第17話 勇者観察日記
魔王城の応接室の椅子にエルピスは座りながら、何気なく尋ねた。
「今日は何のお茶?」
魔王は嬉しそうに棚を開け、茶葉の袋を取り出す。
「今日はアップル」
「…………」
エルピスは自分が余りにも自然に茶葉の種類を聞いてしまった事を後悔し、本来の目的を思い出した。
「俺」
「ん?」
「討伐に来たんだわ」
「知ってるよ」
「知ってる顔じゃねぇ!」
クロウは紅茶を淹れながら静かに呟く。
「勇者様」
「何」
「もう諦めてください」
「諦めるか!」
部屋に笑い声が響いた。
やがて魔王は紅茶を机へ置くと、一冊の革張りのノートを抱えて戻ってきた。
「ねぇ、これ見て」
「また植物か?」
「違うよ」
魔王は大切そうにノートを抱えていた。
「これはね、勇者観察日記」
魔王は優しく微笑見ながら、ノートの表紙を愛しそうに撫でた。
「…………は?」
クロウは紅茶を飲みながら、そっと目を閉じた。
(出してしまったか)
エルピスはゆっくり立ち上がり、ノートを覗き込もうとする。
「なんだそれ」
「毎日書いてるんだ」
「怖ぇよ!!」
ルシウスは首を傾げ、不思議そうな顔をした。
「そうかな?」
「そうだよ!」
「だって推しだし」
「推しで済む話じゃねぇよ!」
エルピスはノートをひょいっと奪い取った。
「ちょっ!」
ルシウスが慌てる。
「返して!」
「嫌だ!」
「見る!」
「ダメぇぇぇ!」
部屋中を二人が追い掛け回る。
クロウは紅茶を飲みながら静かに呟いた。
「今日も平和ですね。」
ノートを開こうとしたその瞬間。
ルシウスが後ろから抱きついた。
「見ちゃダメ!」
「なんで!」
「恥ずかしい!」
「魔王が恥ずかしがるな!」
「恥ずかしいものは恥ずかしい!」
二人はノートを引っ張り合う。
パラッ……
一枚だけページが開いた。
そこには、丁寧な文字で書かれていた。
────今日の勇者。
今日も無事だった。
本当に良かった。
エルピスの動きが止まる。
「……。」
たった、それだけ。
戦い方も。
強さも。
弱点も。
何も書いていない。
ただ。
“無事だった。”
その一文だけだった。
ルシウスは静かにノートを受け取り、優しく閉じる。
「……これは。」
「僕だけの宝物だから。」
その笑顔は、どこか少しだけ寂しかった。
エルピスは何も言えない。
なぜ魔王が。
勇者の無事を願うのか。
その答えは。
まだ知らない。
────今日の勇者。
今日は日記を見られそうになった。
危なかった…
でも、今日も元気そうで安心した。
それだけで十分。




