第5話 雨の日の読書
朝から静かな雨が降っていた。
ぽつ……
ぽつぽつ……
やがて雨粒は大きくなり、魔王城の窓を優しく叩き始める。
魔王は窓辺に立ち、少しだけ残念そうに外を眺めた。
「今日は畑に行けない…」
クロウは湯気の立つ紅茶を差し出す。
「野菜も、たまにはお休みです」
「仕方ないか…」
残念そうな顔をしながら魔王はカップを受け取り、小さく笑った。
「雨は恵だからね」
雨に濡れた畑を眺めながら、しばらく静かな時間が流れる。
やがて魔王は何かを思い出したように振り返った。
「そうだ」
「はい?」
「今日は読書の日だ」
「雨の日の恒例ですね」
「うん」
魔王は嬉しそうに本棚へ向かった。
壁一面に並ぶ本たち。
料理、園芸、紅茶、歴史、魔法、旅の記録に物語。
どれも何度も読まれた形跡がある。
「今日はこれにしよう」
魔王が手に取ったのは、一冊の植物図鑑だった。
「また畑ですか」
「雨の日に読むと、晴れの日がもっと楽しみになるから」
「本当に畑がお好きですね。この100年位は畑ブームですね」
「うん、畑って毎年出来が変わるから、楽しいんだよ」
魔王は嬉しそうに頷いた。
暖炉には小さな火が灯り、雨音だけが静かに部屋へ響いている。
ぱら……ページをめくる音と、コト……カップを置く音だけが響く、とても穏やかな時間だった。
そんな穏やかな時間を破るようにドンドンドン!!と城門を叩く大きな音が響いた。
クロウは本を閉じ、大きくため息をつく。
「……来ましたね」
魔王は顔を上げ、少し驚いたように窓を見る。
「この雨なのに?」
城門が勢いよく開くと全身びしょ濡れの勇者が、息を切らせながら食堂へ飛び込んできた。
「魔王!!」
床へぽたぽたと雨粒が落ちると、魔王は勇者を見て目を丸くした。
「濡れちゃってるじゃん」
「雨だからな!」
「寒かったでしょ?」
「どんだけ優しいんだよ、あんた!」
クロウは静かにタオルを一枚取り出し、勇者へ差し出した。
「どうぞ」
「…………」
勇者は少し迷ってから受け取る。
「……ありがと」
「いえ」
魔王はにこやかに立ち上がると、お湯を沸かし始めた。
「温かいココア飲む?それとも紅茶?」
「だから違うって!」
「本もあるよ?」
「討伐だ!」
魔王は少し考え込んだあと、本を一冊勇者へ差し出した。
「その前に、一緒に読む?」
「読むかぁぁぁぁ!!」
勇者の絶叫に、魔王は少しだけ首を傾げる。
「雨の日は読書って決めてるんだよ」
「知らん!」
「じゃあ……」
魔王は一冊の冒険小説を開いた。
「一章だけ、読んでごらんよ」
「なんで交渉になるんだ!」
クロウは窓の外の雨を見ながら、小さく笑う。
「勇者様」
「なんだ」
「雨が止むまで、魔王様は譲りませんよ」
勇者が窓の外を見ると、雨はまだまだ止みそうにない。
勇者は大きくため息をつくと暖炉の前に腰を降ろした。
「……一章だけだからな」
勇者の言葉とともに、魔王の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとう」
「だから違うって!」
暖炉の火が静かに揺れる。
雨音を聞きながら、本を読む二人。
討伐は、また少しだけ先延ばしになった。
────今日の勇者。
雨でびしょ濡れだった。
風邪をひかなくて、本当に良かった。




