第21話 ルシウス
魔王の胸を貫いた剣が、ゆっくりと抜かれるとドサリ、と巨大な身体が地に倒れた。
勝った。
誰もがそう思った、その瞬間だった。
「……え?」
ルシウスは違和感に眉を寄せた。
頭が熱い。
焼けるように熱く、頭の奥から何かが押し上げられてくる。
「ぐっ……!」
膝をつき、頭を抱えた瞬間────。
メリ……ッ。
骨が軋むような音が響いた。
「な……に、が……」
指先に触れたものは、人間に存在するものではなかった。
硬くてわ滑らかで。
ゆっくりと両側頭から伸びる、黒い角。
「……そんな、馬鹿な…」
震えた声がルシウスから漏れた。
周囲の兵士達も息を呑み、誰一人動かなかった。
その時、小さな足音が黒曜石の間に響いた。
「……ルシウス…?」
幼い魔族の少年。
クロウだった。
彼は怯えた目でルシウスを見つめていた。
だが、その視線は恐怖ではなく、困惑だった。
「……痛い、の?」
その一言に、ルシウスはゆっくり顔を上げる。
角に触れたままの手は、小さく震えていた。
「……分からない」
勇者だったはずの男は。
倒すべき魔王を倒した、その日に────
自分が魔王になってしまった。
指先に触れる角は何度確かめても、消えない。
「……違う」
呟きながら、ルシウスは何度も、何度も窓に映る自分の姿を目を擦り確認した。
それでも、見る度にその姿は自分の目に焼き付けられて行く。
「こんなの……何かの呪いだ」
魔王との戦いで浴びた魔力。
その影響だ。
そうに違いない。
そう思いたかった。
「ルシウス……?」
クロウがおずおずと近づいてくると、ルシウスは慌てて顔を背けた。
「見るな」
「でも……」
「見るな!」
思わずルシウスは声を荒らげた。
初めて聞いたルシウスの怒鳴り声に、クロウは肩を震わせ、その場に立ち尽くした。
黒曜石の間に静寂が流れた後、ルシウスは自分の叫び声に我に返った。
「……すまない」
震える息を吐く。
クロウが悪いわけじゃない。
だけど、意味が分からない。
自分の身に起こったことを理解する事が出来なかった。
けれど、それが子供を怒鳴っていい理由にはならなかった。
「君を怒ったわけじゃない」
クロウは少しだけ怯えた顔をしていたが、ルシウスに一歩近付くと、その表情は穏やかになった。
「どんな姿でもルシウスは……ルシウスだよ」
その言葉に、ルシウスの瞳が揺れる。
「角が生えても?」
「うん」
「魔族みたいでも?」
「うん」
迷いのない返事にルシウスは苦笑した。
———クロウがどんな姿の自分でも受け入れてくれた。
「……ありがとう」
しかし、その笑みは長く続かなかった。
胸の奥がざわつき、魔力が体中を駆け巡っていく。
今まで感じたことのない膨大な力を感じた。
足元の草が、何もしていないのに揺れ、空気が震える。
「っ……!」
ドォン――!!
地面が鳴動し周囲の木々が一斉にしなり、鳥たちが空へ飛び立つ。
兵士たちはその力の恐怖のあまり、走って逃げだした。
クロウはただ驚いてルシウスを見上げた。
「ルシウス……?」
ルシウス自身も息を呑んだ。
何もしていない。
剣すら抜いていない。
それなのに、大地が震えている。
「……俺が、やったのか」
その時、どこからともなく、低く響く声が聞こえた。
『──ようやく、気付いたか』
ルシウスが声のした方に振り向いたが、そこには誰もいなかった。
『勇者よ。いや──新たな魔王よ』
その一言で、ルシウスの頭の中は真っ白になった。
『……驚くのも無理はない』
ルシウスは剣を構えたが、黒曜石の間にいるのは自分とクロウだけだった。
声だけが、どこからか響いてくる。
「誰だ」
『安心しろ。私はもう死んでいる』
そして、空間が揺らぎ、一人の男の姿がぼんやりと浮かび上がった。
黒い角に長い外套。
先ほど倒した魔王とよく似た姿にルシウスは息を呑んだ。
「……魔王」
『正確には違う』
男は静かに首を振る。
『私は、お前が倒した魔王ではない』
『その一つ前の魔王だ。』
『私はお前がここへ来ることを、何百年も待っていた』
「待っていただと…?」
魔王と名乗ったその男はゆっくりと言葉を紡いだ。
『魔法を持つ勇者が魔王を倒すとその勇者が新たな魔王となるのだ』
『それが、この世界の呪いだ』
その言葉にルシウスは剣を握る手に力を込めた。
「……ふざけるな」
『私はこの呪いを止められなかった』
『だから、お前には止めてほしい』
それだけ言うと男は消えてしまった。
そして、黒曜石の間にまた、声だけが響いた。
———私も、そして歴代の魔王となった者達は、
この膨大な魔力に飲まれた瞬間、心を失った。
しかし、お前は飲まれていない…。
だから、この呪いを止めてくれ。




