第2話 いざ!勝負!
朝露が葉を濡らし、小鳥のさえずりが魔王城の裏庭へ響いていた。
魔王は腰を下ろし、しゃがみ込む。
「んー……」
魔王は真剣な表情でトマトを見つめる。
「赤くなったな」
笑顔でそっとトマトに手を添える。
「今日収穫しようか」
嬉しそうに微笑むその姿は、世界を震え上がらせる魔王とは到底思えない。
隣ではクロウが籠を持ちながらため息をついた。
「魔王様」
「ん?」
「普通、魔王は朝一番にトマトを褒めません」
「そうかな?」
「そうです」
魔王は気にした様子もなく真っ赤なトマトを一つ収穫する。
「見て、クロウ」
「綺麗ですね」
「今までで、一番かもしれない」
子供のように笑う魔王の笑顔を見て、クロウも思わず笑ってしまう。
「今日はサラダにしますか」
「うん、新鮮だからね」
その時だった、遠くから元気な声が裏庭に届いた。
「魔王ーーー!!」
クロウはゆっくりと空を見上げた。
「……来ましたね」
魔王はトマトを籠へ入れながら首を傾げる。
「早かったね、また朝ごはん食べに来たのかな?」
「昨日、来るかぁぁぁぁ!と叫んで帰った人ですよ?」
「そうだったね」
城門から正面の庭を勢いよく走り抜け、裏庭に飛び込んできた勇者は、肩で息をしながら剣を構えた。
「今日は勝負だ!」
魔王はジョウロを持ったまま振り返り、勇者を見つめてにこやかな笑みを湛えた。
「おはよう」
「あ、おは……いや違う!」
「今日はいい天気だねぇ」
「いや、そうじゃなくて!」
クロウが額に手を当て、一度呆れた表情をしたが、すぐにその表情はひらめきの表情へと変わった。
「勇者様」
「なんだ!」
「少しお願いがありまして」
「断る!」
「このトマトの収穫を手伝ってくれません?」
「なんでだよ!」
魔王は困ったように笑いながら、トマトを1つ収穫すると、勇者へと差し出した。
「今日が食べ頃なんだ」
「知るかよ!」
「採れたて、美味しいよ?」
勇者は数秒黙り、トマトを見つめる。
「……これ採ったら勝負だからな!」
「うん」
「絶対だからな!」
「わかったよ」
クロウは小さく呟いた。
「助かった…」
2人で収穫するより、3人の方が早い。
朝の日課の畑仕事が今日は早く終わりそうでクロウは安心したように息を吐いた。
——10分後。
「こっちにも赤いのあるぞ!」
「ありがとう。昨日、一気に育っちゃったから、助かるよ」
「すげぇ!」
トマトに目を輝かす勇者に、クロウは静かに収穫籠を見つめた。
「……勇者様」
「なんだ?」
「手際が良いですね」
「いや、なんか楽しくて」
「もう戻れませんね」
「なんでだよ!」
魔王は籠いっぱいの野菜を見て満足そうに笑う。
「今日はいっぱい採れたね」
勇者も思わず笑った。
「おぉ!すげぇ!」
クロウは空を見上げ、大きくため息をついた。
「魔王様、勇者様」
「ん?」
「仲良しですね」
魔王と勇者は顔を見合わせた。
「…………」
「…………」
そして、2人は同時に思い出した。
「あ」
本来、自分たちは敵同士だったという事を。
クロウは空を見上げながら、静かに呟いた。
「今日もいいお天気ですねぇ」
クロウのひと言は勇者し収穫の手を止め、ゆっくりと立ち上がると、腰に納めていた剣に手を伸ばした。
「魔王!こうして俺を油断させるつもりだったのか!」
「え……? 」
「収穫を手伝った!さぁ、勝負だ!」
「……ここじゃ、野菜たちが可哀そうだから、移動しようか」
魔王はにこやかにそう告げると、魔王城の中へと戻っていく。
「行きましょう」
「………」
クロウに促され、勇者は静かに魔王とクロウの背中を見ながら魔王城へと足を再び踏み入れた。
———————
「魔王様、そこ崩れます」
「難しいなぁ…」
「いや、口出しなしでしょ!」
魔王城の黒曜石の間では魔王と勇者によるジェンガ大会が行われていた。
——カシャーン。と音を立て、崩れるジェンガを魔王は残念そうに見つめ、勇者は「俺の勝ち!」とはしゃいでいる。
「勇者様、ジェンガ勝負がしたかったんですね」
ニコニコとクロウが話しかけると、勇者の表情は真顔にゆっくりと戻っていく。
………いや、勝負…?
裏庭から戻り、昨日と同じく朝食を食べ、さぁいざ勝負!と黒曜石の間に連れてこられたのに、魔王はニコニコとジェンガを組み立てだしたのだ。
そして無邪気に「やろ?」と誘われ、普通に遊んでいた。
勇者は我に返ると、魔王と睨みつけながら、剣を振り抜いた。
「騙したな!!勝負しろ!!」
そのひと言にきょとんとした表情を見せる魔王。
数秒、考え込むと口を開いた。
「いや、ジェンガが勝負だよ」
にこやかに、でも嘘はついていない。という目を魔王は勇者に向けた。
「騙されたぁぁぁぁぁ!!!!!」
勇者の絶叫が黒曜石の間に響き渡った。
————今日の勇者
一緒にトマトを収穫して、ジェンガで勝負した。
勇者の目がキラキラしていて、尊かった。




