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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
24/66

接 触

 数日して警視庁のコンピューターから情報が盗まれたことが発覚した。


 今回はなぜかハッキングの形跡が残っており、何とそれをしたのはテロに襲撃された病院の看護ロボットをコントロールするセディア・コンピューターの一台であった。

 コンピューターは警視庁にハッキングをかけ病院テロ事件のデーターを根こそぎコピーして行った。

 そしてそのデーターの送信先はレグザム自治区の新聞社と外務省であることまで判った。

 しかし誰がコンピューターを操作したのかは皆目見当がつかなかい。明らかにハッキンググループの公安に対する挑戦であった。

 


「我々にはこの事件が連邦政府の捏造であると言う証拠がある。」


 レグザム自治区の外務大臣は資料を振りかざしながらマイクに噛みつかんばかりの形相で吠え立てた。

「連邦は自らが起こした事件により我々を陥れ自治権を侵害しようとした事は明白です。」

 テロリスト『木星の風』が起こした病院爆破未遂事件に現役の公安の兵士が混ざっていた事に対しレグザム自治区が証拠を示して連邦政府に激しく抗議したのである。


 連邦は逮捕されたテロリストの証言を証拠として提出し、この事件がレグザム自治区の指示によって行われたという主張を変えることは無かった。

 しかしレグザム自治区側が公開の連邦議会においてそのテロリストの証言をさせるように求めたが連邦議会はレグザム自治区の連邦未加盟を理由に拒否したのである。

 さすがに事ここに至っては連邦の発表を垂れ流してきたマスコミもこれ以上連邦を擁護することが難しくなり沈黙し始める。

 マスコミが沈黙を始めると連邦もコメントをしなくなり、レグザム自治区の追求も記事にされなくなった。


 つまりこの問題はマスコミに無視されたのである。


 マスコミに無視された事件は存在が不明となり事実関係はあやふやなまま沈静化させられた。

 情報が警察から流れたことに対する連邦の怒りは大きかった。

 犯人探しが行われたが厳重なセキュリティがかけられていたことが判り部内者がそれにアクセスした形跡もないことも判り犯人探しは収束した。


 しかも内部調査の結果警察のコンピューターのハッキングに関わったセディア級コンピューターをハッキングすること自体が警察の能力を上回っていたため結局犯人を特定することが出来なかった。

 それどころか更なる証拠が出るのを恐れた連邦は処分をあやふやなままにした。

 やがてマスコミは沈黙したまま連邦もレグザム自治区も警察もその事に触れなくなった。

 結局全ての関係者が無関係を装いこの事件そのものに対する話題が一切されなくなる。


 その結果今回のスキャンダルに対して誰ひとり処分されること無く事件は終息した。


 レグザム自治は区最大の危機を乗り越えたのである。



 しかしこの事件の後遺症は大きく移住を希望する者の人数は大きく減少した。経済制裁を回避出来たとはいえレグザム自治区は大きなダメージを受けた事になる。

 結局アトンは勝つことが出来なかったのだ。


 アトンはレグザム自治区の危機を救ったメールを発信した者の調査を命じたが皆目手掛かりは得られなかった。

 アトンはこれを神の采配と考えることにした。少なくともこれで当分木星連合も我が国に手を出す事は無いだろう。

 幸いレグザムの輸出食料品は非常に高品質で人気も高い。当分の間人口はそれほど増える当てが無いのであれば余剰食料による農業収入で外貨を稼ぐ以外にないだろう。


 実はこの数十年以上製造業に関して言えば革新的な技術進歩が起きてはいない。つまり工業の先端技術のハードルは下がってきているのだ。

 そしてレグザム自治区の肉、卵、穀物、果実などの引き合いは多い。


 アトンは当分の間は農業によるレグザム自治区の経済発展に尽力することにした。


  *   *   *


「やっちゃいましたね。」

 タイラーがコグルの耳元でささやいた。。


「何が?」コグルがとぼける。

「いえ、何でも有りません。」

 タイラーは嬉しそうににやけていた。

「そのうち飲みにでも行くか?」


「いいですね。でもその前にあの女性はどうするんですか?」

 シンシアの事である。コグル達はシンシアをこの事件の犯人達と戦った人間らしいとの見込みを付けたのだ。

「そうだな、一度接触をしてみるよ。」

 しかし警察としてのシンシアとの接触は公安が糸を引いた今回のテロ事件を叩き潰した張本人であると公安に知らせるに等しいことであり、もしそんな事をすればこの女性そのものの命が危なくなる。


「気を付けてくださいよ。まずい事になっちゃってますから。」

「大丈夫、その時は俺が全部ひっかぶってやるさ。」

 もっとも今回の事は元々地元警察が勝手に現場検証を行った事により公安の悪事が表沙汰になった訳で、公安と言うよりも連邦の大失態ということになる。

 公安にしてみれば当分存続の危機が続く訳であり恨み骨髄な訳であるからコグルら地元警察は何時公安の報復を受けてもおかしくない様な状況に有った。


「そういう意味じゃなく、本当に警部命を狙わますよ。証拠の内容からハッキングはともかく捜査の指揮をしたのが警部だってことは知られてますから。」

「だからさ、こんな事を隠しておいたら余計こっちの身が危ない。公にしちまえば向こうも俺を狙う理由がなくなる。」

 一応警察署最高のセキュリティをかけたコンピューターに保管されたファイルを盗まれたのだから警察としてはどうしようもないと言った態度をとれる訳では有ったのだが。


「だといいんですけどね。」タイラーは心配そうに言った。

 



 今回の不手際でジタンの責任が追求されなかったのは、連邦そのものへの非難を避ける為にこの事件を無かった事にしたいとする連邦の都合によるものであった。


 とは言えこれでジタンの出世の望みは絶たれた事になる。多分このまま飼い殺しにされる事になるだろう。

 それでもそれは良い方で、閑職に飛ばされる可能性のほうが高かったのだ。


 しかしあの事件で警察があの短時間に証拠をかき集めているとは思いもよらなかった。


 問題なく作戦が成功していれば公安が突入する前に公安が送り込んだスタッフによりテログループを壊滅させ、予定施設を爆破の上エッジを殺して玄関から突入する計画だったのだ。

 何人かの人質は巻き添えを食らっただろうがバトルサイボーグを前面に押し出せばそれ程の犠牲を出さずに終わらせられた筈だった。

 制圧後直ちに地元警察を追い出せば証拠はいくらでも隠滅出来ると思ったのだ。ところがSWATにまぎれて鑑識が資料を収集するとは思いもよらなかった。


「あの警部……。」まさにコグル警部に対しジタンは恨み骨髄の思いであった。

 


  *   *   *



 結局コグルがシンシアとの接触を考えたのは事件から半年以上の時間が経ってからの事になった。


 事件は終息してからしばらく時間が経ち、これ以上誰もあの事件を話題にしなくなったからだ。

 会ってどうするかという事もなかったが、やはりハッカーグループが危険な存在であることに違いはなく、どちらにしても接触だけはしておきたいと思ったからだ。


 コグルが病院に行くと女性の身元は直ぐに判った。乳幼児管理部門のシンシアと言う女性らしい。

 相手がハッカーグループであることを考えると礼状を取って相手の住所を聞き出すのは余り上手くない。ジタンはそれ以上の聞き取りをやめた。

 勤務時間を聞くともうすぐ終わるとのことであった。礼を言って外に出るとシンシアが出てくるのを待った。

 勤務時間が終了してしばらくするとその女性が出てきた。まだ若い17,8であろうか?

 胸の大きな、美人というよりあどけなさの残る子どもっぽい感じの娘であった。趣味であろうか黒い服を着ていた。


「間違いなさそうだな。」コグルはそう思った。

 気付かれないように後を追う。最近ではあまり流行らない尾行と言う手法である。

 娘は真っ直ぐ近くのステーションに行き、そのまま列車に乗った。一度乗り換えて次の駅で降りると階段を上がり外に出る。

 コグルは階段を駆け上がると娘が曲がった方向を見る。しかし娘は見えなくなっていた。

 あわてて早足にその方向へ行って見るが、娘の姿はどこにも見えなかった。


「気づかれたか?」コグルは唖然とさせられた。アナログ過ぎるが故に殆ど気づかれたことのない尾行を気づかれたのだ。

 次の日は駅で待ち伏せた。

 昨日とは服装を変え、ヒゲまではやしてみた。しかし娘はショッピングモールで食品を買うとそこから姿を消した。

 仕方なく警察内のコンピュータ部門に頼んで病院のコンピューターをハッキングしてもらった。

 無論違法であるが、かまやしないどうせ証拠提出するわけじゃ無い。

 調べたデーターの家に行くと老夫婦が住んでいた。しばらくすると娘が子供を連れて帰ってきた。近所で聞くと両親と子供の夫婦が住んでいるだけらしい。


 此処に至ってコグルはとんでもない相手を調べていることに気付いた。警察のハッキング部隊を簡単に欺いてしまうほどの能力を持った組織が背後にいるのだ。しかも娘自身非常に訓練された者のようである。

 尾行に気付いた様子すら見せずにこちらを巻いてしまう。

 見かけに惑わされてはならない。状況から考えるに彼女は義体であり、それも相当に高性能な義体の可能性が高くしかも十分に訓練されている。


 やむを得ないのでコグルは招集をかけ別の事件の捜査として広域捜査をかけた。

 

 最初に列車に乗ったとき、乗り換えた。その乗換が正しかったとして、その沿線で降りると思われる駅は10ヶ所ほどである。

 その全てに捜査員を配した。刑事は尾行することをせずに。携帯電話でも暗号を用い、全く関係ない話をしている振りをした。

 とにかく病院の事を考えてみてもそのコンピューターのハッキング能力は桁が違うようだ。

 こちらの動きは筒抜けだと思った方が良いだろうコグルは自分が相手にしている者は想像以上のコンピューターの使い手であるという事を前提に、全ての通信は傍受されていると考えて作戦を立てた。


 その甲斐あって3日続けて同じ駅での降車を確認し、娘が歩いていった方向に捜査員を配して娘の歩いて行く方向を追跡した。

 さらに2日してようやく住んでいる家を突き止めた。

 近所の聞き込みは気づかれる可能性が高いので行わない。同居の女性の後を付ける。どうやら妊娠しているらしいだいぶお腹が目立ち始めている。


 同じように多くの捜査員を配して尾行を行なう。

 同居している女性の勤め先が人工知能研究所であることは直ぐに判った。

 彼女の名前はマリア、シンシアと違い訓練をうけている様子は全く無い。完全な素人のようだ。


 コグルは図書館に行って人工知能研究所の事を調べた。ここからのアクセスならば追跡はされにくいと考えたのだ。

 その結果以前ニュースにもなったコロニーでの大事故に関わっていたのがこの研究機関だったらしい何でも新型の自立思考コンピューターの実証実験だったそうだ。


「自立思考」その言葉に病院から出てきた娘の姿がダブった。


 いや、ありえないあんな小型のボディに搭載できる自立思考コンピューターなど聞いたこともない。

 コグルが知っている人間のように話すコンピューターは部屋一杯の大きさが有った物だ。

 だがなんとはなしにつながりが見えてきたような気がする。もしあの娘が今回の事件に関わっていたとすれば、危険を承知のうえ接触を試みるか?

 


   *   *   *



 マリアのお腹の子供も大きくなって来た。来月には生まれるだろう。


 しかしシンシアの持つ恐るべき能力に気がついたマリアに取ってはそれどころではなかった。国家規模のトラブルに巻き込まれたシンシアに万一捜査の手が伸びたらと思うと気が気ではなかったのだ。

 幸いシンシアが警察に有った捜査データーを発見し未然に戦争を防ぐことに成功した。

 どうやらそれ以上のトラブルには発展せず事件は終息に向かいつつ有るのを見てやや安堵し始めた所であった。

 さすがにシンシアと事件の関連性に気づく人間はいないようであった。これ以上シンシアに問題が起きないうちにシンシアのコントロールを確立しなくてはならなかった。


「マリア。」


 夕食が終わると珍しくシンシアの方から声をかけて来た。

「どうしたの?シンシア?」

「申し訳ありません。どうも私に嫌疑がかかっているようです。」


 マリアは驚いた。シンシアの能力を超えてシンシアに目星を付けた人間がいたのだ。

「なんですって?公安が動いているの?」

「いえ、地元警察のようです。最初何度か気になる人がいたので調べてみたところ警察の人間でした。」

「地元警察が?どうして?公安は動いていないの?この事件は公安の担当だった筈よね。」

「公安は全く気がついていない様子です。」


 つまり地元警察が独自にシンシアの存在を割り出したようだ。

「警察から公安への連絡は?」

「その気配は有りません。」

「どういうことかしら?公安と警察は連絡を取り合ってはいないのかしら。」

 シンシアはあの事件以来ずっと警察と公安の動きはモニターしてきており、何かがあればすぐに気がついた筈である。


 シンシアは戦争を回避しろとのマリアの命令を忠実に実行し警視庁のコンピューターを探っている際に重要事項とされるエリアに極秘と書かれたファイルを発見した。

 何重にもロックがかかっていたがシンシアには全く障害とはならず、中のファイルを確認すると病院テロ事件の詳細なデーターが残されており、公安のものよりはるかに実際の状況が正確に示されていた。

 無論公安の報告書ファイルも同様に入手してみたが、殆ど証拠となるような解析はなされておらず、ただ別の事件の公安の殉職者の中にテロ事件の犯人と同一人物のデーターが有ったのを見つけた。


 シンシアはそのデーターをレグザム自治区とバラライト自治区の外務省と新聞社に送りつけのだった。


「わかりません。しかし病院の事件の捜査データーは公安と警察は全く違っていました。その事から考えてもあの事件の捜査には警察と公安の協力関係がなかった事は推測出来ます。」

「警察と公安は対立していると言うのかしら?」

「その可能性は高いのではないかと思われます。」


 マリアはシンシアが送りつけたデーターは見ていなかったが概要はシンシアから聞いていた。

 明らかにあの事件は連邦が公安に命じた捏造のテロ事件であった。それが白日のもとに晒されてしまったのだから連邦の権威は地に落ちてしまった。

 無論連邦内のマスコミは殆どその報道を行わず一部の地方紙のみがこの事件を扱ったに過ぎず、殆どの国民は真実を知ることはなかった。


「それじゃなんで警察がシンシアに目を付けたのかしら?」

「わかりません。その後全く追跡の気配がなかったにも関わらず、この家を発見されてしまったもようです。今日マリアの後をつけていた警官がいたので判りました。」

「え?本当なの?」マリアは驚いた。

 自分が全く気が付かなかったのは仕方がないとしても、シンシアの目を出し抜いてマリアにたどり着いたことは驚くべき捜査能力である。


「彼らがマリアに危害を加えるとは思いません。それより私の事を知られると面倒なことになる可能性があります。」

「警察は今回の事をどの程度掴んでいるのかしら?」

「おそらく何も掴んではいないでしょう。あの病院の関係者で完全義体の人間を調べていてたどり着いたのかと推測されます。」

「ねえシンシア、なんとかならないかしら。」マリアはうろたえていた。


「対処を考えましょう。」

 シンシアの言葉にマリアは慌てて付け加えた。

「その人を殺しちゃだめよ。」

「はい判っています。」


 シンシアがこう言うからには何か策を考えるだろう。


 それにしてもシンシアの恐るべき能力の一部を利用している自分は何なのだろう。そう考える事が良くある。

 シンシアは私を信じ私の命令を聞いてくれる。しかしもしシンシアが私の命令を聞かなくなった時に、果たして人々はシンシアの行動を正しい方向に導けるのだろうか?

 もしそれに失敗すれば人々は恐ろしい厄災に巻き込まれる事になる。あのテストコロニーのように。


「マリア。来月はあなたの子供が生まれます。それまで大事にして下さい。」

「うん、そうだね。アランの子供だもの。」マリアは嬉しそうにお腹をさする。

 アランは死んでしまったけれど私のお腹の中にアランの子供が居る。そう思うだけでマリアは幸福な気分になれたのだ。


「私にとってはマリアの安全が最優先課題です。私は全力を上げてあなたとあなたの子供を守ります。」

「ありがとう。シンシア。」

 シンシアが何故このように言ったのかは判らなかったがシンシアが徐々に人間的な価値観を見につけ初めて来ているとマリアは信じたかった。

 

 


 数日後コグルは病院の前でシンシアを待っていた。

 ところが退社時間になっても出てこない。病院に聞くともう帰ったとのこと。どうやら裏口から出て行ったみたいだ。

 やむを得ず次の日は自宅の前で張っていた。


 すると娘は自宅の直前で道を曲がった。慌てて後を追う。娘は今度は姿をくらまさず歩いていた。

 後を付けるとエレベーターで工場階層に降りて行く。既に工場は終了している時間である。エレベーターを降りると娘はしばらく歩いていった。やがて狭い道に入ると振り返った。


「何の御用でしょうか?」表情も変えずに娘が尋ねた。

 罠か?コグルもこの娘が自分を誘い出していることに感づいていた。しかし彼女が自分に危害を加える理由は無い。

「あなたとお話がしたかったんですよ。」

「お友達とご一緒にですか?」娘は不可解な事を言った。


「お友達?いや私はひとりだが?」

「それでは後ろにおられる方はお友達では無いのですね。」

 コグルは後ろを見るが誰もいない。時間外なので証明は薄暗く落とされている。しかし何かが動いて大柄な男がふたり姿を表した。


「あ、あんた奴らのことを知っていたのか?」

「はい、家の前からずっと。」

「逃げろ娘さん奴らの狙いはあんただ。」

「はあ?」娘は不思議そうな顔をして言った。

「いいえ彼らはあなたのお友達でしょう。あなたの後に付いてきましたから。」


 コグルは彼らの目的が分かった。コグルを真空の中に放り出すつもりだ。くそっこの娘やはり奴らの仲間だったのか。


「きさま俺をどうするつもりだ?」コグルは娘に詰問した。

 コグルはシンシアの腕を握った。その瞬間判った。この娘やはり義体だ。暖かく柔らかい体ではあるが、重さが違った。持った瞬間に判る。

「それは彼らに聞いてください。あなたのお友達なのでしょう。」

 娘は何ら抵抗すること無くコグルに答える。


「あんた奴らの仲間じゃないのか?」

「初めてお会いする方です。」

 男たちがこちらに向かって走り始めた。足音が重い、明らかに義体だ。ひとりの男が何かをポケットから出した。

「あなたのお友達でないのなら逃げたほうが良いのでは有りませんか?」

「くそっ!貴様はめたな!」

 コグルはシンシアをおいて走り始めた。


 男たちがシンシアの脇を走り抜けようとした時いきなりふたりとも何かにつまずいたように前に吹っ飛ばされた。

「ちっ、なんだ?」

 慌てて起き上がった男たちの目にゆっくりと後ずさる女の姿が見えた。

 その瞬間、脇道から飛び出してきた大型トラックがふたりの男をなぎ倒し、男達もろとも反対側の壁にめり込んだ。

 呆然とその様子を見ていたコグルでは有ったが、我に返ると現場に戻った。


 大破したトラックは壁にめり込んでいたが直ぐ近くに通用門があった。コグルは銃を取り出すとドアの鍵を打ち壊し中に入る。

 建物の中にはふたりの男が倒れていた。体はかなりの損傷を受けていたが血は全く流れていなかった。やはり義体だ。


 コグルはふたりの方に銃を向けると叫んだ。

「貴様俺になんの用だ!」

「し、知らねえよ。」

 男たちはまともには動けないようであった。近くにスタンガンが落ちていた。コグルはそれを拾うとふたりの体を調べた。すると特公の身分証明書が出てきた。

「貴様特公だな?」

「連邦公安捜査局の特務公安部隊だ。」男が訂正する。


「それがなんで俺を付けてきた?」

「俺達は偶然此処を通りかかっただけだ。」

「ほう、それじゃあこれはなんだ?」

 コグルは男が持っていたスタンガンを見せた。外傷を与えず瞬時に気を失わせる道具だ。

「ご、護身用だ。」

「特公のサイボーグがか?」


「いずれにせよ貴様らには聞きたいことがある。」

「救急車を呼んでくれ俺達は事故の被害者だぜ。」

「うるせえ。殺しても死なねえ体のくせに贅沢をいうな!」

 男たちが動けない事を確認するとコグルは外を見た。娘にも聞きたい事がある。しかしすでにそこには誰もいなかった。

「おっさん、あの女あんたのコレかい?」下卑た顔で男が尋ねる。

 コグル思いっきり男の顔を蹴ったが足の指を痛めただけであった。



 ふたりを警察に連行し、取調べを行ったが、知らぬ存ぜぬを繰り返し、挙句の果てが弁護士が不当逮捕と怪我人を放置したと抗議された。


 スタンガンの所持だけではこれ以上の勾留は出来なかった。

 何より公安から上層部への強い圧力が有ったようだ。署長が泣きそうな顔でコグルにこれ以上面倒を起こさないでくれと頼まれた。

 結局手続きは上層部の独断で行われ二人共釈放せざるを得なかった。

 理由はわからないがあの娘は俺を助けてくれたらしい。少なくともこれで公安も俺を狙うことはもう無いであろう。コグルはそう思った。


「要するにあの娘にはもう手を出すなと言うことか。借りができちまったのかな?」



  *   *   *

 


「くそう、ひどい目に有ったぜ。」


 コグルを狙った男たちは修理工場に持ち込まれた。トラックに押しつぶされた体はかなりガタガタになっていた。

「馬鹿者があんな無様な事をしおって。」ジダンが横で怒鳴る。

 ジタンは地元警察に圧力をかけマスコミに事件が流れないうちに早々に彼らを引き取ってきたのだ。

「しかし無人のトラックがいきなり飛び出してきたんですぜ。」


「あんな所におびき出される方が悪い。これではあの事件がわれわれの仕業と白状したような物だ。」

 ただでさえ先日の病院テロの事件の失敗でジタンの立場は非常に危ういものになっているのだ。

 幸い連邦自体が非難の対象となった為に逆に誰も処分する事が出来なくなってジタンも助かったのである。

 そんな時に跳ねっ返りの行動を取られたのであるからジタンの怒りは半端ではなかった。


「あのトラックはあの警部の罠だったのかな?」

「もしあれが罠だったとしても引っかかったお前たちが悪い。

 だいたい人気のない工場フロアにおびき出されて、尻尾を振る犬みたいに喜んで餌に食いつくバカがどこにいる。」


 この連中の頭のなかは全くの空っぽのようだとジタンは思った。とにかくおとなしくさせておかなくてはならないだろう。

「いずれにせよ奴らの背後には相当大きな組織がいることが判った。これからは組織体組織の対決だ。これ以上は迂闊な行動はとれない。我々の動きは完全に向こうに筒抜けになっているようだからな。」


 いくらなんでもこれ以上トラブルを起こされてはかなわない。特攻の連中はみんなこんな豆腐頭だったとは思いもよらなかった。


「此処からは慎重の上にも慎重に行かないと今回のように足元をすくわれることになるんだ、判ったか。」

「コグルはどうします?」

「どうしようもあるまい、どうせもう少し状況が判るまでは動けない。体が治るまではおとなしくしていろ。」

 ジタンは少し怒りが治まって落ち着きを取り戻す。。

「しかし本部長コグルが付けていた女はいったい何だったんですか?」


 女と言われてジタンにも引っかかる物があった。今回あのテロ事件を妨害した相手のひとりは女だったらしい事が判っている。

 無論看護ロボットである可能性の方が多かったのだが。


「今回の事件と関係あるのか?」

「いや、わかりません。そもそもなんであの女の後を付いて行ったのかも。」

「何の確証もなくその後をノコノコ付いて行き、あまつさえ見つかってトラックに引かれたのはどこのどいつだ。このバカどもが。あの警部が一体何の為にあの女の後を付けていたのか判っているのか?」

 ジタンにしてみればこの事件は終わったことでは有るが、万一女がハッカーの一味だったら今後のためにもマークしておく必要は有る。


「判ったその女の事はこちらで調べる。顔写真を送ってよこせ。お前らは当分の間兵器開発局でおとなしくしていろ。」

「判りました。」

「アイアイサー。」

 二人は大声を張り上げた。

「もういいかね。そろそろ作業をしたいんだがね。」修理班の技術者がジタンに聞いた。


「ああ、もう結構だこのバカどもの脳みそもついでに交換しておいてくれ。」そう言ってジタンは出て行く。

「全くこんなに壊しやがって官給品だと思って粗末にするんじゃないよ。」

 技術者は壊れた腕を無理やり引っこ抜く。

「おい爺さん、乱暴に扱うなよ。」

「ごちゃごちゃ言うなら手と足を逆に付けてやろうか?」

 技術者は古い腕を抱えて新しい腕を探しに行った。


「確かに間が悪かったよな。宇宙に放り出してやろうと思ってコグルの後をつけて行ったらあんな所におびき出されてよ。まさかトラックをぶつけて来るとは思わなかったからな。」

「あの女一体何者なんだ?最初はただの民間人かと思ったが俺たちを投げやがったものな。」


 デンターもまさかあんな無害そうな女に足を引っ掛けられてすっ転ぶとは思ってもいなかったのだ。

 二人とも150キロはあるのだ。足を引っ掛けられても転ぶような事はない。あ女は相当の熟達者と言うことになる。

「さすがに生身の人間じゃねえだろうがあそこまで義体を操れるとすれば只者じゃねえ。やっぱり病院テロで噂になっている女コマンダーかな?」

「どうかな?どう見ても標準型の義体に見えたんだかな。」


 バトルサイボーグはそれなりに大きく骨格も大きく作っている。しかし女生体型の義体では骨格を大きくは出来ない。それ故に出せる力にも限界が有るのだ。


「だとすると警察とテロを妨害した連中は裏でつるんでいることになるかも知れねえな。」

「ますます許しちゃおけねえや。」

「だがよう、俺達は当分閑職だぜ。」

「何を言っている。本部長の本心はぜんぜん違うんだぜ。」

 意外なことにデンターはジタンの発言を全く違う意味と捉えていた。


「どういう意味だ?」

「俺達は兵器開発局に配置転換されるんだぜ。」

 デンターはなんだかそれが嬉しい事の様に聞こえる。

「どこが嬉しいんだ。俺達は開発兵器の実験台にされるんだぜ。毎日新兵器相手にドッカン、バッタンだ。」

 バクシーは肘から先がなくなった腕を振り回した。

 やっぱり腕がないとどうにも様にならない。


「わかんねえのかよ。俺たちに開発中の新兵器の実験をするんだぜ。誰にも知られていない兵器のよ。事故だっておきらあ。」

 デンターはそう言ってニヤリと笑った。

「だがよ、コグルに手を出すなって言われているぜ。」



「事故だよ、事故。事故はどうしようもねえもんな。実はな俺には兵器開発局には面白い友達が居てな。」

「ん?………?」


アクセスいただいてありがとうございます。

逆恨み程恐ろしい物は有りません。

理屈も糞もなく一方的情念によって相手を呪い殺す。

くわばらくわばら…以下次号


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