第13話 贈り物
暖炉の火が静かに揺れていた。
薪が弾ける音だけが、小さな部屋へ響いている。
少年は椅子へ腰掛けたまま、湯気の立つスープを両手で持っていた。
温かい。
それだけで涙が出そうになる。
恐る恐る、スプーンを口へ運ぶ。
「……!」
思わず目を見開いた。
美味しい。
今まで食べた物とは、まるで違う。
青年は向かいの椅子へ座り、紅茶を一口飲んで微笑んだ。
「口に合ったみたいで良かった」
少年が夢中で頷くその姿を見て、青年は少しだけ笑った。
「そんなに急ぐと火傷するよ」
その言葉に、少年は慌てて動きを止めた。
「ふふっ」
青年は優しく笑う。
「ゆっくり、沢山食べるんだよ。おかわりもあるから」
その笑顔を見て、少年は少しだけ笑った。
生まれて初めてだった。
安心して食事をしたのは。
食べ終える頃には、身体も少し温まっていた。
青年は紅茶のカップを机へ置き、静かに尋ねる。
「改めて聞くけど、本当に名前はないの?」
少年は小さく首を振る。
「……ずっと…魔族……それだけ」
少年の言葉をきくと、青年は悲しそうに目を伏せた。
名前がない。
それは誰にも呼ばれたことがないということ。
誰にも、生きる存在として認められなかったということだった。
そんな、悲しい事があっていいのだろうか。
少しだけ考えた後、青年は口を開く。
「じゃあ、僕から君に名前を贈ろう」
少年は驚いたように顔を上げた。
「……ぼくに?」
「うん」
青年は頷き、窓の外を見つめた。
窓の外では、一羽の黒い鳥が雪景色の中を飛んでいった。
その様子が先程の雪の中に座り込む少年に被って見えた。
黒い翼を持ち、真っ白な世界でもすぐに見つけられる存在。
少年に視線を戻し見つめながら、青年は静かに笑う。
「クロウ」
「え……?」
「黒い翼でも、空を自由に飛べる」
少年は何度もその言葉を繰り返した。
忘れないように、自分の体に刻み込むように。
「……クロウ」
そして初めて、自分の名前を口にする。
その響きが、胸の奥へ染み込んでいき、世界がまるで色付いたように輝いて見えた。
「ありがとう……ございます」
青年は首を横に振った。
「敬語はいらないよ」
「え?」
「僕もも普通に話すから」
ニコッと笑う青年に、少年は困ったように俯いた。
「……できない」
「じゃあ、ゆっくりでいいよ」
青年は穏やかに笑う。
「焦らなくていい。これから、少しずつ覚えていけばいいから」
その言葉に、クロウは静かに頷いた。
やがて、小さく勇気を振り絞り、呟いた。
「……ありがとう」
青年は目を丸くしたあと、ふっと笑う。
「うん。どういたしまして」
その日、名前を持たなかった少年は、
世界で初めて、誰かに名前を呼ばれた。
その命に存在する意味を持った。
そして勇者もまた、隣を歩く家族と出会ったことを、まだ知らなかった。
────そっと、寄り添いあって
共に飛んでいこう。




