28話 『母と娘 起Ⅱ』
放課後
地下GRAD管制室――
巨大モニターでジーヴァの様子を監視する薬師町とアウラと、ミコトとニーナは今日の授業参観のことを話していた。
「ジュギョッーウサンカーンですって!アウラ様!ジュギョッーウサンカーン!」
猫耳をつけた姿で、子供のようにニーナはぴょんぴょんと跳ね、アウラへと嬉しそうに話している。
「…………」
その教室での八方美人っぷりとは大きく変貌したニーナの姿に、軽蔑した視線をミコトは向けた。
「授業参観か。随分と懐かしいイベントだな」
「そうね」
頷くアウラに、マグカップに入れたコーヒーを飲みながら、薬師町はいつもと変わらず素っ気ない返事をする。
「もちろん来て下さいますよね!」
ニーナは目を輝かせアウラを見る。
その視線に、アウラも歯を見せて笑い答えた。
「もちろんだとも。なんせ私はニーナの母親だからね。ニーナの頑張りを、ちゃんと近くで見させてもらうよ」
「Youpi!」
アウラのその返答に、ニーナはその場で両腕を上にあげ喜ぶ。
「やったやった!アウラ様が来てくれる♪学校に来てくれる♪」
「子供みたい……授業参観でそんなはしゃげるなんて」
浮き足立つニーナに、ミコトは怪訝に顔を顰める。
授業参観は、嫌いだ――
自分の授業参観に、親が来たことなど一度も無い。
姉と自分は小学校が一緒で、授業参観の日程も一緒だった。
優秀な姉の姿を見ようと、両親はいつも姉の方に行き、自分の所には足を運んではくれなかった。
放課後、姉と帰る時になって始めて、両親が学校に来ていたことを知るのだ。
そして小学三年生の時、両親はジーヴァに殺された――
「ミコトくん。もしよければキミの母親としても私が行こうか?」
ミコトに気を遣って、アウラがそう提案した。
だがその提案に、ミコトは首を横に振る。
「いいですよ。別に授業参観に親がいないなんて今に始まった事じゃないですし」
右手首についたアンクレットを左手で触りながら、ミコトは話す。
最近緊張すると無意識にしてしまうミコトの癖だった。
「それにおかしいじゃないですか。こんな国籍の違う子供を持つ母親なんて、あまりにも無理がありますよ」
「しかしそれでは、ミコトくんがあまりにも……」
プライベートな事に、どこまで踏み込んでいいものか――
と口籠るアウラ。
「なら、私が行くわ」
その時、おもむろに薬師町が口を開いた。
「私が貴方の親として行くのなら、別に何もおかしくないでしょう?」
薬師町さんが――?
一体どういう風の吹き回し?と懐疑的な目で見つめるミコト。
それはアウラも同じだった。
「珍しいな薬師町。キミがこういった事に首を出すなんて」
「もちろん、理由があってのことよ」
「理由……?なんだそれは?」
「これよ――」
言うと薬師町は胸の谷間に二本指を入れ、そこから四つ折りにされた紙を取り出した。
あんな所に物入るんだ……
と羨望の眼差しで凝視するミコト。
「これは、先週行われた期末試験の結果よ。クラス担任の先生から特別に許可を頂いて、私に回してもらったわ」
紙を広げ、ミコトへと見せる。
「う……」
その紙を見て、ミコトは表情を曇らせる。
薬師町の見せた解答用紙は、紛れもなく自分の書いた字で、そして右上には目を覆いたくなるような悲惨な点数がデカデカと赤ペンで書かれていた。
「アハハハハ!国語が23点!アンタ母国語もマトモに出来ないワケ?」
薬師町から答案用紙を奪い取ると、腹を抱えてゲラゲラとニーナはミコトを指差し笑う。
「別にいいじゃん。生活出来てるんだから……」
ムスッと居心地悪そうにミコトは両頬を膨らませた。
「英語は16点。数学は3点。理科と社会はどっちも35点――アンタこんなんじゃ将来どうすんのよ。こんな成績じゃ何処も雇ってくんないわよ?」
馬鹿にしたように半笑いをするニーナに、ミコトは唇を尖らせる。
「大丈夫だよ。将来の夢に勉強いらないし」
「Han?一体何よそれ?」
ニーナははてなと小首を傾げる。
「Utuber」
「Utuber……?動画配信者ってワケ?」
コクリとミコトは頷く。
「いいじゃんUtuber。お菓子の宣伝とかしてるだけで稼げて楽そうだし。勉強なんかしなくても別に出来るし。今の時代に適した形だよ」
そのミコトの返答にニーナは「ハァ……」と大きくため息を吐くと、やれやれと横に頭を振った。
「アンタホントに救いようの無い程アンポンね……。将来の計画ってモンが、何もなっていやしないわ」
「じゃあニーナは何よ。そんな立派な将来の計画があるわけ?」
「そりゃもちろんよ!」
待ってましたと言わんばかりに、ニーナは自信ありげに胸を叩いた。
「ワタシ様は自分の国を作って、そこの王になるのよ!」
「…………」
ジトーッと冷たい視線をニーナへと向ける。
「呆れた……ニーナも計画性無いじゃん」
ニーナと同じようにミコトも頭を横に振り、ため息を吐いた。
「じゃあ、そういうわけだから」
おもむろに横にいた薬師町が口を開く。
「今度の授業参観は、私が貴方の母親として行かせてもらうわ」
「本気で言ってるんですか?」
「当たり前よ。人類の未来を担う神が赤点だなんて、GRADの第一責任者として申し訳ないもの」
それを言われると、強くでれない――
ぐうの音も出ないと言った様子で、ミコトは奥歯を噛んだ。
たしかに自分のしてる事は、あまりにも神と呼ばれる存在がするには格好が悪すぎた。
「了承のようね」
薬師町はデスクに置かれたマグカップを持つと、口元へ運ぶ。
「普段貴方がどんな授業態度を取っているのか、そして人間関係も洗いざらいこの機会にじっくり観察させてもら――」
口元に運ばれたマグカップが、床へと落ちる。
衝撃でマグカップが割れ、コーヒーが周りに飛散した。
「げほ……げほっ……」
頭を抑え、薬師町はデスクへと倒れ込んだ。
「薬師町さん‼︎」
「だ、大丈夫か薬師町⁉︎」
駆け寄る二人。
だがそれを薬師町は静止させ、近付くのを止めた。
「大丈夫……ただの立ちくらみよ……」
荒い呼吸を混じらせながら、薬師町はふらふらと立ち上がる。
薬師町の額からは玉のような大粒の汗が大量に噴き出し、表情も辛そうだった。
「顔色が悪い。とても大丈夫そうには見えないぞ」
「最近寝不足でね……ごめんなさい、少し休むわ」
薬師町はそう言うと、おぼつかない足取りで管制室を後にした。
「薬師町さん……大丈夫かな」
感情の起伏の無い薬師町を、機械のようだと思ってたミコトは、心配そうに薬師町の背中を見つめ、見送った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふんふふーん♪」
化粧ダンスの鏡の前。
ニーナは鼻歌を口ずさみながら化粧水を肌に浸透させ、寝る前のルーティンに勤しんでいた。
「楽しそうだねニーナ」
「そりゃあ来週学校にアウラ様が来るんだもの。楽しみじゃない方がおかしいわ」
「ニーナはアウラさんの事、本当に好きだよね」
「そんなの当たり前じゃない。ワタシ様のママよ?好きじゃなくてどうすんのよ」
一瞬の静寂の後、ミコトは口を開いた。
「そうだよね……母親だもんね」
「アンタは、自分の母親が嫌いなワケ?」
鏡越しに映るミコトは、下を俯き考え込んでいた。
「……分からない」
ぽつりと一言、そう零す。
「私のお母さんは、すごい優しい人だった。私を育ててくれた。私にピアノを習わせてくれたし、色々な事をさせてくれた。いっぱい手を掛けてもらったから、愛情もたくさんもらった」
「けど……」と弱々しい声でミコトは続ける。
「思い出すお母さんの顔は、いつも怒ってばかりで、いつも私を見てくれていない横顔ばかり。授業参観だって、いつもお姉ちゃんの方ばかりで、私の所には来てくれたことなんて無かった……」
「アンタ、逃げてるだけじゃない」
「え……?」と顔を上げ、ニーナを見る。
「分からない事なんてないわ。もう自分で結論が出てるじゃない」
ニーナは鏡越しにミコトとへ返答する。
「アンタは母親の事が嫌いなのよ。そしてアンタの母親も、アンタを愛してないわ」
「そんな事ないよ!私はお母さんを嫌いなんかじゃないよ!」
立ち上がると、ニーナの背中に向けてミコトは叫んだ。
「私はお母さんを大切に思ってる……だからお母さんが死んだ後も、お母さんの部屋をそのままにしてるんだよ⁉︎」
だが、
「違うわね」
と無慈悲な言葉がミコトの胸を刺した。
ニーナは化粧水を付け終わると、髪のブラッシングをする。
ミコトの方を見ようとはしない。
「部屋をそのままにしてるのは、ただの保身でしょ?」
ニーナのその言葉に、ドクンとミコトの心臓が跳ねた。
「そうしていれば“母親を愛してる自分”を演じる事ができるもの。アンタは母親を嫌う以上に“母親を嫌いな自分”が嫌いなのよ。だからそうする事で“綺麗な自分”を保ってるだけ」
ミコトは狼狽する。
ニーナの言葉の意味が分からなかった。
自分はそんな卑しい人間では無い。
そんな事はあるはずない。
そう心の中で否定する。
「でもいいんじゃない?」とおもむろにニーナが口を開く。
「家族を嫌いになるのは怖いものね。嫌いになってしまったら、アンタは本当に一人になるんだもの。正しい自己防衛法だわ」
ニーナがそう発言した直後、
「違う――ッッ!」
とミコトが怒鳴った。
「私は一人じゃない!お母さんを嫌いなんかじゃないッッ!」
ニーナは鏡越しに映るミコトを見る。
自分の事も分からないアンポンね――
いっぱいいっぱいな様子のミコトを見て、ニーナはため息を吐いた。
「そ……まぁいいんじゃない。ワタシ様はアンタの事なんてどうでもいいし」
立ち上がり、ニーナは部屋の電気を消す。
「さ、寝ましょ寝ましょ。夜更かしは肌に悪いわ」
そう言うと、ニーナはすぐにベッドに横になるとシーツにくるまった。
「あ、ニーナ!まだ話は終わって――」
シーツを無理やり剥がし、ニーナを見る。
だが、
「すぅ……すぅ……」
と既にニーナは穏やかな寝息を立てて眠っていた。
「本当に寝るの早いな……」
諦めて、ミコトは床に敷いた布団に入った。
「明日また話せばいいや」
ミコトは目を閉じる。
私は、お母さんを嫌いなんかじゃない――
目を閉じると、さっきの事が頭にぐるぐると回って離れない。
お父さんもお姉ちゃんの事も、私はみんな大好きだ。
みんな私に優しくしてくれた。
私を育ててくれたんだもの。嫌いになる理由なんて一つもない。
私は家族を大事に思ってる。
だからいなくなった後も、みんなの部屋をそのままにしてるんだ。
だから今だって、家族の夢を見るんだ。
私は家族が好きなんだ――
「じゃあなんで“好きだ”って、ニーナに言えなかったんだろ……」
分からない。
もしかしたら“自分はこんな人間だ”って、ニーナに気づいて欲しかったのだろうか。
いいや、そんな訳がない。
私はそんな意地の悪い人間じゃない――
頭の奥で響く嫌な耳鳴り。
それに耳を塞ぎながら、ミコトはその夜眠った。




