33話 『母と娘 結終』
薬師町の攻撃を受けたニーナは、衝撃で後方に吹き飛ばされ瓦礫の山に激突した。
「ニーナ――ッッ!」
ニーナの飛ばされた方へミコトは叫ぶ。
「Zut……しくじった。ワタシ様のFEZERが……」
壁にめり込んだ体を動かし、ニーナは地面へと落下した。
攻撃を受けた事でニーナをFEZERは動力部を全て破壊され、全身から血を流している。動ける様な状態では無かった。
「ニーナ!今行くからッ‼︎」
ニーナへ駆け寄ろうとするミコト。
だが、
「Aaaaaa――――‼︎」
激昂した様子の薬師町が咆哮をあげ、ミコトの前に立ちはだかる。
いつの間にか薬師町の体は所々から禍々しい雰囲気の黒骨が生え、人間からはかけ離れた姿に変貌していた。
「殺すしか――本当にそれしか方法は無いの⁉︎」
戸惑うミコトに、容赦無く瘴気による攻撃が襲い掛かる。
ミコトは体を捻り、跳ね、薬師町のその攻撃を避ける。
「薬師町さん!どうか戻ってきて下さい――‼︎」
両手に持った銃――だがその引き金を、ミコトは引く事が出来なかった。
「人類を守るのが自分の役目だって、偉そうに言ってたじゃないですか!」
攻撃を避けながら、ミコトは薬師町へと語りかける。
「こんな事するのは、薬師町さんだって本意じゃないでしょうッッ⁉︎」
「Aaaaaa――‼︎」
だがその言葉は、何の一つも薬師町には届かない。
攻撃が当たらないと感じた薬師町は、狙いを倒れるニーナへと変えると、瘴気の先端をドリルの形へと変形させ襲い掛かった。
「クソオオォォォオオ――ッッ‼︎」
ミコトは銃を連射し、瘴気の体を砕いた。
薬師町が痛みに絶叫する。
「アああぁぁぁあアアッッ‼︎」
昂る感情に任せ、ミコトは薬師町へと突進した。
「…………」
ニーナの隣。瓦礫の後ろからふらふらとアウラは立ち上がると、薬師町とミコトの様子を見つめた。
「“主は終末の命を迎える日、その魂の声を神に告げる。なれば地上の民は死に絶え、楽園への道は閉ざされるだろう”」
独り言のようにそう呟くと、何かに気づいた様にアウラは目を見開いた。
「そうか。キミが『予言の書』に書いていたのはこの事だったのか!」
悦びに満ちた上擦った声でアウラは話す。
「なら私は、私の責務を果たさないといけないね――」
アウラは頷くと、隣で横たわるニーナを見た。
「ニーナ!武器を出せ!」
「エ……武器ですか?一体何を……?」
「何でも良い!いいから早くしろッッ!」
「は、はい!」
アウラの怒号に恐怖し、ニーナは慌てて武器の召喚魔法を構築する。
「Aaaaaaaa――‼︎」
管制室の中央で、ミコトに両腕を拘束された薬師町は、狂乱めいた咆哮をあげていた。
「薬師町さん――私は貴方を殺したくない!」
フォースAを展開し、桜色の光を纏うミコト。
少しでも力を入れれば、薬師町の細い腕をへし折る事など簡単だった。
だが迷うミコトは、拘束したまま動けなくなっていた。
「私を人殺しにさせないで下さいよ!」
轟く薬師町の咆哮。棘型の瘴気がFEZERの装甲を貫いていく。
このままじゃ、私の命がもたない――
ここまでか――
ミコトがそう諦め掛けた時、ふと視界の端に見覚えのある物が見えた。
「あれは――」
それは、授業の中でミコトの描いた『母の絵』だった。
アクリル製の透明なケースに入れられ、傷一つ付いていないその絵は、薬師町が大切に保管しようとしていた事が感じられた。
「薬師町さん――」
今日の授業参観――最初は薬師町が来ることが嫌で嫌で仕方が無かった。
薬師町が自分の事を監視して叱咤するだろう事も、何より薄れていた母の存在を思い出すのが辛かった。
母の事を一つ思い出す度に、この世に母の代わりになる人はいないのだと感じた。だからもう自分は一人なのだと、分かってしまう。
それが怖かった。
『ありがとう、ミコト』『よく頑張ったわね、ミコト』
けれど薬師町の言葉を一つ聞く度に、心が晴れていく気がした。
この人がいれば、自分は一人じゃないと――
母として、ずっと自分の側にいてくれた人――
それが亡くした娘への償いの形なのだとしても、嬉しかった。
薬師町と自分は、お互いの失ったモノを見つめる事で、解かり合う事が出来た。
薬師町さんは、私を娘として扱ってくれた。けれど――
私は一度だって、彼女を母として扱っただろうか。
校舎裏で、去り行く薬師町に恥ずかしくて言えなかった言葉――
「私はまだ――『ありがとう』の一つも言えてやしない!」
目の前にあるのは、ドス黒い殺意の混ざった紅い化物の瞳。
拘束から逃れようと暴れ回るその姿は、もはや人間では無かった。
もう一度戻れるのなら、また話が出来るのなら、
薬師町さんに“ありがとう”と、私は伝えたい――
心に灯った熱い想いが、ミコトの口から溢れ出た。
「目を覚ましてよ――ッッ‼︎お母さん‼︎」
ミコトの魂の叫び、それが広い管制室にこだました。
「……」
掴んでいた瘴気の腕が、雪のように溶けて消えていった。
黒ずんだアザは消え、薬師町の瞳に普段の色が灯る。
「私は……一体何を……」
薬師町の口から聞こえた言葉は、人の言葉だった。
「薬師町さん‼︎戻ったんですね‼︎」
薬師町が意識を取り戻した事に喜び、ミコトは薬師町に抱きついた。
「この光は……何故この力が再び人の手に――」
目の前にあるミコトのFEZERの魔力の輝きを見て、突然薬師町は酷く狼狽する。
「シセイ……なの……?」
娘の名を呼ぶ薬師町。
ミコトはマスクを脱ぎ捨て自分の顔を見せた。
「薬師町さん私です!天月ミコトです!」
「天月ミコト……?」
笑顔のミコト。
だが薬師町は、ミコトが誰か分からないと言った様子で、恐怖に体を震わせる。
「……あのFEZERは」
薬師町の視界の端に、ニーナの姿が映った。
「FEZERIXIS――装着者はニーナ・C・ロマンチェッタ」
「うっ……⁉︎」突然、薬師町が頭痛に頭を抱えた。
「薬師町さんッ⁉︎」
「そうか……全て、思い出した――」
頭痛に顔を歪めながら、薬師町は独り言のように呟く。
「結局私は『神世界計画』を止められなかったのか……」
「神世界計画……?何を言ってるんですか薬師町さん。しっかりして下さ――」
「ハアアァァァアアア――ッッ!」
突如薬師町の左胸が、何者かに背後から剣で貫かれた。
鮮血がミコトの顔にかかる。
生温かいその血液の温度が、生きた人の血である事を酷く実感させた。
「――ッッ⁉︎」
薬師町の背後にいる人物――その人物の姿にミコトは狼狽した。
「アウラさんッッ‼︎何をしてるんですか⁉︎」
ようやく薬師町を助けられたと思った矢先のアウラの奇行に、ミコトの脳は理解が追いつかなかった。
「私はこの世からジーヴァを抹殺する!たとえ薬師町、キミであってもだッッ‼︎」
アウラは剣を持つ左腕に力を入れ、更に深く薬師町を刺す。
「式神……アウラ……」
薬師町は自身の体を刺すアウラを、慈悲深い瞳で見つめた。
「貴方は……まだ過去の亡霊に囚われているのね……」
「黙れッッ!」
その薬師町の視線に苛ついた様子で、アウラは剣を薬師町の体から引き抜くと、もう一度薬師町の体を剣で貫く。
「死ね!死ねッ!死ねッッ!」
怒りに任せ、何度も薬師町の体を剣で突き刺す。
「やめてくださいアウラさん!もう薬師町さんは意識が戻ったんです!ジーヴァに打ち勝ったんですッッ‼︎」
ミコトに静止されるも、アウラは薬師町へ剣を振り下ろすのを止めない。
狂気に満ちたその瞳には、もはやミコトの姿など映っていなかった。
「……っ」
薬師町が吐血し、口から大量の血が流れ出る。
「アウラさん――ッッ‼︎」
アウラの名を叫ぶそのミコトの声は、もはや悲鳴に近かった。
何故意識の戻った薬師町に刃を立てるのか、理解が全く出来ず、ただ目の前で死へと向かっていく薬師町に、恐怖を覚えることしかできなかった。
「ミコト……」
震えるミコトの右手に、薬師町が手を重ねた。
FEZERを通して伝わるその手の温度は冷たく、もう長く無いのは明白だった。
「や、薬師町さん……」
目の前の命が消えていく恐怖に、ミコトは声を震わせる。
「これからする事で、自分を責めないで。私との約束よ」
薬師町はミコトの右手にあるリングを掴む。
「深層コード『AWAKE』――アンロック」
突如、淡い光がFEZERを包むと、リングに触れていた薬師町の指先から徐々に体が魔素へと遺伝子構造を書き換えられ、ミコトのFEZERに吸収されていく。
「これは――何をしたんですか薬師町さん⁉︎」
消失していく薬師町の腕を掴もうとするが、既に魔素へと変換されたその腕は光の粒に砕け散る。
「私の、最期の抵抗よ」
「最期の抵抗って……」
訳が分からない――
薬師町という人間は、最初からずっとそうだった。
戦えって言ったり、今度は戦うなと言ったり、いきなり母親になるとか――そうして最期に、自分を置いてどこかに行ってしまうんだ。
「お願いです!ずっと側にいて下さい!一緒に生きて下さいよ――ッッ‼︎」
涙が溢れ、喉が震えた。
消え入る薬師町に向かって、ミコトは泣き叫ぶ。
だが薬師町は徐々に光となって消えていく。
「ありがとう、ミコト。私の為に泣いてくれて」
薬師町は魔素化した半透明の腕で、ミコトの涙をすくう。
それと薬師町が消失するのは、ほぼ同時だった。
「最期に貴方の母になれて、私は幸せだった――」
突如FEZERが強烈に光ると、光の束が弾け、パラパラと光の雪が降り注いだ。
「あ……ぁ……あぁ……」
魔素の光粒子を手のひらでミコトは受け止める。
それはFEZERに触れると、雪の様に消えて無くなっていく――
薬師町は、死んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
AM0:00 ワシントン――GRADアメリカ支部基地内
「この私が……他者に遅れをとるとはな……」
真紅のFEZERを自身の血で濡らし、息も絶え絶えの少女――アメリカ支部のエースにして、最強と謳われる神――アメリア・ディストガルト。
「君は一体……何者なんだ……」
彼女は目の前で佇む黒鎧のFEZERに身を包んだ人物を憎悪に満ちた瞳で睨んだ。
「ワン!」
黒鎧の隣にいる狼の風貌をした巨大なジーヴァ。
それが主人を睨んだアメリアへと怒り、犬の様な声で吠えた。
「FEZERを行使するという事は君も神だろう‼︎人類の敵であるジーヴァと手を組んで、一体何が目的だッッ‼︎」
「…………」
黒鎧はアメリアのその質問には答えず、ゆっくりと彼女へと近づいて行く。
「く、来るなッッ!」
真紅の大剣を持ち上げようとするアメリア。
だが鉛のように重いその大剣を、アメリアは持つ事が出来なかった。
「やめろ――やめてくれッッ‼︎」
その数秒後――アメリアの断末魔が響くと、夜の闇へと溶け消えていった。
「タマ、これ保存しといて」
黒鎧が投げた物体を、タマと呼ばれた狼型のジーヴァが「ワン!」と吠えると飲み込んだ。
「天月ミコト。ニーナ・C・ロマンチェッタ――残りはこの二人だけか」
黒鎧は携帯端末の画面を見る。
そこにはミコトとニーナ二人のデータが表示されていた。
「日本……ここからだと遠いな……」
そう黒鎧が呟いた直後――
「……⁉︎」
腰につけていた黄金の宝石が、音を立てて砕け散った。
「…………」
その事に何かを察した黒鎧の人物は、訝しげに天井にぽっかりと空いた穴から、夜空を見上げた。
「薬師町さん、逝ったんだ――」
落ち込んだ様子の黒鎧に「ワン!ワン!」とジーヴァが体を擦り寄せ甘える。
「そうだねタマ――なら、あとは私達が頑張るしかないね」
ジーヴァの頭を撫で、黒鎧の人物はマスクの内側で邪悪に微笑んだ。
「愚かな神の手から、私達が人類を守ってあげなきゃね――」
残り2.5章!20万文字以内にちゃんと終われそう!!嬉しい!!




