第6話 今日の勇者
朝日が森を照らし始める頃。
勇者は村外れの井戸で顔を洗っていた。
冷たい水を浴び、両手で顔をこする。
「よし」
腰の剣を確かめ、マントを羽織る。
今日もやることは決まっている。
困っている人を助けること。
そして――
「魔王討伐」
そう口にした瞬間だった。
脳裏に浮かんだのは、黒い角を持つ魔王の姿。
『朝ごはん食べよう』
「…………」
違う。
『トマト収穫しよう』
違う。
『お昼寝タイム』
「違ぁぁぁう!」
勇者は思わず頭を抱えた。
「なんなんだ、あの魔王……」
討伐に行く度に、ご飯を食べ、畑を耕しジェンガをして、昼寝をして昨日は本まで読まされた。
そんな魔王城があるのだろうか?
魔王って、こう……人々を苦しめる存在で……。
やっぱり、あの魔王は俺を油断させる為に演技をしているんだ、きっと。
「騙されるな、俺」
勇者は大きくため息をついた。
いくら温かい食事を出してくれて、昼寝をして読書をしていても、魔王は魔王だ。
「今日こそ」
今日は絶対に流されない。
絶対に戦う。
そう心へ固く誓い、歩き始めた、その途中だった。
「そこの勇者様ー!」
元気な声が聞こえ、振り返ると荷車の車輪がぬかるみに埋まり、困っている老人が手を振っていた。
勇者は迷うことなく、その老人へ駆け寄った。
「動かなくてねぇ……」
「押します!」
荷車に肩を乗せ、ぐっと力を込めると、車輪が泥から抜け、ゆっくり前へ進んだ。
「ありがとう、本当に助かりました」
老人は何度も頭を下げ、勇者は照れくさそうに笑った。
「気にしないで」
「勇者様がいてくれて良かった」
その言葉に勇者は少しだけ目を伏せた。
人助けは当たり前だ。
困っている人が目の前にいたら、手を差し伸べる。
だけど────。
「……まだです」
「え?」
「まだ、魔王を倒せてないので」
老人は不思議そうな顔をした。
「でも君は、今日も誰かを助けてくれたじゃないか」
勇者は少しだけ笑って会釈をすると、再び歩き始めた。
「…………」
(違う。俺が目指してるのは、それだけじゃない。)
視線の先には、遠くに見える魔王城。
勇者は剣の柄を握る。
「今日こそ……」
その足取りは、まっすぐ魔王城へ向かっていた。
一方、その頃の魔王城では……。
「わぁぁぁ…ねぇ、クロウ!勇者が人助けしてる!」
水晶の前で魔王は目を輝かせ、いつもよりさらに機嫌が良かった。
「そりゃ、勇者ですからね」
そんな魔王を横目にクロウは小さく息を吐いた。
「優しい子だ……」
────今日の勇者。
困ってる人を迷う事なく、助けていた。
とても優しい子で強い心を持っている。




