第19話 君だから
木剣を交えた翌日の魔王城の庭は、いつもと変わらず穏やかだった。
魔王は畑へ水を撒きながら、小さく鼻歌を歌っている。
「……」
エルピスは少し離れた場所から、その背中を見つめていた。
昨日の剣を思い出すだけで鳥肌が立つ。
(あれは……魔王だから強いんじゃない。積み重ねた剣だ……)
そんな気がしてならなかった。
しかし、魔族がそこまで剣の修行をするのだろうか…。
今まで出会ってきた魔族達も剣は振るってきた。
だけど……剣筋が丸見えの剣だ。
それと、魔王の昨日の剣はまったく違っていた。
「勇者様」
後ろからクロウがにこやかに歩いてきた。
「紅茶が入りました」
「……後で」
クロウは少しだけ驚いた表情を浮かべながらも、紅茶をテーブルに置いた。
「珍しいですね」
「考え事」
「そうですか」
クロウはそれ以上何も聞かなかった。
しばらくして、魔王がジョウロを置き、こちらへ歩いてきた。
「今日は難しい顔してるね」
「聞きたいことがある」
「うん」
ルシウスは笑顔のまま頷き、紅茶のカップを手に取る。
「昨日の剣」
「……」
「何者なんだ、あんた」
風が吹き、畑の葉が静かに揺れた。
魔王は少しだけ空を見上げた。
「ただの魔王だよ」
「違う」
エルピスは即座に否定する。
「あの剣は普通じゃない」
「……」
「魔王だから強いんじゃない。違う理由があるんだろ」
真剣なエルピスの表情に魔王は困ったように笑った。
「買い被りすぎだよ」
「誤魔化すな」
「…………」
二人の間に静かな時間が流れていた。
魔王をまっすぐ見つめるエルピスの目は”逃がさない”と訴えているようだった。
やがて、魔王は小さく息を吐いた。
「……今は、話せない」
「どうして」
「君には……まだ早い」
エルピスは眉をひそめた。
「俺じゃ信用できないか」
魔王はゆっくり首を横に振った。
「違う、君だから」
「……え?」
「君だから、軽い気持ちでは話せない」
その言葉にエルピスは返す言葉を失った。
魔王はただ、優しく微笑んだ。
「もう少しだけ、時間をくれる?」
「…………」
「必ず話すよ、約束する」
エルピスはしばらく黙っていた。
「僕は逃げない」
魔王のその言葉にエルピスは小さく息を吐いた。
「……分かった。でも、次に来た時は絶対聞くから」
ルシウスは穏やかに頷いた。
「その時は、全部話すよ」
クロウは静かに二人を見つめていた。
(魔王様……とうとう、その時が来るのですね)
夕日が庭を赤く染める頃、エルピスは魔王城を後にした。
歩きながら、エルピスは城を振り返った。
魔王城。
最初は恐ろしい場所だと思っていた。
今は違う。
ここには、まだ知らない”何か”がある。
そんな気がしていた。
────今日の勇者。
今日初めて、本気で僕を知ろうとしてくれた。
少しだけ嬉しかった。
次に会う時。
僕は、全部話そう。




