第16話 そのうち
魔王城の扉が開くと、元気な声が廊下へと響いた。
「こんにちはー」
クロウは書類から顔を上げる。
「……また来ましたね」
「討伐だからな!」
「はいはい」
クロウは静かに立ち上がると、裏庭の魔王へと声を掛けた?
「魔王様ー」
「んー?」
裏庭から平和な返事が聞こえてきた。
「勇者様がお見えですよー」
「今行くねー!」
数秒後、土の付いた手袋を外しながら魔王がやって来た。
「いらっしゃい」
「……」
エルピスは少しだけ眉をひそめた。
「また畑か」
「今日はハーブを植えてたんだ」
「魔王が?」
「うん」
「なんで?」
ルシウスは少し考えたあと、笑った。
「料理に使うから」
「理由が家庭的すぎるんだよ!」
クロウは思わず肩を震わせていた。
「では、お茶をご用意します」
「ありがとう、クロウ」
魔王は微笑むとエルピスへ椅子を勧めた。
「座って」
「いや、俺は討伐に……」
「今日はね、茶葉の中にドライフルーツが入ってて、茶葉も食べれる紅茶なんだよ」
魔王が目を輝かせながら熱く、エルピスに語りかける。
「…………」
「香り、すごくいいよ」
「…………」
エルピスは五秒ほど悩みと、椅子へと腰をおろした。
「……少しだけだからな」
クロウは紅茶を淹れながら、心の中で呟く。
(五秒しか持ちませんでしたね)
やがて紅茶が運ばれてくると魔王は嬉しそうにカップを持った。
「今日は柑橘系なんだ」
エルピスも恐る恐る口を付ける。
「…………」
「どう?」
「……うまい」
「良かった」
その笑顔が妙に嬉しそうで、エルピスは思わず顔を逸らした。
(なんで俺、褒めてるんだ……)
魔王は棚から一冊のノートを取り出すと、エルピスへと差し出した。
「これ」
「ん?」
「最近育て始めたハーブの記録、見る?」
「いや、見せられても困る!」
「今日はミントが元気でね」
「トマトの次はミントかよ!」
「植物って可愛いんだよ、生きてるから」
「分かんねぇよ!」
エルピスのツッコミに部屋中が笑い声で包まれた。
クロウは静かに紅茶を飲みながら真顔で呟いた。
「魔王様」
「ん?」
「勇者様」
「何?」
「……討伐は、いつされる予定でしょうか」
部屋が静かになった。
エルピスはほんの少し考えたあと、真顔で答える。
「そのうち」
魔王も真顔で頷いた。
「なるほど」
クロウは小さくため息をついた。
「長くなりそうですね」
三人は同時に笑った。
その笑い声は、今日も静かな魔王城へ優しく響いていた。
────今日の勇者。
また遊びに……じゃなかった。
討伐に来てくれた。
新しい紅茶も気に入ってくれたみたい。
少しずつ笑顔が増えてきて嬉しい。




