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29話 『母と娘 承Ⅰ』

 一週間後。授業参観当日。

 新東京第十三区画中学校二年一組。


 その教室は、二人の人物の話題で持ちきりだった。


「あの人達超キレ〜。しかも片方超おっぱい大きい〜」


「そういう事言うなよルリ……まぁでも、スタイル良いよなどっちも。私も痩せてああなりたいねぇ」


 式神アウラと薬師町ヨウコ。

 モデルのような体格の二人は、クラスの注目の的だった。


「ねぇロマンチェッタさん、あの人のどっちかってもしかしてロマンチェッタさんのお母さん?」


 右後ろに座るニーナに、ユキナが話しかける。


「Oui。あの髪をポニーテールにしてる方がワタシの母よ」


「わーやっぱり!超綺麗だもん!ロマンチェッタさんにそっくり!」


「Merci♪」


 ユキナに母と似ていると言われ、ニーナは嬉しそうに笑う。


「でももう一人の人は誰だろ。あの人もすごく綺麗」


 ねぇもしかして」とユキナは後ろに座るミコトを見る。


「天月さんのお母さん?」


 一瞬躊躇した後、ミコトは口を開く。


「まぁ……そうだけど……一応」


 薬師町は今日はあくまで代理の母親。

 しかも自分の監視をする為に来ただけだ。

 正直めんどくさいというのが、ミコトの心情だった。


「わーやっぱり!すっごい天月さんと似てて綺麗な人だもんね!」


「それ……みんなに言ってるでしょ……」


 ユキナの適当さに呆れた様子で返すミコト。

 それとほぼ同時に、担任の女教師が教室の扉を開けた。


「あらなんと!こんなにも親御様がいらしてくれてるなんて、大盛況ですね授業参観!」


 女教室はいつものやけに高いテンションでそう言うと、壇上へ立つ。


「こんなにも親御さんが来てくださるのなんて、教師生活始まって以来ですよ。あっ、教師生活始まって以来と言っても私はそんなに教師を続けてるわけではなくてですね、言葉の綾で私は実はそんなに歳は――」


 聞いてもいない事をよく喋る教師だな、とミコトは頬杖をつきながら担任の話を聞く。


 だがどれだけ無駄のある話をしても、


 他の先生方に迷惑をかけないようにしましょう。

 友達とは仲良く。

 今この瞬間を大切に。


 この三つだけは担任は絶対に伝え忘れなかった。


 どうやら一番伝えたい事らしいのは間違いなかった。


 ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 一限目。英語。


「ではこの問題、誰か英語に直してもらえるかしら?」


 黒板に問題を書き終えると、英語担当の教師は、振り返り教室を見渡す。


 だが皆、その教師から目線を逸らした。

 初めて習う範囲での問題――両親のいる前で間違える訳にはいかないという緊張から、誰も手を挙げる事が出来なかった。


 ただ一人を除いては――


「Oui!」


 気まずい空気を物ともせず、ニーナがすらりと長い右腕を挙げた。


「ではロマンチェッタさん、お願いします」


 促されニーナは立ち上がると、川のせせらぎのような透き通った声で、黒板に書かれた文字を英訳する。


「For three transgressions of Gaza, yes, for four, I will not turn away its punishment.because they carried away captive the whole community, to deliver them up to Edom」


 外国で育ったニーナだから出来るネイティブの発音。

 日本特有のイントネーションの無い本物の発音に、教室にいた全ての人が呆気に取られた。


「お、おぉ〜!ロマンチッタすっげ〜!ルリ感動〜」


 クラスメイトの一人が拍手を送ると、釣られてクラス全体がニーナに賛美の拍手を送った。


「すごいぞ!流石ニーナ!私の娘だ!」


 クラスメイトだけでなく、アウラも嬉しそうに大袈裟にニーナに拍手を送った。


「ママッ!」


 アウラの方へ振り返ると、はしゃいだ様子でニーナは手を振る。


「…………」


 つまらなそうにミコトはニーナを静観する。


 どうやらあまりの嬉しさに、猫をかぶるのも忘れてしまったらしい――


 こんな事で頑張ったって、何の意味もないのに――


 ミコトがそう諦め、いつものように授業が終わるまで寝ようとした刹那、


「…………」


 言葉に出来ない巨大な憎悪を感じ、思わずミコトは上半身を起こす。


 恐る恐る後ろを振り返ると、腕を組みこちらを睨む薬師町の姿があった。  


 やるしかないのか――


 私にもニーナのように手を挙げろった言うんだ。この人は……。


 ミコトは苦悩する。


 これまでの十四年の人生の中で、授業で手を挙げて自主的に答えようとした事なんて一度もなかった。


 それに問題はそれだけじゃない。

 根本的に今まで授業を真面目に受けてこなかった為、授業の内容が何一つ理解出来ていなかった。


「仕方ない……ここはどうにか誤魔化すか……」


 あまり使いたくなかった秘技――ミコトはそれを行使する事を決意する。


「では次、この問題分かる人は?」


 再び、教師が教室を見渡す。


 先程ニーナが先陣を切った事で、緊張の溶けたクラスメイト達は自分も自分も、と一斉に手を挙げる。


「はい!はい!」


 ミコトの前の席に座るユキナも他と同じように手を挙げる。


「はい……」


 そしてそのユキナの影に被さるように、ミコトは小さく手を挙げた。


 これこそ、ミコトが今日という日の為に一週間考えた秘策――『神隠し』だった。


 前の席に座る人物に重なるように挙手する事で、教師からの視覚をとり、当てられる可能性を極限まで下げる事が出来る。


 そして後方にいる薬師町達からは確かに挙手しているように見せる事が出来『自分はちゃんと発言しようとした』という証拠も残す事が出来る。


「じゃあ、甘剣さん」


「おいっす〜」


 そしてミコトの目論見通り、何度手を挙げようとミコトは当てられず、何とか一限目と二限目を乗り切った。



 ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「はぁ……本当疲れた……」


 勉強とは全く関係無い所で疲弊したミコトは、間休みに学校の屋上へと上がった。


「ん……?」


 転落用の防止フェンスが張られた前、見知った先客がいた。


 ミコトはその人物に近づくと、声を掛ける。


「カグラ……?」


 金色の髪を春の風に(なび)かせ佇む少女――カグラだった。


「こんにちは、ミコト」


 ミコトに気付いたカグラは、柔らかな微笑みを向ける。


「どうしたの?こんな所で」


 カグラの隣でミコトが問いかける。


「あまり人の多い場所は得意じゃなくて……ちょっと気疲れしてしまったの」


「そうなんだ――」とミコトは頷く。


「ニーナと柊木さんはそういうの全然平気だから、なんかカグラは私と同じで嬉しいな。私も人混み苦手だから」


 ミコトのその言葉に不思議そうに驚くカグラ。

 だがすぐに「ふふっ」とカグラは笑った。


「面白い事を言うわね、ミコトは」


「そ、そうかな……?」


「変よ。落ち込んでる人間に、良かっただなんて」


「あ……たしかにそうかも……」


 やってしまった……。とミコトはアンクレットを触り気を紛らわせる。


 面白そうにしばらくクスクスと笑ったカグラは、おもむろに口を開いた。


「どう?薬師町さんは上手く母親をやれているかしら?」


「あれ?知ってるの?」


「えぇ、この前GRADに顔を出した時にアウラさんから聞いたわ」


「そっか、カグラも元神様だもんね。仲良いんだ」


 カグラの胸元で光るひび割れたリングを見て、ミコトはそう口にした。

 彼女も自分と同じ苦しみを知る神なんだと思うと、親近感が湧いた。


「そういえば、カグラの両親って今日来てるの?」


 ミコトが何気なくしたその質問に、急にカグラの顔から笑みが消えた。


「えぇ、母さんが――」


「そっか、お母さんか」


 会話はそこで途切れた。


 家族については話したく無い事なのか、カグラは何も話してはくれない。

 何時間にも感じられるような気まずい時間が、ゆっくりと流れる。


「ねぇミコト――」


 おもむろにカグラが口を開いた。


「ミコトには、この空が何色に見える?」


「空……?」


 言われ、ミコトは頭上を見上げる。  


 快晴の空には雲一つ無く、蒼一色で塗られた空が無限に広がっていた。


「青色」


 ミコトはそう答えた。


 春の風がカグラの長い金髪を揺らす。

 一瞬前髪でカグラの顔が隠れた。

 だが次に見えたカグラの顔は、薄い笑みを浮かべたいつもの表情に戻っていた。


「私も、一緒よ」


 カグラの笑みに、何故かほっとミコトは安堵した。


「何でそんな質問したの?」


「そうね――」と言うと、カグラはフェンスの金網に指を絡ませ、下のグラウンドで両親と話す生徒を羨ましそうに見つめた。


「私の母さんはね、この空を灰色と言う人なの」


 深く哀しみを込めた様子で、カグラはそう口にした。


「同じ物を見ているはずなのに、同じ物が見えていない……。私は母さんと一緒の空を見て、一緒に話をして、一緒に笑ってあげる事が出来なかった……」


 強く握られたフェンスがギシッと軋む。


「何回も頑張って、何年も努力して、私は母さんと同じになろうとした。だけどどれだけ頑張っても、私はこの空を灰色に見る事が出来なかった――」


 俯き、カグラは尻すぼみに言葉を溢した。


「私も母さんと同じになれたら、母さんの孤独を癒してあげられたのに……」


 カグラがそう言った直後、中休憩の終わりを告げるチャイムが辺りに響いた。


「ごめんなさいミコト……変な話をしちゃったわよね」


「戻りましょうか」と言ってカグラは校舎の階段の方へと歩く。

 ミコトも慌ててその後をついて行った。


 教室まで戻る中、ミコトは黙ってカグラの後ろをついて行く。


 さっきの話に、何と言ってあげればいいのか――


 カグラにはジーヴァとの戦いに挑む時に背中を押してもらった恩がある。彼女が悩んでいるのなら、自分も力になりたかった。

 だが自分は一体、カグラの為に何をしてあげられるだろうか――


 そうミコトが悩んでいると「ねぇミコト」と背中を向けたままカグラが口を開いた。


「さっきの話、何でミコトにしたかって言うとね――ミコトは私と同じだと思ったからなのよ」


「カグラと……同じ?」


 ミコトは小首を傾げる。


「そう。ミコトはお母さんを大切にしているって私は知ってるから、ミコトなら私の事分かってくれるかなって、そう思ったの」


「そうだったんだ――」


 人から頼られた。その事にミコトの心は高鳴る。


「任せて!私、カグラの為なら協力するから何でも言ってよ」


「ふふっ、ありがとうミコト」


 そう言ってカグラは振り返ると、ミコトへ微笑んだ。


 その彼女の微笑みは心からの、本当に嬉しいといった微笑みだった。

ミコトは意識高い系

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