32話 『母と娘 結Ⅰ』
PM11:33 GRAD内地下管制室
「何よこれ⁉︎そこら中が火の海じゃない――‼︎」
FEZERを装着しGRADへ降下した二人。
目の前の惨状にニーナが声を荒げた。
昨日まで清潔感のある白に輝いていたその部屋は半壊し壁が崩れ落ち、巨大なモニターは電源がショートして火花を散らしていた。
床に漏れた油に引火し、燃え上がる赤い炎――その光景にミコトは母の死んだ日の事が重なり、マスクの内側で絶望に顔を歪ませた。
「そんな……本当にジーヴァがGRADに……」
辺りに横たわるGRADの研究員や警備隊――ニーナが耳を近づけ、心臓の音を確かめる。
「Zut……全員死んでるわ……」
「そんな――」
ニーナのその言葉にミコトは声を震わせる。
ジーヴァの対策本部であるGRAD――そこが攻め入れられた事の絶望。誰も救える事が出来なかった無力感が二人の心を辛く締め上げた。
「ミコトくん、ニーナ。来てくれたか――」
数メートル奥、瓦礫の山の陰からアウラが現れた。
義手の右腕は壊れ落ち、身体中は傷だらけで自身の服を真っ赤に染め上げていた。
「良かった……これで――」
二人の顔を見たアウラは、糸の切れた人形のようにその場から崩れ落ちた。
「アウラ様!」「アウラさん!」
駆け寄る二人。
ニーナはアウラの体を起こすと、回復の魔法術式を発動する。
「アウラ様、今ニーナが治療しますから!」
光の粒子がアウラの体に触れると、傷口を塞ぐ。
徐々にアウラの顔に生気が戻ると、アウラは目を覚ました。
「すまないな……」
まだ意識が朦朧とするアウラは、薄く瞳を開けそう口にした。
「アウラさん、一体何があったんですか⁉︎何でジーヴァの侵入をGRADが許したんですか⁉︎」
ミコトが危機迫った表情でアウラの肩を掴み詰め寄る。
「さっきの薬師町さんがジーヴァに寄生されてたっていうのと、関係があるって事――」
「――ッッ⁉︎」頭上から強烈な殺意を感じ、アウラを抱え二人はその場から飛び退いた。
直後、今まで二人がいた地面が強力な打撃を受け抉れ、音を立てて崩れ落ちた。
「クソ、もうおでましか……」
ニーナに背負われながら、アウラは砂埃の舞う目の前の空間を恨めしそうに睨む。
「ジーヴァめ……よくもGRADの人たちを!」
ミコトは腰に付けた長銃二本を構え、ジーヴァの方へと向ける。
「え……」
砂埃が徐々に晴れていき、目の前にいるジーヴァの姿が露わになると、ミコトはその場で固まる。
「なんで…………?」
目の前にいたのは、ジーヴァなどでは無かった。
背が高くすらりと伸びた手足。豊かな胸は女性らしいラインを強調している。
肌は雪のように白く、鼻筋はやや高い。目元のホリは深くて、どこかニーナのような異国の人のような顔立ち――
「薬師町……さん……?」
絶望に、ミコトは声を震わせた。
目の前にいる薬師町――その瞳は狂気を孕み紅く輝き、猛獣のように歯を剥き出しにしこちらを睨んでいる。
体を覆う様に存在する黒い瘴気は、薬師町の動きに合わせ禍々しく揺らぎ、異形の雰囲気を放っていた。
「ジーヴァのコスプレってわけ?ハハ……特殊演出までして、随分と金掛けてるじゃない」
目の前の現実を受け入れられていないのは、ニーナも同じだった。
マスクの内側で、引き攣った笑みを浮かべる。
「人体に寄生するタイプのジーヴァ――今まで数体確認してはいたが、まさか薬師町が寄生されているとはな……」
おもむろにアウラが口を開く。
「寄生って……一体どういう事なんですか」
「ジーヴァは自身の魔力を奮い、戦う奴等ばかりじゃない。人間のように言葉を話し、誘惑し殺すタイプもいれば、魔素を秘める人間の心臓に寄生し、体を乗っ取るジーヴァもいる」
状況を飲み込めないミコトに、アウラが淡々と説明する。
「今回薬師町は、寄生を用いるジーヴァに取り憑かれたんだ」
「そんな……ジーヴァに寄生って――」
淡々と説明するアウラに、ミコトはつい声を荒げアウラに詰め寄る。
「どうすればいいんですか⁉︎どうすれば薬師町さんを元に戻せるんですか⁉︎」
だが無慈悲に、アウラは一言言い放つ。
「無い」
「え……」
アウラのあまりにも簡潔で絶望的なその言葉に、ミコトは絶句した。
「ジーヴァに寄生された人間を戻す事は、不可能だ」
「じょ、冗談ですよね⁉︎寄生したジーヴァを体から取り除くとか、塩を巻いて除霊するとか色々あるでしょう⁉︎」
「ジーヴァが寄生しているのは、宿主の心臓だ。核となるジーヴァを殺せば宿主も死ぬ。ジーヴァだけ取り除くなどという事は不可能だ――」
「そ、そんな――」
ミコトは力無く項垂れると、地面を見た。
いつも機械のようだと敬遠していた薬師町――だが今日の授業参観でようやく心を通わせる事が出来た。
もしかしたら母として、そして娘として向き合える時が来るのかもしれない――そんな期待を全て打ち砕かれた。
「アウラ様。最後にもう一度だけ聞かせてください」
おもむろにニーナが口を開いた。
「薬師町を戻す方法は、本当に無いんですね?」
アウラは居た堪れないようにニーナから視線を背けると「あぁ……」と辛そうに呟いた。
「………………分かりました」
ニーナは小さく言うと、薬師町の死角になるよう瓦礫の山にアウラを降ろす。
「アウラ様はここで隠れていてください。後はニーナ達でどうにかします」
「すまない……」とアウラはニーナに詫びる。
「どうにかって……どうするのよニーナ」
「そんなの、薬師町を殺すに決まってンじゃない」
有無を言わせない強い口調で、ニーナがミコトに言い放った。
「たとえ薬師町に恨まれようと、ジーヴァを殺すのがワタシ様の――そしてアンタの役目よ」
「そんな……酷いよ。だってあれはジーヴァなんかじゃない。薬師町さんなんだよ⁉︎」
「アイツはもう何人もの人を殺してる――立派な化物よ。戻す方法も無いなら、これ以上被害を出さない為にも殺すべきだわ」
「で、でも……」
ニーナの言葉に、反論する事の出来ないミコトは口籠る。
「戦う気力が無いならそこにいなさいな。アイツはワタシ様一人で片付けるわ」
「あっ、待って――」
呼び止めるミコトに背を向け、ニーナは地面を蹴り跳躍すると、薬師町に向け飛び掛かる。
「ForceI。dérouler‼︎」
リジェクターが一際大きな輝きを放つと、増幅された魔素がFEZERの装甲を突き抜け、I文字型の翼が出現し、氷の鎧がニーナのFEZERを包んだ。
「ハアアァァアア――ッッ‼︎」
ニーナは体を高速で回転させ、氷の刃の付いた踵で瘴気が型取った左腕を引き裂く。
黒い血が宙へと飛び出る。
本体から切り離された瘴気は、灰のように溶けて消えていった。
「Aaaaaa――‼︎」
突然、泥水の混ざったような薬師町の悲鳴が響いた。
精神の繋がった瘴気への攻撃を受け、薬師町は自分の左腕を抑え悶絶していた。
「やめてニーナ!薬師町さんが苦しんでるッッ‼︎」
「分かってるわよッッ!でもここで殺ンなきゃもっと多くの人が死ぬのよ!」
叫んだ後、ニーナは「チッ……」と舌打ちし、辛そうに眉を顰めた。
「ワタシ様だって……別の方法があるならそうしてるわよッッ‼︎」
氷の刃を纏った一撃が、次々と瘴気の体を切り裂いていく。
全身を駆け巡る激痛に、薬師町の悲痛な叫びがこだまする。
「ニーナ――ッッ‼︎」
ニーナに向かって叫ぶミコト。
だが今度はニーナは何も返すことは無かった。
「どうすればいいの……このままじゃ薬師町さんが死んじゃう‼︎」
現実から目を背けるように、ミコトは目を瞑り、両手でFEZERの耳部分を塞いだ。
『ここで殺ンなきゃもっと多くの人が死ぬのよ!』
だがニーナの言葉が頭に響き、自分を逃がしてはくれなかった。
ニーナが薬師町と戦う事は本意じゃないだろう事は分かっている。
ニーナは神として、自分の心を殺して人類を守る為に戦っているだけだ。
だがどれだけ頭でそれを理解していても、心で納得する事が出来なかった。
「薬師町さんは、薬師町さんなんだよ。ジーヴァじゃないんだ」
考えろ。考えろ――必死で頭を働かせるんだ。絶対に何か、薬師町さんを元に戻す方法があるはずだ――
「アンポンッッ‼︎上よッッ‼︎」
ニーナの叫び声が聞こえ、ミコトは頭上を見上げる。
「――⁉︎」
ドリルのように先の尖った瘴気が、無数に目の前に迫っていた。
まずい!油断した――ッッ!
咄嗟の事に、体は反応出来ず動かない。
ミコトが死を覚悟した刹那、
「……ッッ‼︎」
目の前に現れたニーナが、代わりに瘴気の攻撃を体で受け止めた。
瘴気による攻撃はニーナのFEZERを易々と貫通し、無数の穴を開ける。
衝撃でニーナは後方に吹き飛ばされ、瓦礫の山に激突した。
【何で知ってるの?】
ミコト「塩を撒いても寄生から戻らないって、何で分かるんですか⁉︎やってみたんですか⁉︎」
アウラ「あぁ、やってみた」
ミコト「え⁉︎」
アウラ「塩も撒いし、坊さんも雇った……だが結果は南無阿弥陀さ!」
ミコト「……ごめんなさい。戦ってきます」




