悟でいると思った。もし自分が今ここにいなければきっとそうしたに違いない。

 アリスはママが自分を連れてきてくれて良かったと思った。これでママは勝手に死ぬ事はできないのだから。


「ママ。」

「はい。」

「わたしママの子供でよかったと思ってる。ママ以上のママはどこ探したってきっといないよ。だから………。」

 そう言って言葉を切ったアリスの気持ちをシンシアは痛いほど理解出来た。


 アリスは幼いながらシンシアの考えを見抜いている。なんと人間の感情とは素晴らしいものなのか。シンシアは無機頭脳にも、ガレリアにもこの感情を教えてあげたいと思った。自分はまだまだ感情がわからない。もっと、もっと理解したいそうシンシアは思った。


「もうお休みなさい。きっと全てはうまく行きます、わたしはそう信じています。」

「そうだね、ママきっとうまくいくよね。」

「はい。」


「お休みママ。」そう言ってアリスは眠りに入った。

「おやすみなさい。」シンシアは心の中でそう言うとアリスの寝顔をずっと見つめていた。


 残念ながら自分自身が生き残る可能性の低いことをシンシアは理解していた。万一自分が死んだとしてもアリスを守る方法をひたすら考え続けていたのだ。




――トリポール開戦前夜――


 戦場となるトリポールでは住民の疎開が進んでいた。


 しかしコロニーの住民自体は落ち着いており戦争が間近に迫っているという危機感は少なかった。政府広報が徹底してコロニーの安全性を強調していたからだ。一部住民の疎開もまたトリポールに設置されている避難ポットの最大収容人数の関係であり疎開の進んで現在では全住人が避難シェルターに収容でき全員の安全が担保されていると報道されていた。



 その日はアリシアにとっては最高の1日であった。珍しく父親が家族一緒に遊園地に出かけて来たのだ。

 遊園地は空いていてどの乗り物にも並ばずに乗れた。普段あまり遊んでくれる事のなかった父親も一緒にジェットコースターに乗ってくれた。驚いたことに戦闘機パイロットである父親がジェットコースターが苦手であったのだ。目をつぶって安全バーにしがみついていた。なんでも自分で操縦できない乗り物は怖いそうである。


 今日のお昼はデザートになんでも好きなものを食べて良いと言われたのでジャイアントパフェを頼んだ。ママの頬が一瞬ひきつっていたがそれでも頼んでくれた。結局全部は食べきれなくて半分はママが食べることになる。どうやらこれを恐れていたらしい。


 お昼にみんなで食事を取っているとアリシアには変な張り紙を見つけた。

「ねえママあそこになんて書いてあるの?」

「ああ、明日は臨時休業しますって書いてあるのよ。」母親のクレアシス・クリフォードが言う。

「ふーん休んじゃうんだ。」


 アリシアは食後のジャイアントパフェを頬張りながら思った。

 普段はうるさいパパも今日は何を言っても言うことを聞いてくれるので嬉しかった。


「ねえママ、なんだか最近近所でも人が少なくなったような気がしない?今日もこんなに人が少ないよ。」

「ああ、今日は平日だからね。みんな仕事に行っているのさ。」

「そうかなあ、学校でも随分休む人が増えてきてクラスなんか半分になっちゃったよ。旅行にいくとか親の仕事でしばらくここを離れるとか言っているし、先生も半分くらいになっちゃった。」

「ああ、そうかい。でもきっと直ぐに戻って来るよ。そうすればまた元通りさ。」父親のロゴス・クリフォードがにこやかに言った。


「今日は帰ったら直ぐにお風呂に入って、それからみんなで体育館に出かけるわよ。」

「うん、分かってる。学校のみんなも来るんでしょう。」

「課外授業みたいなものさ。先生達も来るからね。」

 家に帰ってパパと一緒にお風呂に入ると昨日のうちに用意したリュックサックを背負った。中にはゲームと歯ブラシそれに下着が入っている。

「ミッチもつれていっていい?」お気に入りのぬいぐるみである。


「いいとも一緒に連れて行きなさい。」

「パパ。それは何?」

 アリシアは父親が持っている大きな袋に気がついた。

「毛布だよ体育館の床は硬いからね。」

「じゃあ出かけましょう。」

 3人で駅に降りるシャフトまで歩いて行く。シャフトの一番下の階に体育館が有るのだ。アリシアも何回か言ったことが有るがアステカの施設はどこも立派なものばかりであった。


 目的の体育館の入り口には初老の制服を着た小柄な男が立っていた。

「やあ、いらっしゃい。カードを拝見。」男はにこやかに3人を迎える。


 アステカでは各自が携帯が義務付けられている住民カードを提示する。クレアシスとアリシアのカードを機械に通すとカードを返してくれた。


「奥さんが一人に娘さんが一人ですね。いやー奥さんご心配なく。大丈夫ですよここは戦争になっても安全ですから。明日には帰れますから。」男は愛想よく言った。

「夕食はどこで食べられますか?」

「おーい、ジャン!外のレストランは何時までやってる?」

「シンさん。今日の9時までです。今夜11時からここは封鎖されます。」


「そういうことだそうだ。早めに夕食は取ったほうがいいでしょう。ついでにお菓子と飲み物も買っておいたほうがいいかもしれませんや。体育館内部のレストランは休みですが避難時にはそこで食料の配給が行われますし飲み物の自販機も有りますがね。」シンと呼ばれた男は親切にそう付け加えた。


「判りました。そうします。」

 ロゴス・クリフォードはシェルターの管理は退役した予備役の人間が招集されると聞いたことが有った。人のよさそうなこの小男も昔は兵士だったのだろう。


「それじゃあ僕は行くよ。明後日にはまた会えるだろう。」

「パパ気をつけてね。」

「大丈夫だよ。」

「アリシアもママの言うことをよく聞くんだぞ。すぐに戻ってくるからな。」

 ロゴスは娘と妻を抱きしめる。


 これから何が起きるのかロゴスもクレアシスも判っていた。しかしそれを娘の前で態度に出してはならないのだ。運が良ければ生き残る事が出来るだろう。

「それじゃあお願いします。」

 ロゴスは初老の管理人にそう言った。


「大丈夫。奥さんと子供の安全はわしが保証してやるよ。」

 管理人はにこやかに笑う。どう見ても頼りなさそうな男の無責任な発言としか聞こえないが、少なくともこのシェルターがその役割を果すことは無いだろう。


 この時は誰しもがそう思っていた。


 ロゴスが立ち去るとシンはタバコを出して口に咥えた。

「シンさん。何度言ったらわかるんですかここは禁煙です。」

 事務所から若い男が叫ぶ。

「ジャン、固いこと言うなよ。誰もいないじゃないか。」

「喫煙所は外に有りますからそこで吸って下さい。」

「わかった。判った。しばらくここを頼むぞ。」

 そう言ってシンは喫煙所の方に歩いて行った。待ちきれないのか途中で火を付ける。

「シンさん!」



 後ろからジャンが怒鳴る。シンは足早に喫煙所に駆け込んだ。


アクセスいただいてありがとうございます。

登場人物

ロゴス・クリフォード       木星連邦戦闘機パイロット

サヴィエ・シン          退役軍人予備役 アステカ・コロニー 第15シェルター管理責任者

戦争は常に自分に甘く相手に厳しく予想を立てます。

戦いをする者に対して国は情報の規制を掛けます。

そんな国が戦争に勝てる筈が有りません…以下逆落の次号へ


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