第15話 平和が一番
「待たせたね!」
着替えを済ませた魔王が、満面の笑みで応接室へ入ってきた。
「遅い!」
エルピスは腕を組んだまま、不機嫌そうに魔王を睨んだ。
「ごめんごめん」
「何してたんだよ」
「トマトがね」
「…………」
「今日は機嫌が良かったんだ。」
「トマトに機嫌なんかあるか!!」
ルシウスは首を傾げる。
「あるよ?」
「あるの!?」
「葉っぱがね、いつもより元気だったんだよ」
「知らねぇよ!!」
いつもの様にツッコミを入れるエルピスに微笑みながら、クロウは静かに紅茶を二人の前へ置いた。
「魔王様、どうぞ」
「ありがとう」
エルピスは目の前の紅茶と、嬉しそうにカップを受け取る魔王を交互に見る。
(討伐対象だよな……?)
頭の中が少しずつ混乱していく。
王の話では魔王は人間を滅ぼす存在だと聞いていた。
だけど……目の前の魔王は、畑で野菜を育て、家畜の世話もする。
エルピスには魔王が、人間よりも人間らしい生活をしている様に見えた。
────本当に人間を滅ぼす存在なのか?
そんな考えが、魔王の生活を見ていると頭に浮かんでくる。
魔王は一口紅茶を飲み、にこりと笑った。
「それで、今日はどうしたの?」
「…………」
「…………」
エルピスは一瞬、言葉を失った。
(あれ……俺、なんで来たんだっけ)
エルピスは頭を抱えた。
(……違3俺は魔王を倒しに来たんだ。なのに何で……一緒にお茶を飲んでる?)
目の前では魔王が優雅に紅茶を飲んでいる。
「この茶葉、美味しいんだ。飲んでみない?」
「……毒とか入ってないだろうな」
エルピスが魔王を睨みつけると、魔王はきょとんと首を傾げた。
「入れたら僕も飲めないよ?」
「それはそうだけど!……って!魔王も毒効くのかよ!」
エルピスの反応にクロウはくすりと笑いながら、静かにティーカップをエルピスの前へ置いた。
「どうぞ」
「…………」
少しだけ警戒しながらカップを持ち上げると、ふわりと優しい香りが鼻をくすぐった。
「……」
一口。
「…………」
美味しい。
悔しいくらい、美味しい。
僅かに口元が緩んだエルピスを見て、ルシウスは嬉しそうに笑った。
「口に合った?」
「……まぁ」
「良かった」
その笑顔を見て、エルピスは思わず目を逸らした。
(なんなんだ、この魔王。)
怖くない。
威圧感もない。
それどころか……普通すぎる。
魔王はクッキーの皿を差し出し、それも勧めてきた。
「これも食べてみない?」
「いや……」
「自信作なんだけど」
「…………」
固まるエルピスを見て、クロウが一言添える。
「本日の朝、魔王様が焼かれました。」
「いや、自分で!?」
「趣味ですので」
「魔王の趣味がお菓子作りってどういうことだよ!」
ルシウスは照れくさそうに笑った。
「甘いもの、好きなんだよ」
「そこじゃねぇ!!」
部屋中にエルピスのツッコミが響き渡った。
クロウは紅茶を飲みながら小さく息を吐いた。
「……今日も平和ですね」
ルシウスも微笑みながら頷く。
「うん。平和が一番だね」
その何気ない一言に。
エルピスだけが気付かなかった。
その言葉こそが。
この魔王が、何百年もの間、ずっと願い続けてきたことだということに。
────今日の勇者。
一緒にお茶を楽しんでくれた。
自信作のクッキーもたくさん、食べてくれた。
笑顔が尊かった。




