第8話 黒い翼
勇者は今日も魔王城へやって来た。
「今日こそ戦う」
……いや。
今日も、きっと畑だ。
魔王はなんだか、戦う事を拒んでいるような気がする。
あれだけの魔力を持っているのに、何故なんだ?
そして勇者はいつものように裏庭へ向かうと声を張り上げた。
「魔王ー!」
しかし、返事はない。
「……あれ?」
勇者は畑を見回すが、そこにあるのは、
トマト、ナス、きゅうりの夏野菜達。
どれも元気に育っている。
だけど──
「いない……」
肝心の魔王が見当たらず、勇者は首を傾げた。
「どこ行ったんだ?」
城の中で昼寝か?それとも、晴れているのに読書だろうか?
と、そんな事を考えていると、ヒュオォォォ──。と風を切る音が空から聞こえた。
「ん?」
空を見上げると、黒い翼を大きく広げたクロウが降りてくる。
ふわり、と軽やかに着地すると、クロウはいつものように軽く頭を下げた。
「勇者様」
「あ、クロウ…飛べるんだ」
「ぇえ、まぁ。今日もいらしたんですね」
「まぁ……ってなんで来たの分かったの?」
「耳がいいので、勇者様の声が聞こえました」
「は?」
クロウは少し困ったように笑う。
「すいません。今日は魔王様、牧場の方にいまして」
「…………」
勇者は一瞬、止まってしまった。
「……は?」
「牧場です」
「…………」
「ご案内しますね」
「いや、待て待て待て」
ニッコリ笑うクロウに、勇者は思わず両手を前へ出した。
「牧場?」
「はい」
「魔王城だよね?牧場あるの?」
「ぇえ、魔王城です。牧場ありますよ」
「なんで?」
勇者の問いにクロウはきょとんとした顔で首を傾げた。
「牛乳飲みますし」
「そこじゃねぇぇぇ!!」
魔王城の裏庭に勇者の盛大なツッコミが響いた。
クロウは不思議そうな顔のまま、閉じていた翼を広げた。
「では行きましょう」
「歩いて────」
勇者が言い終わる前だった。
「失礼します」
「え?」
ひょい。っとクロウは勇者を軽々と抱え上げた。
「ちょっ──!?え、ちょ、待っ……!」
次の瞬間、バサァッ!!と黒い翼が大きく羽ばたく。
「飛んで行きますね」
「聞いてねぇぇぇぇ!!」
地面が一気に遠ざかり、勇者はその高さに恐怖を感じて叫んだ。
「高っ!?高い高い高い!!」
「もう少し静かにお願いします。鳥が驚いてます」
「無理だぁぁぁ!!」
クロウは慣れた様子で魔王城の上を飛んでいく。
眼下の先程までいた広い畑が遠ざかり、柵に囲まれた広い草原が見えてきた。
そこには────。
「……え」
牛。
羊。
ヤギ。
鶏。
のんびり草を食べ、自由に歩き回っている姿が見えた。
そして、その真ん中では──
「よーし、順番だよー」
黒い角を生やした魔王が、笑顔で牛を撫でていた。
勇者はクロウに抱えられながら、呆然と呟く。
「……魔王って、なんなんだ?」
クロウは少し笑いながら返した。
「私もたまに分からなくなります」
────今日の勇者。
牧場に遊びに来てくれた。
空を飛ぶのは初めてだったみたいで
驚いてる顔も尊かった。




