第14話 変わらない手
朝日が窓から差し込み、小さな部屋を優しく照らしていた。
暖炉の火は昨夜よりも穏やかになり、薪が静かに音を立てている。
クロウはゆっくりと目を開けた。
柔らかな布団に温かい部屋は夢ではなかった。
昨日、自分は助けられ、名前ももらった。
「おはよう」
優しい声が聞こえ、クロウが身体を起こすと、青年は台所で朝食の準備をしていた。
パンの焼ける香ばしい匂いと鍋から立ち上る湯気がとても温かく感じた。
「よく眠れた?」
クロウは少し照れながら頷いた。
「……うん」
「良かった」
青年は穏やかに笑い、朝食をテーブルへ並べていく。
「今日は昨日より沢山食べようね」
その笑顔を見て、クロウも少しだけ笑った。
────コンコン。その時、扉を叩く音が響いた。
クロウの肩が僅かに揺れたのを青年は見逃さなかった。
「勇者様」
青年が振り返り、扉を開き招き入れると、部屋へ一人の兵士が入ってきた。
それは、昨日、森でクロウを追いかけて剣を振りかざそうとした兵士だった。
「本日の視察ですが、村の代表がお待ちです」
「分かった」
青年は静かに頷く。
兵士はクロウへ一瞬だけ視線を向けたものの、昨日とは違い何も言わず、青年へ敬礼する。
「では、一時間後に。ルシウス様」
クロウの耳がぴくりと動いた。
ルシウス。
兵士がそう、青年を呼んだ。
兵士が出て行き、静けさが戻った部屋で、クロウは小さな声で呟いた。
「……ルシウス」
青年は首を傾げ、クロウを見つめた。
「ん?」
「それ……」
「ああ」
青年は少し照れくさそうに笑った。
「僕の名前だよ。勇者って呼ばれることが多いけど、本当はルシウスっていうんだ」
クロウはその名前を心の中で何度も繰り返した。
ルシウス。
自分に名前をくれた人。
自分を初めて”子ども”として見てくれた人。
その人の名前を忘れないように。
「……ルシウス」
恐る恐るもう一度呼んでみると、青年は少し目を丸くしたあと、嬉しそうに微笑んだ。
「うん」
「改めてよろしくね、クロウ」
「……よろしく、ルシウス」
二人は顔を見合わせ、小さく笑いあった。
名前を呼び合う。
たったそれだけのことが、こんなにも嬉しい事だなんて、クロウは知らなかった。
その日から勇者と魔族ではなく。
ルシウスとクロウとして。
二人は、同じ時間を歩き始めた。
暖かな朝の日差しが魔王城の裏庭に降り注いでいる。
「魔王様」
クロウの声が響くと畑の向こうから、聞き慣れた返事が返ってきた。
「んー?」
「またトマトに話しかけてるんですか?」
「今日は機嫌が良さそうなんだよ」
その返事にクロウは小さくため息をついた。
「勇者様がお待ちですよ」
「えっ!?」
ルシウスは慌てて泥だらけの手を見下ろした。
「あっ、着替えてくる!」
クロウは思わず吹き出した。
「……相変わらずですね」
あの日、自分へ手を差し述べた手は
何一つ変わっていなかった。
────安心して眠ること。
温かい食事、名前を呼び合う事。
そんな当たり前を与えてくれたのは
ルシウス、あなたでした。




