第18話 積み重ねた剣
「魔王」
「ん?」
「今日は」
エルピスは真っ直ぐ魔王を見つめた。
「逃がさない」
魔王はきょとんと首を傾げた。
「逃げたことあった?」
「話を逸らすな!」
いつも通りのツッコミを入れたあと、エルピスは真剣な眼差しを魔王に向けた。
「一回だけでいい。剣を交えろ」
部屋が静かになり、クロウは紅茶を置く手を止めた。
魔王は少しだけ困ったように笑う。
「怪我するよ?」
「誰が?」
「君が」
「言うじゃねぇか」
エルピスは剣の柄へ手を添えた。
「俺だって勇者だ。簡単には負けない」
真央はしばらく黙っていたが、小さく息を吐く。
「……分かった」
クロウがゆっくり口を開く。
「魔王様、木剣にいたしましょうか」
「うん、そうだね」
魔王城の中庭に風が静かに吹き抜けていた。
エルピスは木剣を構え、魔王を静かに見据えた。
「本気で来い」
ルシウスは苦笑しながら、肩を竦めた。
「木剣で本気は危ないよ」
「いいから!」
「……じゃあ」
真央が木剣を構えた、その瞬間だった。
空気が変わり、さっきまで穏やかに笑っていた魔王が一歩踏み出しただけで、エルピスの背中に冷たい汗が流れた。
(……速い)
来る────そう思った瞬間。
カンッ。
乾いた音だけがエルピスの耳に響いた。
「え?」
気付けば自分の木剣は宙を舞い、魔王の木剣はエルピスの喉元で止まっていた。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙のあと、ハッとして魔王は慌てて木剣を下ろした。
「あっ、ごめん!つい癖で」
「癖ぇ!?」
エルピスの一歩下がる足がよろけて転びそうになりかけた。
(見えなかった……何をされた……?)
クロウは小さく息を吐いた。
「相変わらずですね」
「久しぶりだったから加減が難しかったよ」
「加減!?」
エルピスは頭を抱えた。
目にも止まらぬ瞬速で、何が起きたのか理解できなかった。
「なんなんだよ、本当に。」
魔王は手に持つ木剣を眺めながら、少しだけ遠くを見つめた。
そして、何かを思い出すような、懐かしそうな瞳をしていた。
「昔、たくさん振ってたから」
「…………」
それだけ言って微笑みをエルピスへと向けた。
エルピスはその笑顔を見つめた。
(昔……?魔王……だよな?産まれた時から……)
疑問は増えるばかりだった。
────今日の勇者。
木剣を交えた。
少し驚かせてしまったかもしれない。
でも、素直で真っ直ぐな剣だった。
これからどんな剣士になるのか。
少し楽しみ。




