第11話 白雪と黒翼
森は、静かだった。
雪が降っている。
風に乗って舞う白い結晶が、辺りをゆっくりと染めていく。
その雪の上に、小さな足跡が続いていた。
裸足の幼い魔族の少年は、震える身体を抱きしめながら歩いていた。
腹が減った。
寒い。
眠い。
それでも止まれば死ぬ。
だから歩いた。
一歩、また一歩と。
だが――
「いたぞ!!」
怒号が森へ響くと、少年の身体がビクリと震える。
振り返ると、鎧を身に着けた兵士達が雪を蹴りながら迫ってきていた。
「逃がすな!」
「魔族だ!」
「今のうちに始末しろ!!」
少年は必死に走った。
翼はあるけれど、寒さと疲労で広げることは叶わなかった。
空を今、飛べたらどれほど救いになるかと、思いながら少年は走り続けた。
小さな足は雪に取られ、何度も転んだ。
手が切れ、膝が破れても、それでも立ち上がった。
死にたくない。
ただ、それだけだった。
だが、ドサッ。と音と共に、足がもつれ、雪の中へ倒れ込んでしまった。
────もう立てない。
兵士達の足音が近付いてくると剣が抜かれる音が耳に届いた。
終わりだ。
少年は小さく目を閉じた。
魔族というだけで虐げられ、温もりも優しさも知らずに少年の命が尽きようとしていた。
「…………」
しかし、いつまで待っても痛みは来なかった。
代わりに聞こえたのは、静かな男の声。
「その剣を下ろせ」
少年がゆっくりと目を開けると、目の前には、一人の青年が立っていた。
純白のマントを纏い、腰には一本の剣。
雪の中に際立つ黒い髪。
その青年に兵士達が驚きの声を上げた。
「勇者様!」
「ちょうど良かった!」
「魔族の子です!処分します!」
青年は少年を一度だけ見た。
痩せ細った身体、震える手、涙で汚れた顔。
静かに目を伏せると、兵士達へ向き直る。
「処分?」
「はい」
「魔族は危険です」
「成長すれば、人を襲います」
兵士の言葉を聞き終えた青年は、小さく息を吐いた。
「この子が?」
「……え?」
「今、お前達を襲ったのか?」
「い、いえ……しかし!」
「武器は?」
誰も答えられなかった。
少年の手には何もない。
それどころか、衣服さえボロボロだ。
青年は少年を護るように、さらに一歩前へ出た。
「飢えた子どもを見て、最初に剣を抜く事が、人間の正義なのか?」
兵士達は言葉を失った。
返す言葉など見つかるはずもなかった。
静かな森には雪が降り続ける音だけが響いていた。
やがて一人の兵士が苦しそうに言った。
「ですが……魔族です」
青年は少しだけ笑った。
その笑みは優しかった。
「そうだな、魔族だ………でも」
青年は後ろを振り返り、雪の中で震える小さな少年へ、ゆっくりと手を差し伸べた。
「その前にこの子は、子どもだ」
────雪に凍える漆黒の翼をもつ少年の瞳は揺れていた。




