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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
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独立自治区

 レグザム自治区のメルビール・アトン知事は出来上がったばかりの公邸の窓から外を眺めていた。


 コロニーの最内部に有る知事公邸の窓からはまだ植え付けられたばかりの木々が見える10年後には見事な緑地へと変貌するだろう。

 天井には発光パネルを貼り付けたセンターシャフトが見え数十本の垂直シャフトがそれにつながっていた。

 あのセンターシャフトの内側には空港が設置されている。


 コロニー最内殻はこの知事公邸と議会棟を除けば後は殆どレジャーと自然施設予定地になっている。

 シャフトの両脇はせり上がっておりコロニーの内殻が見えないようになっている。

 人々はそこを山として楽しむことが出来るようになっており、平野部では遊園地や図書館レストランなどが点在し、牧畜や林業なども営まれているようになる。


 最内郭は全てが自然との調和をテーマに作られており、本来政治施設などをこのような場所に作ることはアトン知事の望む所では無かった。

 しかし議会対策としてこのような施設を作らざるを得なかった。本来この様な施設はセキュリティーの面からもこの様に開放された所に作るべきではないのだ。


 もっとも議事堂と公邸とそれに付随する役所関係の施設は地下に気密隔壁に囲まれた部分に作られており、何か事故が起きてもこの区画は最後まで存在できることになっている。

 この様な気密区画は大型の体育施設や球技場なども同様な構造になっており、人々がそこに避難することによりコロニー事故の危険性を分散させる事が出来るようになっている。

 万一戦争などで直接の攻撃を受ければ議事堂区画といえども生存の可能性は決して高くない。


 それでもやはり議員というのは国の最大の既得権益者であり自らの為に最高の場所を要求するものであることをアトンは知っていた。

 国民に使役する議員というものが国民の上に立ち国民の支配者であると勘違いをしてしまえば、それはバラライトと変わることはない。

 むしろ人々が権力を持った時必ず目指すのが独裁者である事を肝に命じなくてはならなかった。

 それ故にこのような場所に公邸を作り国民を見下ろすような建物を作ることには反対の気持ちが強かった。

 しかし議員という者は権力を持ち、それが具体的な形として見えることを望むものであり、この様な施設を要求するのである。

 俗物と言ってしまえばそれまでだがその様な意識を人間から無くすることは難しいのであろう。


 このアントワープ・コロニーはレグザム自治区が自主制作した3番目のコロニーである。

 現在の木星ではコロニー公社によるコロニー製造の独占状態が続いており、その工事規模からして他の者がコロニーを作る事は資金面からしても現実には不可能であった。

 それ故自治区といえども全ての木星の住人はコロニー公社にその使用料を支払って賃貸しなくてはならなかった。


 各コロニーにはコロニー管理会社が作られコロニーの管理やメンテナンスが行われている。

 その仕事による利益はバラライトに上納され実際に仕事を行うのはレグザム自治区に集ってきた様なサイボーグの技術者達である。

 それでもサイボーグ化され真空中での作業は生身での作業より安全であり給与も高かった。

 多くは地球からの卵子移民で生まれた者達であるが彼らがそれなりの生活を送れるほどの収入を得る最も手近な手段が自らの完全擬態化に有ったのだ。


 アトンの曽祖父はそう言った完全義体の仕事で資金を作り会社を興して成功した人間のひとりであった。曽祖父は5人の子供を設けその子供のうち3人は自ら義体化を望んだ。父親の仕事を継ぎたかったのである。

 しかしサイボーグは普通の人間より長生きする。老化する身体が無いのである。頭が回る限りはエネルギッシュに仕事を続けられる。その曽祖父が曽祖母を無くした時にその失った物の大きさに気がついたのだ。

 曾祖母は82歳でなくなったが人工器官治療を拒否し生身のまま死んで行った。


 曾祖母は夫も家族もとても愛していたという事であった。しかし自分の産んだ子供が自らの肉体を捨てていく事を強く悲しんでもいたらしい。

 曾祖母はそのことに付いては何も言わなかったようであるが、人工器官治療の拒否はそれに対する唯一の抗議の姿勢だったのかもしれない。


 曽祖父は曾祖母の死によって初めて妻の思いを知ることになった。そしてそのために失ったものの大きさを改めて感じることになった。

 老いていく妻は老いることの無い自分をどのように見ていたのであろうか?最後に握った妻のか細い手の感触を義体の手は十分に伝えてはくれなかったのだ。


 そして義体化した自分の息子達にそれを許した自分の行為を恥じたそうである。


 義体化したその体では孫の体の柔らかさも暖かさも感じることが出来なかったのだ。物を食べる喜びも汗をかく事の充実感も味わうことが出来なかったのだ。

 曽祖母が亡くなってすぐに曽祖父は会社を子供に譲ると政治結社「木星の風」を創設し、それまでに知り合ったサイボーグの経済人達に卵子移民達の為の新たなコロニーの制作を呼びかけたのだ。そして出資を呼びかけると思った以上の資金が集まり、レグザム製機を設立する。


 コロニー製造のノウハウはコロニー公社の下請けで仕事をしてきたサイボーグたちには十分なものであった。図面はコロニー公社の物がいくらでも手に入った。無論設計に関わる技術者も十分に居た。

 彼らにとって自主的なコロニー製造に立ちはだかる壁は資金的なものでしか無かったのだ。


 曽祖父は自らロケットに乗り木星の衛星の一つをカリスト軌道に載せ、コロニー製造を開始した。

 するとすぐにバラライトからの妨害が始まった。木星連邦は政治結社「木星の風」を反社会的組織として糾弾し始めたのだ。事実などはどうでもよくマスコミを押さえた彼らはどうとでも世論を誘導できたのだ。

 それでもこの頃はまだそれ程の妨害工作を受ける事は無かった

 5年の歳月をかけ直径2キロ全長5キロのコロニーの外郭が出来上がった。更に10年の歳月をかけ内部工事を行い調整試験を繰り返しようやくコロニーとしての機能が出来上がった。


 レグザム自治区最初のミュウズ・コロニーの誕生の時であった。


 当初は2000人程で始まったこのコロニー工事も今では10万人規模にふくれあがっていた。曽祖父はこのコロニーの完成を見届けると後を息子であるアトンの祖父に託して亡くなった。

 この時点で会社組織から自治組織への転換が行われた。出資者対する返済資金を捻出するために会社組織のままではいずれコロニー公社と同じ道を歩くと懸念した幹部たちの決定であった。自治組織がレグザム製機の持ち株会社となったのだ。


 最初のコロニーが出来上がるとすぐに2番めのコロニーの製造に取り掛かった。この時期には輸出産業などは全くなく仕事といえばコロニー製造事業だけであった。半分の住民は外貨を稼ぐために出稼ぎに出てコロニー公社の下請け作業を行っていた。

 2番めのアレクセイ・コロニーは直径4キロ全長15キロの大型コロニーであり、外郭の製造に7年かかった。


 この時点で自治組織を解体しレグザム自治区を名乗ることになった。


 ミュウズ・コロニー製造まではたかをくくっていた木星連邦もアレクセイ・コロニーの外郭製造の終了を見て自分達のテリトリーを犯されたと考えた。

 バラライトは木星連邦を使って露骨な妨害工作を行い始めた。経済制裁を行い資金の流入を妨害した。もっともバラライトの意向を気にしない自治区も有り、バラライトの自治区政策の弱点がここで露呈した。

 いずれにせよ彗星や衛星の移動作業を行っていた人間の大半はサイボーグでありその多くはレグザム自治区に参集してきており木星連邦としても彗星確保や衛星移動、コロニー外郭工事などにどうしてもレグザム自治区に仕事を依頼しなくてはならなかった。


 業をにやしたバラライトは木星連邦政府を動かしカリスト軌道に木星の衛星を移動してきた。コロニー公社の新コロニー製造の為であるとしていた。

 しかしカリスト軌道上にコロニーを作っても木星連邦の住人が移り住む筈もなくコロニー製造は延期された。

 その間衛星の防衛のためと称し木星連邦の兵士がこの小衛星に基地を建設し常駐するようになった。レグザム自治区の監視と防衛のためである。

 カリスト軌道上に勝手にコロニーを製造したレグザム自治区としてはこれを阻止する手段を持ち得なかった。


 既に製造プラントは順調に稼働していたが、内郭の製造には更に20年の月日を要した。

 木星連邦によって経済制裁を受けていたレグザム自治区は食料の自給率の関しては特に注意を払った。

 工作機械などの先進機器はどうしても輸入に頼らざるを得なかったが、その工作機械によって新たなる工作機械が作れる。

 食料の確保さえ順調であれば時間とともに新しい機械によってコロニーの製造は進展していくのである。


 いまやレグザム自治区の半分の人間はコロニー製造作業に従事し、残る半分の人間によって食料と生活サービスが行われていた。

 この時期のレグザム自治区は皆貧しかったが新たなるコロニーが完成ずれば飛躍的に人口が増え資金的にも余裕が出来ることを信じて疑わなかった。

 アレクセイが竣工すると木星中から差別を受けていた卵子移民の子どもたちが集まってきた。

 しかしその人数は当初の目論見の半分ほどでしか無かったのだ。レグザム自治区は資金の返済に窮するが、その頃になると木星連邦内に彗星捕獲の技術者がいなくなってしまったのだ。


 コロニー製造はガニメデ衛星軌道上に住まわなくてはならないが資源衛星確保のためにはどこに住もうが同じである。そう考えた人々はみなレグザく自治区に移り住んできていたのだ。

 レグザム自治区は資源衛星確保の仕事を受注することによりなんとか息を付くことが出来、資金の返済も出来るようになっていった。


 既に時代はアトンの父親の時代になっていた。


 アトンの父はコロニーの防衛産業に従事することになっていた。この頃からレグザム自治区は防衛力の整備に取り掛かることになる。

 資金的に余裕の有ったアトンは高校生の頃から木星連邦のヴァハ・コロニーに留学していた。父の勧めで高校は公立に入ったがやはり卵子移民の学生が多かった。

 学校の授業では義体化に対する適性試験などが必修化されており授業内容も義体化に関するメリットなどが強調されるものであった。


 アトンは主席で高校を卒業すると名門の私立大学に進学した。そこでの考え方は高校とは全く反対の物であった。

 義体化するものは卵子移民などで得体のしれない先祖を持つ卑しい者達であるという意識が強く蔓延していた。バラライトに繋がる者達も多く比較的裕福な学生が多かった。

 アトン自身は先祖が卵子移民で有るということは知られておらず仮に知られてもそれ自体は大したことでは無かった。全員元を正せば似たようなものだったからだ。


 しかし木星連邦内で地位を持った者達の傲慢な考え方をそこでは強く感じざるを得なかった。そして「木星の風」に関する悪評が思った以上に蔓延していることに驚かされる。

 両親がはっきりしている人間たちの卵子移民に対する軽侮の意識はその教育によって抜きがたい所に来ていた。公立と名門私立による教育の違いが恐ろしいほどここではハッキリ分かれていた。

 ここでは「木星の風」は木星連邦に楯突くテロ集団であるとされていたし、レグザム自治区はテロ支援国家とされていた。アトン自身の出自によって嫌な目に有ったことも一度や二度では無かった。


 若いアトンにとってはこの時の経験がその後政治家を目指す大きな動機になったことは間違いなかった。


 アトンが大学を卒業してレグザム自治区に戻るとアントワープ・コロニーの製造が始まっていた。

 アトンは政治家を目指し外務省に入り、外交官勤務を歴任し各国の機関との交渉にあたった。この時感じたのはとにかくレグザム自治区への風当たりの強さであった。

 対応する人々は皆にこやかに対応するが裏に入れば卵子移民の子孫と言って軽蔑した考えを持っていた。中にはその思いを隠そうともしない財界人までいた。

 アトンは現在の木星連邦の最下層で人々の大地を作っている自分達がこれ程の軽侮の対象となっていることに耐えられない憤りを感じていた。


 その頃から木星連邦の各所でテロと思われる犯罪の捜査に関して度々交渉に当たることが有った。しかし調査しても該当するような事実が無いにもかかわらずマスコミ各社は一斉にレグザム自治区の犯罪と報じていた。

 これは誤報ではなく明白に操作された情報であることは間違いないと感じていた。木星連邦はレグザム自治区が邪魔なのであろう。

 その時の経験からアトンは外務省に各コロニーに駐在員を置くことを進言した。駐在員は常に数人の情報提供者を雇いコロニー内の事件の情報を収集するという任務を受け持つことになる。

 アトンの提案は承認されこの時期からレグザム自治区の連邦内での情報収集は活発化した。


 時を同じくして「木星の風」を名乗る活動団体が各所で活動を始めた。

 卵子移民の子孫たちて作られた自治区での受け入れが徐々に進んでいく中、必然的に卵子移民に対する差別の撤廃にむけた動きが活発化してきた。

 彼らの活動はデモやビラ配り程度であり統一的な活動では無かった。共通しているのは卵子移民に対する差別の撤廃と義体化の反対運動であった。

 卵子移民制度の撤廃については各団体に温度差が有り容認から撤廃まで幅広く存在していた。


 この時期アトンはこの復活した「木星の風」に関しての情報収集のまとめに関与した時期があった。何より曽祖父達が立ち上げた政治団体と同じ名前を使う活動集団である。先祖のなしてきたことがここで復活したことに関してはいささか複雑な思い出はあった。

 大半の活動家は穏健派であり過激な行動を取るものも少なかった。しかし一部急進的な行動を取るグループも幾つか現れ始めた。

 背後関係を調べると資金提供を受けている組織も幾つか存在していたようである。しかしレグザム自治区内を調べても彼らに資金提供を行っている者は見つからなかった。


 いくつかの情報提供者の情報によると、どうもバラライト自治区の関係者からの資金提供のであると推察せざるを得ない状況が見て取れる。

 アトンはレグザム自治区とバラライトとの水面下での戦争が既に始まっていると確信した。それがアトンの政治家への転身のきっかけであった事は間違いなかった。


 レグザム自治区創始者のメンバーを曽祖父に持つエリート官僚あがりのアトンはすぐに政界入りするとあっという間に頭角を表し外務大臣に就任すると外交戦略と情報収集に特に力を入れた。秘密裏にハッキング専門の部門まで作って情報の精度を上げた。

 その間「木星の風」を名乗る過激派集団によるテロ事件が何度か発生し、その都度木星連邦が行ってきた情報操作をこのハッキンググループが食い止めた実績すらあった。


 徐々にレグザム自治区への移住希望者が増えてくるとコロニー公社の独占体制の崩壊の危険性を感じたバラライト自治区は露骨な反レグザム政策を取り始め、レグザム自治区への木星連邦政府への参加を求めてきた。

 しかしそれはレグザム自治区の上部組織に木星連邦が存在することとなる。木星連邦を実質的に支配しているのはバラライト自治区であり、レグザム自治区の木星連邦参加はバラライト自治区の支配を受け入れることに他ならなかった。


 そんな状況の中アトンはレグザム知事選挙に出馬することになる。


 木星連邦への参加を推進する候補とレグザム自治区の独立を主張したアトンとの間で選挙が行われ圧倒的多数でアトンが45歳の若さで選出されたのである。

 アトンの知事就任を受けて木星連邦は態度を硬化させた。それまで起きていたいくつかのテロ事件の首謀者として一切の証拠が無いにもかかわらずレグザム自治区をテロ支援国家の指定を行ない経済制裁を強めた。

 しかし当初より食料自給率にこだわって設計されたアレクセイ・コロニーでは当初移民人口が予定より少なかった為大幅に余剰食料が出てしまった。

 当初は外貨獲得のためにこの余剰食料を他のコロニーに輸出していたがこの食料の品質が高いと評判が出来ると徐々に売上を伸ばし始めた。


 一方テロ支援国家として先端技術の輸出を禁じられていたがそれに対し地球からの支援輸出の交渉が成功し木星製より良い商品が入るようになってきた。

 一方木星連邦としても地球との契約の問題が有り彗星捕獲作業はレグザム自治区に依頼せざるを得ず結局は状況は膠着したままであった。既にアントワープ・コロニーの外郭は完成し、内郭工事も順調に進んでいた。直径6キロ全長20キロの大型コロニーである。

 未だ住人の数はそれ程多くはない。しかし十年後の遷都を目指し準備は順調に進んでいる。このアントワープ・コロニーはレグザム自治区の輝かしい勝利の記録として末永く讃えられることになるだろう。


 アトン知事は就任するとすぐにこのコロニーの視察に訪れた。レグザム自治区の未来の方向性を示すことになる大地を確認したかったのだ。執務室から見える景色はこれまで多くの先祖たちが血のにじむような思いで作ってきた大地だと言う事をよく理解していた。

 建国当初から考えられてきた食料政策が結局最後には国の危機を救っている。この政策を継承しながら技術力を高めて独自の道を模索するのがアトンに託された使命であった。

 それはコロニー製造技術であったが、資本力で圧倒的な差のあるコロニー公社に立ち向かえる技術でないこともまた事実である。もしそのような野心を持てばそれこそバラライト一族によってレグザム自治区は討ち滅ぼされるだろう。

 今はじっと耐えるときであった。力を付け技術力を磨き将来の為に国の力を蓄える時であった。


 そしてアントワープ視察から帰ったばかりのアトン知事の所へ驚くべき報告が飛び込んできた。「木星の風」の病院テロの報告である。


「直ちに情報の収集に努めろ。そして『木星の風』の国内組織と連絡を取ってどの組織が関わっているのかの確認と、直ちに犯行の否定声明を出ささせてくれ。」

 アトン知事は直ちに対策会議を招集し対策に乗り出した。情報はまださほど定かではないがどうやらテログループがシドニア・コロニーに有る病院を制圧して患者を人質に取ったようである。


「ハッキンググループは既に行動を開始しています。病院、警察に狙いを絞ってハッキングを開始いたしました。」

 ハッキンググループはカリストに本部が有るが実態は。木星連邦の各自治区に分散して活動している。

 こちらの情報ハッキングは同時に相手の情報ハッキングであり、カリストとガニメデでは通信衛星を介するために情報漏えいの危険と常に背中合わせだからである。


「現在の状況は地元警察と公安が病院を取り囲み膠着状態が続いているようです。彼らは武装しており卵子貯蔵庫、または人口出産室の破壊が目標と当局では見ているようです。」

 既にテレビではそのニュースが全面的に報道されていた。ニュースの見方ではレグザム自治区が裏で暗躍しているというニュアンスの報道が多かった。


「一部の跳ね上がりの行動でしょうか?」

「武装していると聞いている。もし施設を爆破するとなったらそれなりの装備と人数が必要だ。こちらの調査では資金援助しているところはあるのか?」

「基本的にうちは資金援助はしていません。表立った移住キャンペーンは貼っていますが、そう言った市民団体への資金援助の実態は有りません。」


「君はどう思う?」アトン知事は公安部長に尋ねた。

「やはりこれもまたレグザム自治区の後ろ盾の可能性が高いですね。」

 閉鎖的なコロニー内部で銃器や爆発物の手配は相当に難しい事である。それなりの組織がなければ用意は不可能であろう。


「状況を見守る以外に手立では無いが、もし本当に人口出産室の爆破などが行われた場合国際世論は我が国に非難を集中させる事になるだろうね。」

「言うまでもないことです。もしこれが本当に胎児の虐殺事件となればおそらく木星連邦による我が自治区への侵攻の口実になりますからね。」

「しかし、自国の国民を殺してまで我が国に進行する為の偽装テロ事件を起こすでしょうか?」


「戦争が始まれば自国の若者が死ぬのだ。彼らにとって卵子移民の胎児の死など歯牙にもかける事ではないのだよ。」

 長年外務省で情報収集を行ってきたアトンにとっては、国というものが多くの場合そのような人間によって支配されているということを知っているのだ。


 アントワープ・コロニーが完成し、その技術力を木星中に示したレグザム自治区をコロニー公社がほうっておく筈がない。

 仮にこれで木星連邦によるレグザム自治区への侵攻が無かったとしてもこれでレグザム自治区によるガニメデ軌道上のコロニー製造は不可能になる。それ程コロニー公社に取って我が自治区は脅威に値するのだろう。


「病院と言えば看護ロボット用の大型コンピューターが有るはずだ。そこに侵入出来ないだろうか?」

「セディアにですか?いやそれはさすがにこの短時間では無理ですね。」

 そこに侵入できれば看護ロボットを使って情報の収集が出来る。うまくすれば犯行を止められるかも知れない。アトンはそう思った。

「自立思考型コンピューターのセキュリティはむしろ自立思考の基本コンセンサスに反する行動には抵抗するという形で作られていますからコンピュータに侵入できてもプログラムの改変でもしない限りそれは難しいことですね。」

 ハッキング部門の責任者はそう否定した。


 どちらにせよこの段階でレグザム自治政府に出来る事は無い。せいぜいアトン知事がレグザム自治区が今回の事件とは無関係であると声明を発表する位の事しか出来ないのだ。

 アトン知事は全てのコロニーの駐在員と情報提供者に、あらゆるチャンネルのニュースと新聞雑誌などの記事、他にも個人が発するニュースなどの記録を集められるだけ集めて保存しておくように指示した。

 今後この事件の経緯を確認する上で必ず有用になると確信していたからだ。


 ところがアトン知事が声明を発表した直後に事件は特公とSWATの突入により急転直下解決し、卵子貯蔵庫にも人口出産室にも被害は無かった。


 情報を収集するとどうにもおかしな事が多かった。

 特公との戦闘でテロリストの半分は殺害されたとされたものの施設への被害は報告されておらず卵子にも胎児にも被害が出ていない。一体どこで銃撃戦を行ったというのだろうか?

 テロリストだけを殺し一発の流れ弾も出なかったと言うのだろうか?


「ありえませんよ。そんな事。」

 SWATの責任者がそう言っていた。つまりこれはヤラセだと言うことらしい。しかしテロリストの遺体の搬出は目撃されており誰かが死んだことは間違いなさそうである。

 もっとも毛布にくるまれたそれが本当に遺体かどうかは確認のしようもなかったのだ。


――やはり我が国に汚名を着せるための手段だったのだろうか?――

 外交畑を歩んできたアトンにしてみれば木星連合の考え方は手に取るように分かった。


 案の定事件が収束した次の日に早速事件の首謀者は「木星の風」を名乗るテロリスト集団であり、レグザム自治政府の支援を受けた卵子移民に反対する原理主義者による病院襲撃事件として報道された。


 アトンは調査員をシドニア・コロニーに派遣し情報を集めると共に、各報道機関の情報を元に時系列上に状況を再現してみた。すると襲撃から5分から10分で特公が出動して現場に到着したことになる。

 やはり事前にこの事件が起きることを察知していたと言うことになる。

 一方病院からの聴きこみでも被害にあったのは銃撃された人間たちだけで卵子室にも胎児室ににも全く被害を受けてはいないとの事であった。


 しかし病院では看護ロボットの使用が中止されており、ニュースに有った通り特公による看護ロボットのハッキングに成功し犯人を取り押さえることが出来たという発表は事実のようで有った。

 コンピューター部門の人間は、もしそれを行うことが出来たとしたらそれこそ何ヶ月も前から準備しないと不可能だとの見解を示した。ますます木星連邦による謀略ということが真実味を帯びてくるが証拠となるような物を用意は出来なかった。


 ついに木星連邦政府は正式な発表として人工出産室爆破未遂事件を『木星の風』の犯行と断定した。そしてレグザム自治区がそのテロ組織の支援をしていたとして自治区内の捜査に協力するよう申し込んできた。

 アトンは閣僚たちとその事に付いて討議した。閣僚全員に捜査協力という名目で証拠を捏造されたのではたまらないという意識が強くあった。

 木星連邦と言っても実質的にはバラライト自治区による査察と何ら変わることはない。現在の木星圏には第3者といえるようなものは無いのだ。


「だからといって木星連邦の捜査協力を拒否すればそれこそ我が国に対する侵攻の理由にされかねません。」

「木星連邦には第3国と呼べるような存在も組織も無い。このまま我が国が侵攻を受ければどうなる?」

「我が国はかろうじてコロニーが出来上がったばかりです。防衛体制はおろかまともな軍備も有りません。しかし我が国はガニメデからの距離が有りますから仮に侵攻を受けても水際での防衛はかなり成果を上げられるでしょう。しかしカリストを回る小衛星が有ります。あそこに戦力を集結されたら打つ手がなくなります。」


 アトンは頭を抱えて押し黙った。もし戦争が起きなくとも今回の事件でレグザム自治区は大き痛手を受けている。木星連邦が侵攻の意志を示した段階で我が国に対する移住を希望する人間が大幅に減少することは免れない。

 移民の不足は税収の不足でありコロニーそのものが大きな負債として残ってしまう事になる。


「地球連邦政府に対して調停を願い出るか?」アトンが万策尽きたという面持ちで提案する。

「分かりました。私の方から持ちかけて見ます。しかし実際に調停を行うにせよ木星にいる外交官がそれを行うことになります。おそらく絶対的に人数が足りない可能性が有ります。」

 案の定、地球連邦政府は調査を引き受けるとの声明を出したのだが木星連邦政府はその能力が疑わしいとして難色を示した。


「木星連邦はこれ以上捜査協力を行わないのであれば経済制裁を行うとの見解を示しました。それに呼応して我が国に対する非難声明を発表する自治区も現れました。」

 官房長官の発言にアトンはますます追い詰められてきた。このままでは木星連邦加盟に賛成する勢力に主導権を奪い取られかねなかった。


「ここで引くわけにはいかない。ここで引いたら我が国の主権は終わりになる。我が国は今回の事件との関わりを否定し何ら証拠を伴わない言いがかりであり連邦政府の猛省を促し、木星連行の発言は我が国に対する重大な主権侵害であるとの声明を発表するんだ。」

 そんなことで収まるはずもない事はアトンも重々承知していた。少しでも時間を稼がなくてはならない。


 この発言を受けて木星連邦政府は協義を申し入れレグザム自治区はそれに応じた。しかしアトンは、この協議その物がアリバイ作りに過ぎず木星連邦のレグザム自治区への内政干渉の第一歩とする見方を示していた。


「いずれにしてもこの協議はできるだけもめさせて時間をかせぐしか無い。」

 そうは言ったものの必死の捜査にもかかわらず、今回の事件に関し木星連邦の証拠を突き崩す証拠は見つけられなかった。

 もっとも木星連邦にしてみても証拠と呼べるものは逮捕したテロリストの証言だけであり、それをゴリ押し出来るほどの裏付けの証拠が有ったわけではなかった。


 しかし木星連邦にしてみれば重要なのは事実ではないのだ。事実らしい状況があればそれで良いのである。その為にマスコミを使ってレグザム自治区のマイナスキャンペーンを繰り返していた。

 アトンは眠れない日々が続いた。このままでは全ての自治区がレグザム自治区を敵国として経済制裁に踏み込むのは目に見えていた。出来上がったばかりのレグザム自治区は最大の危機を迎えていたと言って良かった。


「知事大変です。」血相を変えて外務大臣が飛び込んできた。


「今朝新聞社が今回の事件に関する重大な証拠を持ち込んできました。調べてみると外務省にも同じデーターが送られてきていました。」

「どんな証拠なのかね?」アトンは疲れた顔で外務大臣を見上げる。


「まだ十分な解析は行われていませんが、シドニア・コロニーの地元警察署のあの事件に対する捜査資料と連邦公安局の捜査報告書が入っていました。2つの報告書は全く違う物になっています。」

「どういうことだ?」

「警察署の捜査資料は生データーです。連邦の報告書のデーターとは明らかに違いしかも検証が可能です。どうやらこの事件が公安のでっち上げであることが証明できそうです。」

 アトンは具体的なことはわからなかったが重要な証拠であることだけは理解できた。

 


「これで我々は勝てますよ。」外務大臣は嬉しそうに言った。

アクセスいただいてありがとうございます。

登場人物

メルビール・アトン        レグザム自治区知事

レグザム自治区          木星連邦に所属しない唯一の自治区カリスト軌道にコロニーを持ちコロニー公社の下請けと彗星捕獲で独立した経済を持つ

最強のテロ国家が自らテロ支援国家と名付けた国に対して戦争を吹っ掛ける。

国際関係はヤクザの関係、強者のみが真実となる。

蟻は像には勝てない。…以下次号


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